第115話 合宿二日目① 〜お風呂で女子会〜

 結局、合宿一日目にアローラが何か仕掛けてくる事はなかった。


 二日目も、修練の都合上近くにいる事はあったが、彼女は淡々と課題をこなしていた。

 ノアやシャーロット、そしてエリアなど、まるで目に入っていないかのように。


 ノアの事は完全に諦め、いないものとして振る舞おうとしているのかもしれない——。


(いや、そう思わせるのが彼女の狙いかもしれませんね)


 油断は禁物だ、とシャーロットは繰り返し自分に言い聞かせた。




 しかし、油断は禁物と言っても、シャーロットも四六時中気を張っているわけではない。

 夕食やお風呂など、他のクラスメートも多く集まっているタイミングでは、それなりにリラックスをしていた。


 どちらも、部屋ごとに分かれている。

 もちろん他のクラスメートと話す事もあるが、やはり最終的にはハーバーと話している事が多かった。


 エリアは別のクラスだ。

 だから、それらの時間帯で彼女と顔を合わせる事はない……はずだったのだが。


「お姉ちゃん、ハーバー。やっほー!」

「……なぜここにいるのですか?」


 タオルを巻いた腰に片手を当て、もう片方の腕をブンブン振ってみせるエリアに対して、シャーロットの対応は冷ややかだった。

 なぜ、他クラスのエリアがシャーロットやハーバーと同じタイミングで風呂にいるのだ。


 それに、順番としてはシャーロットたちが一番最後。

 彼女は一度すでにお風呂に入っているはず。


「いやぁ、レイラとか、結構疲れて寝ちゃってる子多いからさー。遊びに来ちゃった」


 エリアがウインクをしてみせた。

 レイラとは、彼女が普段仲良くしているクラスメートだ。


「来ちゃった、じゃないですよ。仮にも副生徒会長がルールを破らないでください」

「お堅いこと言わないの。一人くらい増えても変わんないよ」

「……まあ、そうですけど」


 シャーロットは渋々といった様子で了承した。

 しかし、これはあくまで周囲へのポーズだ。


 エリアが、自分たちはなるべく固まっていた方がいいという判断でやってきたのは知っている。

 アローラに襲われた時に一番危ないのは彼女なので、シャーロットとしてもそばにいてくれるのはありがたかった。


 それに、ハーバーとの会話が途切れる事はないが、やはりムードメーカーはエリアだ。

 彼女がいた方が盛り上がるだろう。

 ハーバーも「悪いなぁ」と笑いつつもエリアを歓迎している。


「ねえ、せっかくだし露天行ってみようよっ」

「いいですね」

「私も行きたいと思ってた!」


 エリアの提案で、三人で露天風呂に向かう。

 誰もいなかった。


 歩く時はタオルで隠しているが、水につけるのはマナー違反であるため、お風呂に浸かる時は当然タオルは取る。

 そのため、見ようと思えば胸部も陰部も見る事ができる。


「ハーバー……初めて生で見たけど、本当に何ちゅーもんぶら下げてんのよ」

「ひゃあ⁉︎」


 エリアに胸を鷲掴みにされ、ハーバーが悲鳴を上げた。


「え、エリアちゃんっ⁉︎」

「ほら、お姉ちゃんも触ってみなよ」

「ちょ、ちょっと……!」


 エリアがたぷんたぷんとハーバーの胸を揺らす。

 シャーロットは迷った。理性としては触りたくない。悔しいからだ。


 しかし、悲しいかな。

 大きな胸に本能的に魅力を感じるのは、何も男に限った話ではなかった。


 コンマ数秒の葛藤かっとうを経て、シャーロットは下から持ち上げるようにハーバーの果実に触れた。


「っ……!」


 そのあまりの弾力と重量感に、シャーロットは言葉を失った。


「まさに絶句だねえ」


 エリアがケタケタと笑っているが、そんな事はシャーロットにはどうでも良かった。


「ハーバー」

「は、はいっ」


 シャーロットはハーバーに詰め寄り、その両肩を掴んだ。

 立ち上がったため、一人だけ毛の生えていないアソコが露わになるが、そんな事すらも彼女は気にしていなかった。


「何をしたのですか? この大きさでこの形を保っていられるハズがありません。まさかあなた……爆乳魔法の使い手なのですかっ⁉︎」

「……あ、あの」

「おーい、お姉ちゃんー? ハーバーにドン引かれてるよー?」

「ふっ、私の名推理を前に恐れおののいているのでしょう」


 シャーロットは口の端を吊り上げた。

 エリアが呆れたようにため息を吐く。


「いやいや迷推理だから……というか、爆乳魔法じゃなくて豊胸魔法じゃない? 言うとしても」

「こんな爆弾を、豊胸などという陳腐ちんぷな言葉で表していいはずがないでしょう」

「ダメだこりゃ」


 すっかり自分の世界に入っている姉を見て、エリアが苦笑いを浮かべた。


「ハーバー、さすがにいつもはここまでじゃないから。多分、合宿フィーバーだと思う」

「う、うん……面白いしいいんじゃないかな」


 ハーバーが頬を引きつらせつつも、微笑ましそうにシャーロットを見た。


 シャーロットとしても本気で爆乳魔法がある、などとは考えていない。

 エリアの言う通り、やはり自分でも気づかないうちに興奮しているのだろう。


(……はしゃいでしまって、少し恥ずかしいですね)


 シャーロットは咳払いをして、ハーバーから距離を取った。


「……真面目な話、本当に特別な事は何もしていないのですか?」

「うん……特に思いつかないかな。まあ、それなりに規則正しい生活は送ってると思うけど……あっ」


 ハーバーがポンっと手を叩いた。


「私は試してないけど、胸が大きくなる方法なら聞いた事があるよ。しかも、シャーロットちゃんには最適な方法」

「何ですかっ?」


 シャーロットが再びハーバーに迫った。

 ハーバーが頬を赤らめた。

 シャーロットのピンク色の部分が近くに来たから、ではもちろんない。


「す、好きな人に揉んでもらう事」

「っ〜!」


 ハーバーが頬を染めていたのは、その方法を口に出すのが恥ずかしかったからだ。

 しかし、そんな彼女以上に、シャーロットは頬を熟れたリンゴのように赤く染めた。


「それ、私も聞いた事ある! お姉ちゃん、早速ノアにお願いしなよっ。いやらしい事じゃない。真剣に協力してくれって」

「い、言えるわけないでしょう!」


 シャーロットは顔を手のひらで覆いながら叫んだ。

 そんな姉に、エリアはニマニマと笑みを浮かべながらにじり寄った。


「ねえ、お姉ちゃん」

「……何ですか?」

「実際、ノアとどこまでしたの?」

「はっ……? い、言わないですよ!」

「さっきの反応的に胸はまだな気がするんだよねー……キスは全然してるでしょ? もう深いのもした?」

「言わないって言ってるじゃないですかっ」

「えー、いいじゃん! ベロチューしたかどうかだけ!」


 エリアが両手を胸の前で合わせて懇願こんがんする。ハーバーも、顔を赤らめつつも興味津々な様子だ。

 本当に言いたくないのなら、シャーロットは絶対に口を閉ざしたままだっただろう。


 しかし、恋人を持つ者の心の奥底には、彼または彼女とのイチャイチャを自慢したい気持ちが少なからず存在する。

 シャーロットも、例外ではなかった。


「……し、しましたよ」

「おー!」

「シャーロットちゃん、大人……!」


 エリアが手を叩き、ハーバーがキラキラした尊敬の眼差しを向けた。

 内容が内容だけに、シャーロットは少し居心地の悪さを覚えた。悪い気はしないが。


「えっ、じゃあさ、他のスキンシップは? 胸はまだだとしても、お尻とかは?」

「キスだけって言ったではないですかっ」

「えー、いいじゃん。私たちしか居ないんだし。ねっ? 誰にも言わないからさ」

「……ほ、本当ですか?」


 シャーロットは周囲を見回した。

 相変わらず、露天にいるのは彼女たち三人だけだ。


「本当本当。ねっ、ハーバー?」

「う、うん。絶対誰にも言わないよ!」


 こんなふうに約束をして、あっさり反故にする者も一定数存在する。

 しかし、彼女たちがそういう低俗な人間でないことは、シャーロットもわかっていた。渋々といった様子で口を開いた。


「……胸はまだですけど、お、お尻はよく揉まれます。あと、腹筋とか……」

「おおー! じゃ、お姉ちゃんは逆に何してるの?」

「お、同じような事しかしてませんよっ」

「へぇ、ノアのアレはイジったりしないの?」

「なっ……!」


 シャーロットとハーバーが、耳まで真っ赤になる。


「いや、別に揶揄ってるとかじゃなくてさ。これは真面目な話、絶対ってはいるわけじゃん。普通に気になって触っちゃったりするのかなーって」

「し、しませんよ……それに」

「それに?」

「……その、そういう本番に近しい事をしたら抑えられなくなるって、警告されているので」


 エリアとハーバーが、同時にほぅ、と息を吐いた。


「な、何ですかその反応は……」

「いや……いい男捕まえたなぁと思って」

「うん、結構珍しいと思う。そんな人」


 エリアの口調もしみじみとしていたが、ハーバーはより真剣な声色だった。


「あぁ……ま、ハーバーなんてしょっちゅう男子から嫌な目で見られてるもんね」

「うん……仕方ない事だってわかってはいるけど、やっぱり大勢からそういう目を向けられのはちょっとキツイ……」


 そうなのだ。一人二人なら別にどうって事はない。

 そう考える奴らが何人も不躾ぶしつけな視線をぶつけてくるのが不愉快なのだ。


「その点、ノア君は絶対に見てこないから安心できるかな。彼はシャーロットちゃんしか見てないから」

「確かに。というかそれで言うと、他の奴らもあんま見ないよね。テオも、サムも、アッシャーも」

「類は友を呼ぶ、とはまさにそういう事なのかもしれませんね」

「ねー。お姉ちゃんとノアには感謝だよ。間違いなく私たちの中心は二人だから」

「うん……本当にありがとね。私も皆に混ぜてもらってから、毎日が楽しく——」

「こら」


 エリアがハーバーにチョップをかました。


「な、何するの⁉︎」

「混ぜてもらって、じゃないでしょ。友達だから一緒にいるだけ。二人が中心とは言ったけど、お姉ちゃんもノアも含めて上も下もないよ」

「……そうだね。ごめん、ありがとう」


 エリアとシャーロットは、はにかむハーバーに対して優しい笑顔でうなずいた。




 それから程なく、のぼせてしまったシャーロットに合わせて三人は風呂から上がった。


 髪を乾かして外に出ると、ちょうど一人の男性教諭と出会った。

 エリアやテオの担任のヘンリーだ。


「こんばんは、ヘンリー先生」


 気さくに挨拶をしたエリアに続いて、シャーロットとハーバーも「こんばんは」と続いた。


 通常、先生と鉢合わせ場合、挨拶を交わしてそのまますれ違う。

 仲の良い先生でもなければ、特段話す事もないからだ。

 しかし、この時のヘンリーは違った。


 挨拶を返した後も立ち去ろうとはしなかった。

 ハーバーに目を向けて戸惑うような表情を浮かべてから、彼は声を潜めて話しかけてきた。


「君たち、この後少しだけ時間は空いていますか?」


 手伝って欲しい事があるのですが——。

 妙に切羽詰まった様子で、彼はそう続けた。






————————






 先程も近況ノートにて告知させていただきましたが、いよいよ現実世界に即した新作ラブコメの連載が開始しました!


 一話を読み終える頃には二話目も投稿されていますので、ぜひご一読ください!

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