第100話 WMUで襲撃(?)される

 身体強化により超人的なスピードを出せる人ならそこそこいるが、空を飛べる者は魔法師の中でもごく少数だ。

 だから、僕もWMUダブリュー・エム・ユーの本部には、飛行ではなく徒歩で向かった。


 緊急時とか、それこそ前回の訪問時のように夜遅くならともかく、真昼間から空を飛ぶのは目立ちすぎるからね。


 門が近づいてくる。

 昨日の時点で来訪する旨は手紙で知らせていたからすぐに案内してもらえるかな、などと考えていると、突如として背後に殺気を感じ取った。

 明らかに僕に向けられていた。


 対処しようと振り向いた瞬間、後方——つまり、最初に感じた気配とは反対方向から襲われた。

 覆面が、剣を振り下ろしてきていた。


 や、やばっ!

 間一髪、結界をまとう事に成功する。剣が結界を斬りつけ、キンッという金属同士がぶつかったような甲高い音が響いた。

 反撃に出ようとしたところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。


「——そこまでだ」

「ルーカスさん?」


 物陰から姿を現したのは、師匠のルーカスさんだった。

 師匠と言ってもただの身分保証のようなものなので、実際に何かを教わった事はないけど。

 彼がここにいるという事は、先程の襲撃者は——、


「お見事でした、ノア君」


 二人目の襲撃者の人が覆面をとった。

 綺麗な女性だった。


「私はラティーノ国所属の国家魔法師、ヴァイオレットです」

「同じくマイケルだ」


 一人目の襲撃者の人も、名乗りながら覆面をとった。こちらは大柄な男性だ。


「いきなり襲って悪かったな」

「すみませんでした」


 二人が頭を下げてくる。


「いえ、全然大丈夫です」

「申し訳ないが、軽いテストをさせてもらった。まあ、余裕の合格だけどな」

「えっ、合格なんですか?」


 マジか。失望させたかもって思ってたんだけど。


「おっ? そりゃ合格だろ。奇襲を防ぎ切って、あわや反撃までしようとしてたんだから」

「ですが、完全に手のひらの上で転がされました。マイケルさんのあの殺気、わざとでしょう? ヴァイオレットさんの接近に気づかせないための。今考えれば露骨な気配だったのに、僕はまんまと引っかかってしまいました」


 反省点を口にすると、なぜかマイケルさんとヴァイオレットさんは目を見開いて黙ってしまった。

 何か失言しちゃったのかな。


「あ、あの?」

「あぁ……ごめんなさいね。あなたの冷静さと頭の回転の速さにびっくりしていただけです。さすがはルーカスさんのお弟子さんですね」

「俺は何も教えてないがな」


 ルーカスさんがぶっきらぼうに言った。

 不機嫌になっているとかそういうのではなく、素の口調が無愛想である事は、短い付き合いの中でもわかっていた。


「ノアは対人戦闘の経験はあんまりねえんだろ?」

「はい」


 マイケルさんの問いにうなずく。


「それなのに、襲われてもほとんど動揺しなかった上に、瞬時に俺らの意図を見抜けるなら大したもんだ。WMUに入って経験を積めば、もっと強くなれるぜ」

「そうですね。入れと圧をかけるわけではありませんが、強くなれるのは保証します」

「ありがとうございます」


 マイケルさんとヴァイオレットさんが口々に褒めてくれる。

 あまり謙遜しても逆に良くないから、素直にお礼を言っておいた。




 WMUの見学は、とても興味深いものだった。

 魔法師のレベルは総じて高く、訓練を見ているだけでも得られるものはあった。


 ロバートさんとの模擬戦は全員チェック済みだったらしく、変に絡まれる事はなかった。

 むしろ入隊して戦おうと誘ってくれる人が多かったな。

 ロバートさんには露骨に避けられてたけど、報復とかしてこないなら別にいいやって感じだ。


 サター星人が使役していたダーナスという怪物の研究現場も見せてもらった。

 研究主任のおじいさん——ジョーダン博士というらしい——曰く、ダーナスは人間をモデルにして作られているらしく、解析しきれば人体や魔法構造の理解が進む可能性があるということだった。


 すでに模造にも取り掛かっているらしく、たまたま通りかかったベンジャミン副総監も、


「スーアは決して最先端の技術を有しているわけではありませんが、なかなかやるでしょう?」


 と言っていた。

 前回とは違い、熱烈に勧誘してくることはなかった。


 書庫など、その他にも興味深い施設はたくさんあったが、とても数時間では回りきれなかった。

 案内を担当してくれた若い女性の職員が、「明日も案内しようか?」と言ってくれたので、甘えさせてもらうことにして、二度目のWMU本部訪問を終えた。




 荷物を置いたままだったので、一度シャルの家に戻った。

 合鍵で入った。僕が早めに帰る事も想定して、シャルが預けてくれていたのだ。


 玄関には二対の女性ものの靴があった。

 どうやら二人はすでに帰ってきているようだ。

 日も沈んでいるし、当然か。


 リビングへと続くドアは閉められていた。

 扉の上側半分はすりガラスになっているため、中の様子が影で確認できる。


 人影は二つ。片方が膝立ちになり、もう片方の股か腰あたりに顔を近づけていた。

 防音仕様ではないため、二人の声が漏れ聞こえてくる。


「おー、お姉ちゃんうまい!」

「もう、こんなに濡らして……だらしないですね」

「ひゃっ⁉︎ ちょ、くすぐったいって!」

「お仕置きです」


 ……えっ、何してんの?

 扉をそっと開けると、シャルがエリアの服を布で拭いていた。


「おっ、ノア。お帰り〜」

「お疲れ様です……なぜ泥棒のように入ってきたのですか?」

「いや……何でもない」


 うん、まさか姉妹でそんな事はしないよね。良かった良かった。


「そっちこそ何してんの?」

「エリアが水をこぼしたので拭いてあげてます」

「優しいお姉ちゃんだ」

「甘えん坊な妹がいるものですから、仕方なくです」


 口調こそ不満そうだけど、シャルの頬は緩んでいる。

 なんだかんだで、甘えてもらえるのが嬉しいんだろうな。


「さっきくすぐられたけどね」


 なるほど。あの悲鳴は突然くすぐられたがゆえのものか。


「エリアは何をやらかしたの?」

「水道の蛇口を捻りすぎて水が飛び散った」

「あぁ、あるあるだよね。特に何か持ちながら捻ったりするとなるやつ」

「まさにそれよ」


 エリアがビシッと指を突きつけてきた。


「ひどいよね。何で水って飛び散るんだろう?」

「おお、一気に哲学的になったね?」

「でも、そう思わない? 水が飛び散らなければいい事ってたくさんあるじゃん」

「放水してたりするといつの間にかズボン濡れてるもんね」

「あのじんわり沁みてくる感じ、不快ですよね」

「わかる」


 眉をひそめたシャルの言葉に、大きくうなずく。

 あの感触は気持ち悪いランキングで結構上位に入る。


「あと、何よりも重大なあの問題が解決するよ」


 エリアが真剣な表情を浮かべた。


「何?」

「ズバリ、おしっこ飛び散り問題!」

「……あぁ」


 ちょっとでも真面目な話を期待した僕が馬鹿だった。

 シャルも呆れたようにため息を吐いているが、それくらいではエリアの強靭きょうじんなメンタルは折れないようで、彼女は言葉を続けた。


「私、放尿の初速なら誰にも負けない自信があるのにさ。飛び散るせいで、その実力を遺憾いかんなく発揮できた試しがないんだよ」

「放尿の初速って言葉、初めて聞いたよ」


 まさしくパワーワードだな。


「いや、マジで早いんだって。これだけはお姉ちゃんにも負けないもん。ね?」

「ね? ではありません。エリアのおしっこの速さなんて知りませんから」

「そっか。よく考えれば見た事も見せた事もないね。今度見せ合う?」

「馬鹿ですか」

「いったぁ⁉︎」


 シャルに頭を叩かれ、エリアが絶叫した。

 エリアに対しては本当に容赦ないんだよね、シャルって。

 信頼の証なんだろうけど、いつもよりさらに威力が強いのは気のせいかな。


「の、ノアっ、あなたの彼女が暴力的なんだけど!」

「シャルー、エリアがまだ自業自得っていう言葉を覚えてないみたいー」

「そのようですね。もう一度体に刻み込みますか」

「待って待ってごめんって」


 エリアが、振り上げられたシャルの手を掴んだ。

 そのままの体勢で僕を見る。


「でも、ノアもそう思うでしょ?」

「シャルのおしっこを見たいかどうかって事?」

「の、ノア君⁉︎」

「ごめんなさい冗談です」


 頬を染めて睨みつけてくるシャルに対して、僕は間髪入れずに腰を深く折り曲げた。

 プライドはないのか、とエリアが笑っている。


「それは冗談として、飛び散るおしっこ問題?」

「そそ。特に男の子は立ってするんだし、あれ嫌じゃない?」

「そうでもないよ。便座なら座ってやるから」

「えっ、そうなの? お姉ちゃん、一つ勉強になったね。ノアはおしっこも座ってするらしいよ」

「それは別に知らなくていいです」


 シャルが半眼になっている。


「そういえば、おしっこで思ったんだけど」

「百パーセント下らない事が確定したね」

「何で放尿と放屁は言うのに、放糞じゃなくて脱糞なの?」

「……確かに」


 言われてみればそうだ。

 内容は超絶くだらないが、ちょっと気になってしまう。


「うーん……難しいなぁ」

「ね。お姉ちゃん、何か案ある?」

「放という文字は、あんまり個体の時に使わない気がします。放水とか放火とか放出とかは使いますけど」

「あぁ、なるほど! 頭いいじゃん」

「任せてください」


 シャルが胸を張った。


「シャルって真面目に見えてノリいいよね」

「お姉ちゃん、ノアが惚れ直したって」

「下らない事を言っていないで、そろそろ各自準備に取りかかりましょう。エリアも今日は帰るのでしょう?」

「うん。まあでも、もうちょっとゆっくりしても大丈夫だよ」

「ダメです。イーサンが迎えにくるのでしょう? 待たせては失礼ですから」

「はーい」


 エリアが小学校低学年のような素直な返事をした。


「お姉ちゃんだなぁ」

「惚れ直しましたか?」

「えっ……うん」


 呑気に感心していたところへの、いきなりのシャルからの直球に、僕は不覚にも動揺してしまった。


「あれれ、ノア? 顔赤いよ〜?」


 エリアが顔を覗き込んできた。

 視線を逸らす。


「ふむふむ……これは恋という心の病ですなぁ。治る見込みはなさそうです。どうしますか、シャーロットさん」

「治っては困るので、そのままにしてください」

「ぐはっ」


 僕は効果音を発しながら、胸を押さえて倒れ込んだ。

 シャルの言葉に照れてしまったのを誤魔化すためだったけど、バレバレだったらしい。


「ノアは狙ってやってるのが多そうだけど、お姉ちゃんは本当に無自覚にクリティカルするよね」


 エリアが呆れたように、それでもどこか微笑ましそうに笑った。


「何ですか、それ」

「姉は強しって事だよ」

「絶対違いますよね」


 シャルのツッコミに、エリアがくつくつと楽しげに喉を鳴らした。


「ねえ、何かあった?」


 僕は二人に尋ねた。


「何がですか?」

「いや……何となく、二人の距離がこれまで以上に縮まってる気がして」


 シャルとエリアが顔を見合わせ、同時に笑みを漏らした。

 あっ、何かあったんだな。


「別に何もないよ。ね、お姉ちゃん?」

「はい。何もありません」

「……そっか」


 触れられたくないんだろうな。

 秘密にされるのは少し寂しい気もするけど、悪い事があったわけじゃなさそうだから別にいいか。




————————




 お読みいただきありがとうございます!

 前話でもお知らせしましたが、本話で年末年始編は終わり、次話からはいよいよタイトル回収に差し掛かるので、今後とも本作品をよろしくお願いします!


 また、こちらも前話で触れましたが、近々現実世界に即した新作ラブコメの連載も始める予定なので、そちらもお楽しみに!

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