第98話 新しい友達

 エリアに手招きをされたため、飲み物を持ってその元に向かう。

 彼女の向かって正面に座っているオレンジで短髪の少年には、見覚えがあった。


「テオ君、だっけ?」

「おう。ちゃんと話すのは初めてだな。テオでいいぜ」

「オッケー、テオ。こっちもノアでいいよ」

「わかった。よろしくな、ノア」


 テオが白い歯を見せてニカッと笑った。

 エリアから「デリカシーはないけど陽気でいいやつ」とは聞いていた。

 デリカシーの有無はまだわからないけど、陽気である事は間違いないっぽいな。


「じゃあ親睦しんぼくを深めるためにも、ノアはテオの隣に座ろっか」

「うん。って、僕も混じっていいの? 邪魔じゃない?」

「まさかまさか。私とテオはそんなんじゃないから」

「そうだよ。誰がこんな暴力女なんかと——」

「テオ? 私、帰ってもいいんだけど?」

「すみませんでした」


 ……うん、テオのデリカシーがない事と、二人が仲良しな事はわかった。

 そして、少なくとも現在いまはエリアの方が立場が上である事も。


 机には参考書とノートが広げられている。

 エリアが勉強を教えているっぽいな。


「エリアって手を出すんだね。意外」

「何、こいつノアの前だと大人しいの?」

「いや全くそんな事はないけど」

「否定はやっ!」


 エリアが心外だ、と言わんばりの憮然ぶぜんとした表情を浮かべた。


「ただ、エリアが手を出すというよりは、だいたい余計な事を言ってシャルに叩かれているかな」

「逆にシャーロットの方が暴力的なのか」

「私限定でね」


 エリアがなぜか得意げな顔を向けてくる。


「何でドヤってるのさ」

「ふふん。特等席は譲らないからね。ノアは指でもくわえてるといいよ」

「羨ましくないよ別に。叩かれる事で特別感は味わいたくないし」

「くぅ〜」


 何かを噛みしめた後、エリアは持っていたペンをテオに向けた。


「テオ、この余裕が大事なんだよ。わかる? これがモテる男の秘訣なの」

「少なくとも今は関係ねえだろ」


 テオが苦笑した。

 どうやら彼女はいないらしい。


 ま、彼女がいたらエリアと二人でカフェにはいないか。エリアがその彼女でない限りは。

 ……付き合ってはないんだろうけど、何となくすでに熟年夫婦の雰囲気をかもし出してるんだよね、この二人。


「ノア、何か失礼なこと考えてない?」

「まさか。ところで二人は勉強してるの?」


 エリアにジト目を向けられたため、慌てて話題を変えた。


「そ。前に勉強教えた事があってさ。そしたら今度は宿題を手伝ってくださいって泣いて頼まれちゃったんだ」

「泣いてねえよ」

「仕方ないから、前回の筆記試験八十七点で七位のエリア様が教えてあげてるってわけ」

「九十八点で一位のやつの前でそれ言ってもダセえだけだろ」


 テオが僕を見ながら苦笑した。


「あれ、よく僕の点数知ってるね」

「あのテストで九十八取ったやつがいたら、さすがに記憶に残るわ」

「たまたまだよ」

「たまたまでほぼ百取られてたまるかよ。エリアも、お前の教え方は上手いって褒めちぎってたからな」

「そうなの?」

「先生より全然わかりやすいよ、ノアは」

「それは褒めすぎでしょ」


 さすがにお世辞だとはわかってるけど、そこまで言われると照れるな。


「いやいやマジだって。あっ、せっかくならテオも教えてもらったら?」

「えっ、それは悪いだろ」


 テオが遠慮するそぶりを見せた。

 こういう気遣いができる人だと、逆にしてあげたくなるよね。


「暇だし全然いいよ。テオさえ良ければ、だけど」

「マジっ?」


 テオがカブトムシを見つけた少年のように目を輝かせた。


「そういう事なら教えてくれると助かる」

「テオ、何か奢ってあげなよ」

「おう、奢る奢る」

「えっ、いいよそんなの」


 僕は両手を胸の前で振って、不要である事をアピールした。


「遠慮しなくていいぜ。あんま高いのは無理だけどな」

「ううん、自分で買うって。むしろ、暇を潰せてありがたいのはこっちだから」

「そうか。サンキュー」


 テオがエリアをペンで指差した。


「わかるか、エリア。この懐の広さと余裕がモテるやつとモテないやつの違いだ」

「辛いけど否めない」

「なんかやめてよ、その感じ。僕より二人の方がモテてるでしょ。テオは格好いいし、エリアは可愛いんだから」


 テオは精悍せいかんな顔立ちをしているし、エリアもシャルとほぼ同じ顔なので、当然とびきりの美少女だ。

 そんな美男美女コンビだから、僕としては普通に自分の意見を言っただけなんだけど、二人はなぜか気恥ずかしげに視線を逸らした。


「……そういうのをサラッと言えるからモテてるのよ」

「間違いねえ」


 エリアの呆れを含んだ言葉に、テオが深く頷いた。

 シャル以外の女の子から、好意を感じた事はないんだけどなぁ。


「……って、んな事いいから勉強だ勉強。頼むぜノア先生」

「任せてよ。どれからやる?」

「まずは——」




「マジで教えるのうめえな……」


 休憩中、テオが感心したように呟いた。


「そう?」

「あぁ。わかりやすいし、何より理解の深さが異次元だわ」

「それがわかるって事は、テオもちゃんと理解してるって証拠だけどね。そもそも、テオだって大体はできているじゃん」

「大体できてるくらいじゃ上位は狙えねーからな」

「まあね」


 教えていてテオの地頭が悪くない事はわかったし、無難に宿題をこなすくらいの学力はすでにある。

 ただ、次の定期テストで高得点を取る必要があるらしく、こうして勉強に励んでいるみたい。


「エリアたちはこれ受けてたのか。羨ましいぜ」

「これだけじゃないよ? お昼とかおやつも作ってくれたし、肩揉みもしてくれた」

「おい、ノア。お前何か弱み握られてねえよな?」


 割と本気で心配してくれている様子のテオに、思わず苦笑が漏れる。


「大丈夫だよ。僕がやりたくてやってるだけだから」

「はえー……」

「料理もそうだし、人の肩揉むの割と好きなんだよね。テオもやってあげようか?」

「おお、ノアさえいいなら頼むわ」

「オッケー」


 テオの肩を指圧すると、少し固かった。


「ちょいってるね」

「まあ、割と長い時間やってたからな。あー、気持ちいい……」

「おじさんじゃん」

「テオじさんだね」

「「……えっ?」」


 僕とテオは、エリアに冷たい目を向けた。


「ノア……今のはないよな」

「うん、ないね。エリアはマジで反省した方がいいと思う」

「そんなウケ狙って言ってないしっ」


 エリアが小声で叫ぶという高度な技を披露してみせた。

 頬がうっすらと赤らんでいる。くだらない事を言った自覚はあるみたいだ。


 やっぱりエリアはイジリがいがあるなぁ。いい反応してくれるから。

 前にもシャルと、同じように揶揄った記憶がある。


「ウケ狙いじゃねーとしても今のは見過ごせねーよ」

「テオネエとかならまだわかるけどさ」

「確かにな……って、ちげーよ!」


 テオがノリツッコミをした。


「人を勝手にオネエにすんなよ、ノア。天とスッポンくらいは違うだろ」

「わお、三百六十度違うじゃん」

「一緒じゃねーか」

「おおっ」


 完璧なツッコミだ。

 僕とテオはハイタッチを交わした。


「あんたら、短い間に仲良くなったね」

「おう。意外だわ。ノアってもっと堅物かと思ってたからな」

「いやぁ、堅物だったらエリアの相手はできないよ」

「違えねーな」

「ねえ、それどういう意味?」


 エリアがジト目で睨んでくる。


「ごめんごめん。冗談だよ」

「肩揉んだら許してあげる」

「はいはい。じゃ、テオはここまでね」

「おう、サンキュー。だいぶ楽になったわ」

「それは何より」


 エリアの後ろに立って、首筋に手を置く。

 シャルとは少しだけ種類の違う甘い匂いが漂ってきた。


「あー、これよこれ……」

「お前こそおばさんじゃねーか」


 気持ちよさそうに目を閉じるエリアに、テオがツッコんだ。


「何よ、こんな美少女に向かって……」

「ツッコミに覇気がねえエリアってのは新鮮だな。あと、自分で美少女とか言うんじゃねえ」

「だってそうじゃん……」

「ギリ嫌味じゃねえのがムカつくわ」


 おお、テオが言外にエリアが美少女な事を認めた。

 本人の前でっていうのは、ちょっと意外だな。

 

「エリアは相変わらず凝ってるね」

「仕方ないでしょ……こっちは肩からメロンを二つぶら下げてるようなもんなんだから……」

「おい、恥じらいを持て」

「あら、テオはそんなものを私に求めてるの? お母さんのお腹の中からやり直したら?」

「いきなり鋭くなったな。てか、言い過ぎだろ」


 言葉の割にテオの眼差しは柔らかい。

 二人の間では、これくらいの言葉の応酬は普通なんだろうな。


「言い過ぎじゃないよ……」

「あっ、また緩くなった」

「ノア、あと一分……」

「はいはい」


 仕方ないなぁ。


「ノアは面倒見がいいな……つーか、ノアがエリアの肩揉んでシャーロットは嫌がらねえのか?」

「これくらいなら大丈夫だよ。友達としてのスキンシップの範囲内だから」

「そういうもんか」

「テオって割と純情だよね……」

「うっせ」


 エリアの緩いイジリに、テオが唇を尖らせてそっぽを向いた。


「お二人さん、めっちゃ仲良いね」

「仲良くないよ」

「仲良くねーわ」


 エリアとテオが見事にハモった。


「ほら、仲良いじゃん」


 僕が指摘してやれば、二人は互いにそっぽを向いた。

 どちらも頬が桜色に染まっている。


 今日から彼らの見守り隊になろう、と僕は心に決めた。




 気を取り直して勉強を再開していると、シャルがやってきた。表情は暗くはなかった。

 日が暮れるところだったので、四人で少しだけ話してから解散した。

 とは言っても、僕とシャルとエリアはシャルの家で夕飯を食べるので、テオだけ別れた形だが。


 父親のオリバーは、シャルの報奨金を僕の両親が預かる事はあっさり認めてくれたらしいが、書類の作成に時間がかかるため、数日以内にシャルの家に届ける手筈になったらしい。


「長々と預かってもらってすみません」

「いいよいいよ。良かったね、認めてもらえて」

「はい……正直、拍子抜けしました。それにしても、まさかあのカフェにエリアがいたとは驚きました」


 シャルがやや強引に話題を変えた。

 エリアがほんのり気まずそうにしていたからだろう。


「ね。見知った水色が見えたからびっくりしたよ。下向いてたから、一瞬シャルかと思ったもん」

「頼まれた立場だし、若干テオに足を伸ばさせようと思ったらあそこになったんだ。私もまさかノアに遭遇するとは思わなかったけど。でも、結果的に良かったんじゃない? ノアとテオも仲良くなれたし」

「うん。面白いね、彼」

「デリカシーはないけどね」

「でも、性格はいいんでしょ?」

「まあね。そうじゃなきゃ勉強なんて教えないよ」


 エリアが遠回しに肯定した。


「エリアは素直じゃありませんね。まあ、そういうところが可愛いのですが」


 シャルが暖かい目でエリアを見る。

 エリアがそっぽを向いた。水色の髪から覗く耳は、夕陽とは色合いの異なる赤に染まっていた。


 ——ほら、可愛いでしょう?

 ——確かに。


 僕とシャルは目線だけで会話をし、笑みを交わした。


 その後はシャルの家で三人で遅めの夕食をとり、僕は一日ぶりに実家に帰った。

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