第95話 エリアと一緒にシャルを揶揄ってみた

 体が冷えないように、体の水気だけをとってすぐに服を着る。

 色々なものを鎮めるために、冷水を浴びていたのだ。


「ふう……すっきりした」


 とは言っても、あくまで冷水効果で頭がシャキッとしただけで、湧き上がっていた欲望を放出したわけじゃないけど。

 彼女の家の風呂で一人でするのは背徳感がすごいとは思うけど、さすがに僕もそこまで堕ちてはいない。


「にしても、なんか良かったなぁ……」


 シャルに攻められながら抵抗一つできないのは、顔から火が出るほど恥ずかしかった。

 それでも、羞恥と同じくらい嬉しかったし、興奮した。

 シャルと付き合ってから、自分はサドなのかなって思ってたけど、意外とマゾ気質もあるのかもしれない。


 ドライヤーをして風呂場を出ると、いい匂いが漂ってきた。

 ベーコンかな。油がバチバチいってるし。

 シャルが朝食を準備してくれてるみたいだ。


「シャル、ありがとう」

「いえ、もうすぐできるので待っていてください」

「うん、どうもー」


 仲良くなった頃は料理ができなかったシャルも、最近はこうして簡単な料理なら一人で作れるようになっていた。

 朝、シャワーから上がったら朝食を作ってくれてるとか、もはや結婚しているみたい。


 ……ヤバいな。朝の一幕のせいで思考がそういう方面にかたよっちゃっている。

 あれだけたかぶった欲を放出していないんだから仕方ないかもしれないけど、少し落ち着こう。


「お待たせしました」

「わあ、ありがとう!」


 ご飯と味噌汁、目玉焼きがあり、目玉焼きにはベーコンとトマト、ブロッコリーが添えられている。


「じゃ、いただきまーす」

「いただきます」


 目玉焼きに箸を伸ばせば、ブルンと柔らかい感触。


「おお、半熟だっ」

「ノア君、半熟が好きですもんね」

「うん。もう狙ってできるようになった?」

「大体は」

「飲み込み早いね」

「先生の教え方が上手なもので」

「そりゃあよかった」


 彼女の言う先生とは、もちろん僕の事だ。


「なら、ぼちぼち難しい料理にも挑戦してみる?」

「どんとこい、です」

「っ〜!」


 力こぶを作るシャル、可愛い……!


「どうしました?」

「いや、どうもしてないよ。それより、何作りたい?」

「そうですね——」


 朝食を食べつつ、シャルの挑戦したい料理などについて話していると、玄関のベルが鳴った。


「多分、エリアですね」


 シャルが玄関に向かう。

 間もなくして「久しぶりー」という快活な声が聞こえてきた。

 間違いなくエリアだ。


「あけおめお姉ちゃんの家のリビング——あれ、ノア?」

「やぁ、四日ぶりかな」

「そうだね。退院した時以来だし」

「あけおめことよろ、だね」

「うん、よろー……って、そうじゃなくて、こんな時間からいるって事は昨日泊まったって事だよねっ? まさかもう、ヤる事——」

「やってないよ。泊まったのは事実だけど」


 エリアがシャルに目を向けた。


「ほ、本当にやってませんよ⁉︎」

「……うん。嘘じゃなさそうだね」


 ブンブン首を横に振るシャルを凝視ぎょうしして、エリアは頷いた。


「あれ、僕信用ない?」

「いやぁ、ノアはわかりづらいんだよね」

「なるほど。エリアは私が単純だと言いたいのですかそうですか——」

「わー、ストップストップ! そうじゃなくて、お姉ちゃんは素直って事だよっ」

「許しましょう」


 シャルが腕を組んで頷いた。

 どうやら、久しぶり——と言っても新年の挨拶回りの時に二人は会っているはずだけど——にエリアに会えてテンションが上がっているようだ。


「よかったー、朝から殴られたくはないからね」

「エリアはもう朝食は食べたのですか?」

「うん。済ませてきたよ。これ、ノアが作ったの?」

「ううん、シャル」

「うええっ⁉︎」


 エリアが目を見開いた。


「お姉ちゃんの料理スキルがいつの間にか上達してるっ!」

「ふふ、特訓しましたから」

「えっ、じゃあさじゃあさ、私の嫁になってよ!」

「うん何を言っているの?」

「いいツッコミだねぇ」


 エリアがニヤリと笑った。

 しまった。無視すべきだったのに、思わず反応してしまった。


「まあ嫁は冗談として、今日のお昼、お姉ちゃんに作ってほしいなぁ」

「いいですよ」

「やったー、お姉ちゃん大好き!」

「私もですよ」


 エリアがシャルに抱きつき、シャルも優しげな笑みで受け入れている。

 エリアはエリアでシャルに甘えたいのだろう。

 いやぁ、美少女二人のじゃれ合いはいいね。うんうん。


「……ノアは何を頷いてるの」

「いい眺めだなぁと思って」

「おじさんか」

「おじさんだよ」

「確かに、ノアの脳天薄くなってきてるもんね」

「おい」


 ……しまった。またツッコんでしまった。

 ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべたエリアは、「それにしても」とシャルの首元のあたりに目を向けた。


「お姉ちゃんがハイネックって珍しいね。室内だと暑くない?」


 エリアの問いは何気ないものだっただろう。

 シャルが普通に返せば、この話題は終わっていたはずだ。

 ……僕の可愛い彼女には、無理な相談だったみたいだけど。


「あっ、いえ、そのっ……」


 頬を赤く染めて口ごもるシャルに、エリアは状況を察したようだ。


「ははーん、そういう事……ねえ、お姉ちゃん」

「な、なんでしょう」

「ちょっと首元だけ見せてよ」

「無理ですっ!」

「ええ〜? いいじゃん、少しだけっ」

「だ、ダメです!」


 シャルが真っ赤になりながら叫んで、僕の背に隠れた。


「ノアってばやってるねぇ。わざと?」

「いや、寝ぼけてちょっとミスっちゃった」

「わぁ、ノアも狼だったんだね」

「本日は遠いところからようそこお越しくださいました」

「それ女将ね——あっ」

「ふふふふ」


 しまった、という表情を浮かべるエリアに対して、僕は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「やられっぱなしで終わる僕じゃないよ」

「くっそー、ムカつくぅ!」


 エリアが地団駄を踏んだ。

 そしてシャルを見る。


「でも、まだ二対一で勝ってるもん。ね、お姉ちゃん? 今のところ私が優勢だよね?」

「はい、女将さんのノア君は可愛かったです」

「ダメだこりゃ」


 エリアが苦笑いを浮かべた。

 無論、シャルも本当に話を聞いていないわけではなく、ボケているのだろう。

 彼女は結構ノリが良いのだ。


「よし、ノア。客室を訪ねる女将さんやって」

「オッケー」


 僕は正座をして、ふすまを開ける動作をした。


「失礼しますー。ご挨拶よろしいでしょうか」

「はい、オッケー」


 エリアが映画監督さながらに手を叩いた。


「さて、お姉ちゃん。ノアが今開けたのはなんでしょうか?」

「……ふすま?」

「大正解! じゃあ、お姉ちゃんがノアに首元につけられたのは?」

「えっ、キス——って、な、何を言わせようとしているのですかっ!」

「「あぁ、惜しい!」」


 見事に僕とエリアの声が重なった。

 シャルはただでさえ赤くなっていた頬をさらに染め、そっぽを向いてしまった。


 それからしばらく、シャルは口を聞いてくれなかった。

 僕とエリアで、近所のスイーツを奢る事で許してもらった。

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