第85話 重鎮たちの会議

 ——WMUダブリュー・エム・ユー本部、小会議室。

 夕方にノアとシャーロットを招いたものよりも一回り小さい部屋で、四人の人間が机を囲っていた。

 総監のデイヴィット、副総監のベンジャミン、そしてルーカスとアヴァだ。


 ルーカスとアヴァは、実力とこれまでの功績により、他の国家魔法師よりも高い権限を与えられていた。

 先の会議に同席していた国際平和連合——UPNユー・ピー・エヌのウィリアム事務総長やラティーノ国のリチャード首相、他国の国家魔法師はすでに退席している。


「切るべきでしょう」


 そう断言したのはベンジャミンだ。


「彼——ロバートは、試合前にもノア君を罵倒ばとうしていたようです。握手にも応じていませんでしたしね。そして、ノア君の実力を過小評価して敗北したにも関わらず、謝罪もせずに睨みつけるだけ。実力がないとは言いませんが、悪影響の方が大きい。切り捨てた方が将来のためになるでしょう」

「それはどうだろうな」


 ベンジャミンの主張に、ルーカスが疑問を呈した。


「確かに、奴は他者を見下して馬鹿にする癖がある。お世辞にも評判が良いとも、善良な人間だとも言えない。だが、任務に関しては手を抜かねえし、相応の実力も将来性もある。手放せば戦力ダウンはまぬがれない」

「でも、そこにノア君が入れば、カバーどころか大幅な戦力アップになります。彼としても、ロバートがいない方がより入りやすいでしょう」

「それはどうだろ」


 今度はアヴァが、ベンジャミンの言葉を遠回しに否定した。


「ノア君、そもそもあんまりロバートの事は気にしていなかったみたいだけどね。眼中にないって言うか。試合後もすぐに彼女さんとイチャついていたし」

「それで言うと、シャーロット嬢はロバートに対していきどおりを覚えていたようですがな」

「確かにね。けど、それはロバートを切るか残すかの議論にはほとんど影響しないわよ」

「……アヴァも、ロバートを残すべきであると?」

「もう少し様子は見てもいいのかなって思う」

「様子を見る?」


 ベンジャミンがせせら笑った。


「様子ならこれまでで十分すぎるほどに見てきたでしょう。その結果、何も改善されなかった。自分より一回りも二回りも年下の少年を罵倒した挙句、実力で敗れた事も認められず、謝罪の言葉も口にしなかったのですぞ」

「うん、なかなかに酷いわね。けど、今回の敗北って、今までとはちょっと違うと思うんだ」

「どういう事ですかな?」


 ベンジャミンが眉をひそめた。


「今までロバートが負けてきたのって、大体が年上だったわけじゃん」

「そうですな。国家魔法師の中ではロバートが一番若いですから」

「だよね。だから、負けても自分よりキャリアがあるからって言い訳できていた。今回は違うわ。たかだか十五歳の、それも覚醒したばっかの少年に、実力でも読み合いでも敗れた。ここまでの屈辱を受けたなら、一皮剥ける可能性はあると思う」

「だから、もう少し様子見をしても良いと?」


 ベンジャミンの確認に、アヴァは「そういう事よ」と頷いた。


「俺も同意見だ。今回の敗北を経ても変化の兆しが見られなければ、もうロバートを切るのに反対はしない」


 アヴァに続いてルーカスにも言われれば、ベンジャミンにはこれ以上、我を押し通す事はできなかった。

 必然的に、三人の視線はこの場の最高責任者——デイヴィットに向けられた。


「ベンジャミンの意見ももっともなものだ。組織の雰囲気のためにも、ロバートを切るというのも一つの手だろう。だが、少しでも戦力を残しておきたいのも事実だ。少なくとも、次に他の星が接触圏内に入るまで二年の猶予はあるという観測結果も出ている。ロバートにはもう一度だけチャンスを与えるとしよう」

「……わかりました」


 そう堪えるベンジャミンの表情は、露骨に不満げだった。

 デイヴィットは眉をひそめた。


「どうした、ベンジャミン。今日のお前はらしくもなく気がいているぞ」

「焦りもしますよ。今日でノア君の正式入隊が決まらなかったのですから」

「なぜそんなにノアの入隊を急ぐ? 特別補佐だ。よほどの事が起こらない限り、WMU俺らにはあまり関係ないだろう」


 ルーカスの問いに、ベンジャミンが肩をすくめた。


「ルーカスからすればそうでしょうな。だが、私はあなたと違って彼を信用していない。ロバートをあっさり倒しておきながらまだまだ底を見せていない彼は、私にすれば救世主であると同時に脅威でもあります。一刻も早く手元に収めておきたいと思うのは当然でしょう。彼がここのトレーニング施設などを使えば、その実力や人間性なども観察できますからな」

「それはその通りだ。だが、ベンジャミン。それはあまりにも自己中心的だ」


 デイヴィットがベンジャミンをいさめた。

 総監は続けた。


「ノア君の功績や年齢を考えれば、無理に焦らせる方が悪手だ。先程も言ったように、他の星の接触までは少なくとも二年の猶予がある。それこそノア君については様子見が良いだろう。それよりも私は、彼の話を聞いて一つ違和感を覚えた」

「なんでしょう?」


 ベンジャミンが尋ねた。

 デイヴィットの露骨な話題転換に、これ以上ノアについて議論をする気はないという意思をみ取ったのだろう。


「模擬戦の時の出力でも、ノア君の実力は国家魔法師の中でも上位に食い込むだろう。少なくとも、一級クラスである事は間違いない」


 デイヴィットの分析に、三人が頷いた。


「であるなら、ケラベルスとやらも相当な実力者だという事だ。特定来訪区域を襲った者たちも、ルーカスが戦ったヘストスという男を中心に、全員が腕利きだった。さすがのサター星といえど、彼らほどの実力者が掃いて捨てるほどいるとは思えない」

「自分たちの最高戦力を、ホイホイ他の星に差し向けすぎじゃないか……という事か」

「あぁ」


 ルーカスの言葉に、デイヴィットが首肯した。


「ウチで言えばルーカスやアヴァを、最低でもどちらかを送り出すようなものだ。敵国でも先進国でもないスーア星俺たちに、普通そこまで戦力は傾けないだろう」

「必ず倒せる自信があった、とか?」


 アヴァの考えに、デイヴィットが「いや」と首を振った。


「それはあまりにもリスク管理がずさんすぎる」

「では、どうお考えなのですか?」


 ベンジャミンの問いに、一呼吸置いてからデイヴィットは答えた。


「目的は不明だ。だが、サター星に最高戦力を送り込むように指示を出した、真の脅威となる星がサターの後ろに控えている。私はそう睨んでいる」




◇ ◇ ◇




 本部での会議が終わって家に直帰したWMU副総監のベンジャミン・ロペスは、制服も脱がぬまま机の上にある機械の電源ボタンを押した。

 それは、本来ならスーア星ではまだ発明されていないはずの、パソコンという機械だった。


 ベンジャミンがいくつかの操作を終えると、間もなくしてパソコンの画面に一人の男の姿が映った。

 赤髪を肩まで垂れ流したその男は、ベンジャミンを見るなりニヤリと笑った。


『やあ、ベンジャミン副総監。いや——王静ワンジン殿』

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