第78話 主導権の奪い合い

 初詣に行った翌日、両親と僕、シャルはコタツを囲んでテレビをつけながらダラダラしていた。


 僕の魔力で稼働しているコタツの上には、我が家では見た事のないような高級なお菓子が鎮座している。

 午前中にブラウン家から届けられた、ジェームズの愚行に対するお詫びの品だ。

 めちゃくちゃ美味かった。


「シャーロットちゃん。今日も泊まっていくでしょう? それとも、学校始まるまでウチいる? というかもはやここに住まない?」

「え、えっと……」

「お義母さん、マシンガントークしないで。話が飛躍しすぎだし」


 お義母さんの勢いに押されてシャルが困っていたので、助け舟を出す。


「あら、もう高校生になるのだから、親がいる状態での同棲くらいはいいんじゃないかしら。貴族だと、割とそういうところも多いでしょう?」

「そういう問題じゃなくて、シャルの都合もあるからさ」


 なぜかテンションの高い——おそらくはお菓子が相当お気に召したんだろう——お義母さんをたしなめてから、シャルに向き直る。


「取りあえず、今日はどうする?」

「お掃除などもしたいので、今日は夕方までには帰らせていただこうかなと」

「わかった。だってさ、お義母さん」

「寂しいけど仕方ないわね。ノアはどうするの?」

「どうするのって?」

「うちとシャーロットちゃんの家、どっちで寝るのかって話よ」

「えっ……さすがに二人きりで泊まるのは良くないんじゃない?」

「うーん、十五歳なら、世間的に見ればお泊まりくらいは普通よ。それに、一人きりの夜ってシャーロットちゃん、寂しいんじゃない?」

「あっ」


 倫理観に囚われすぎて、その視点は持っていなかった。

 シャルに目を向ければ、恥ずかしそうに目を伏せた。


 お義母さんの憂慮は当たっていたようだ。

 気づけなかったのは彼氏としての失態だ。反省しないと。


「さすがに毎日とかは良くないけど、たまになら止めないわよ。ねぇ、マーベリックさん」

「そうだね。二人ともしっかりした子だから、お互いにちゃんと話し合って決めた事なら、よほどの事でない限り反対はしないよ」

「……うん。ありがとう、お義母さん、お義父さん」


 テンションの高いお義母さんがたまにお節介を焼く事はあっても、二人は常に僕の、僕たちの意思を尊重してくれるし、信頼もしてくれている。

 くすぐったくなるような喜びを覚えた。


 それからすぐ、両親は買い物に出かけていった。

 気まずい思いをしていた僕とシャルを気遣ってくれたのだろう。


「シャル」


 ソファーの隣をポンポンと叩けば、彼女はほんのりと頬を染めつつ、おずおずと腰を下ろした。


「ごめんね。一人は寂しいなんて当たり前の事、気づいてあげられなくて」

「いえ、私の事を考えてくれていたからこそなのはわかっていますし、一人暮らしをしている以上は仕方のない事ですから。ですが、そうですね……たまに泊まりに来ていただけるのなら、嬉しいです」


 恥じらいながらも、視線は逸らさずにシャルは言い切った。

 断る理由など、あろうはずがない。


「わかった。お義母さんの言うように毎日とはいかないけど、お邪魔させてもらうよ」

「はい、ありがとうございますっ」


 シャルが弾んだ声を出した。

 表情もそれにふさわしい、花の咲く眩しい笑みだった。


「……あぁ、もう、可愛いなぁ!」


 我慢できず、肩を抱き寄せる。


「わっ……!」


 驚きの声を上げるシャルの髪に頬を寄せ、サラサラな感触と甘い匂いを堪能する。


「今日、早速行っていい?」

「いいですよ……というより、お願いします。ノア君のお家は賑やかで暖かいですから、正直いきなり一人になるのは少し寂しいなと思っていたのです」

「そりゃそうだよね。今後は僕も気をつけるから、シャルも遠慮しないで言ってね。スーアの反対側にいても駆けつけるから」

「ふふ、ノア君なら本当にやってしまいそうです」

「任せて」


 胸を叩いて見せれば、シャルは軽やかに笑った。

 そのまま、僕の太ももに寝転がる。

 いわゆる、膝枕の形だ。


「……普通、男女逆じゃない?」

「一度やってみたかったのです」


 仰向けの体勢のまま、シャルはイタズラの成功した子供のように微笑んだ。


「男の太ももなんて固いでしょ。クッション使う?」

「嫌です。このままがいいです」

「そう? シャルがいいならいいんだけど」


 シャルの真っ白でスベスベな頬をつつくと、くすぐったいです、と笑った。

 嫌がるそぶりを見せないため、しばらくつついたり、フニフニつまんでみたりと、その柔らかい頬を堪能した。

 シャルはほんのりと頬を染めつつも、リラックスした表情で、されるがままになっていた。


 かれこれ十分ほどそうしていただろうか。

 手を止めると、シャルの目がパッチリと開かれた。

 僕の顔を凝視してくる。


「……何?」

「いえ、その……ローアングルでもかっこいいなぁと思いまして」

「っ……!」


 慌てて手の甲で口元を隠す。

 彼女にかっこいいと言われて嬉しくない男などいないだろう。

 口元がだらしなく緩んでしまう。


「どうしたのですか、ノア君。お顔、赤いですよ?」


 シャルが揶揄からかってくる。実に楽しそうだ。

 悔しいな。よし、やり返そう。


 何の前触れもなく、シャルの背中と膝裏に腕を回して、膝の上で抱きかかえる。

 お姫様抱っこに近い形だ。


「へっ? あ、あの——んむっ⁉︎」


 何かを言おうとしていたシャルの唇を、僕のそれで塞ぐ。

 大きく見開かれた空色の瞳が、すぐそこにあった。


 ゆっくりと離れると、シャルの瞳はどこかとろんとしており、頬はすでに朱色に染まりきっていた。


「可愛い」

「っ〜!」


 シャルが両手で顔を覆って身悶えた。

 う〜、と唸っている。

 相当恥ずかしかったようだ。


「シャル?」


 その顔を覗き込むと、指の隙間から睨んでくる。


「……ばか」

「ごめんごめん。したくなっちゃって」


 悪びれずにそう言うと、シャルが染まったままの頬を不満げに膨らませた。


「……いつも私が負けています。不公平です」


 どうやら僕が主導権を握っているのがお気に召さないようだ。


 ぶっちゃけ、シャルが照れ屋すぎるだけで僕もいっぱいいっぱいなんだけど、今はまだその事は言わなくても良さそうだな。

 わざわざ塩を送る必要もないしね。

 シャルは敵じゃないけど。


「条件は公平だと思うよ? 僕もさすがにシャルから唇にされたら、耐えられないだろうし」


 うそぶいてみせる。

 頬へのキスすらやっとのシャルだ。

 さすがに自ら口にするのはまだ無理だろう。


 そんな僕の予想に反して、彼女はやる気を見せた。


「いいでしょう……そこまで言われたら引けません」


 起き上がり、僕の首に手を回してくる。

 ……えっ、うそ。

 どんどんシャルの顔が近づいてきて、唇同士が触れ合い——

 は、しなかった。


 あと少しのところで、シャルは頬を真っ赤にしてブルブル震えていた。


「……ぷっ」


 シャルの顔が目の前にあるため、なんとか吹き出すのを堪える。

 本当にピュアだなぁ、シャルは。


 こういう姿が見たくて煽ったのだが、今思い返すと性格が悪かったかな。

 意地悪してしまった事を謝ろうと口を開いた、その瞬間。


「——んんっ⁉︎」


 僕は唇を塞がれていた。


 二秒ほどして柔らかいその感触が離れても、僕は固まったまま動けなかった。

 シャルが、自分から僕の口にキスをした。してくれた。


 ……マジか。

 喜びと羞恥心が同時にせり上がってくる。

 頬どころか、耳まで熱が集まっているのが自分でもわかる。


「ふふふ、どうですか? 一度諦めたと思わせてからの不意打ちは」


 頬を赤く染めつつも、シャルはドヤ顔で笑った。


「……完敗です……」


 認めるしかない。今のは完全にしてやられた。

 おそらく、僕は今すごく情けない顔をしている。

 負けを認めないのは格好悪いだろう。


「よしっ、ノア君に勝てました!」


 シャルがガッツポーズした。

 向こうからキスをしてくれた上に、喜んでくれている。

 あれ、これって実質僕の勝ちじゃんと思ったが、さすがに口には出さなかった。


 玄関のベルが鳴る。

 時計を見ると、両親が出かけてから一時間が経過していた。

 二人が帰ってきたのだろうと思って扉を開けると、そこにはルーカスさんが立っていた。


「ルーカスさん、こんにちは」

「あぁ、調子はどうだ?」

「はい。魔法、体力ともに問題ないです」

「そうか」


 ルーカスさんがわずかに口元を緩めた。

 彼がわざわざお見舞いだけで家を訪ねてくるはずがない。

 一つの可能性に思い当たる。


「師匠?」


 開けっ放しのリビングのドアから、シャルが顔をのぞかせた。

 ルーカスさんの声が聞こえたのだろう。


「どうしたのですか? ノア君に用事ですか?」

「あぁ。ノア、今からWMUダブリュー・エム・ユーの本部に行くぞ」

「本部へ? まさか、ノア君を無理矢理引き入れるつもりはありませんよね?」


 僕が答えるより早く、シャルが牽制球を投げた。


「そんな事はしねえ。今日は話をするだけだ。ただまぁ、その前に——」


 ルーカスさんがニヤリと笑った。


「——多少、実力を見せてもらう事にはなるがな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る