第63話 ノアの秘密① —両親の死—
シャルのマッサージが終わった後、僕は小用を足してから、お茶を淹れて部屋に戻った。
「シャル、お茶飲む?」
「あっ、お茶を淹れてくださっていたのですね。ありがとうございます」
シャルは何やらホッとしている様子だ。
大きい方をしているとでも思われていたのだろうか。
「明日の事なんだけど」
お茶を一口すすってから、僕は切り出した。
「一応お店は予約しているんだけどさ。申し訳ないんだけど、シャルの家で夕食でも食べるって事にしない? 僕の話は正直、他人の目があるところでしたくないんだ。それに、シャルの体調の事もあるし」
「私は構いませんが、予約はキャンセルできるのですか?」
「うん、大丈夫。今日中ならキャンセル代もかからないよ」
「でしたら、私も家の方がいいです。ノア君がおっしゃったように体調の不安もありますし、他の方がいない方が気楽なので」
「わかった。じゃあ、キャンセルしてくるね」
「はい、お願いします。本当に無料なのですね?」
「大丈夫だよ」
シャルが嘘を吐いているようには思えなかったが、気を遣ってくれたという側面も少なからずあるだろう。
それでも、彼女がいいと言ってくれるのなら、僕はそれに甘える事にした。
他人の目がないところで話したいというのも、シャルの体調を気遣ったというのも本当だ。
ただ、それ以上に、明日は特にシャルと二人きりで過ごしたかった。
彼女次第では、明日がシャルと過ごす最後の日になるかもしれないのだから。
翌日、十二月二十四日——クリスマスイヴ。
僕とシャルは昼前に家を出た。
シャルの検査のためだ。
両親には、夜に帰るかもしれないけど夕飯はいらないと伝えておいた。
これまでの二回と同じく、検査で異常は発見されなかった。
喜ばしい事だ。
病院を出た後、僕らは食材を買い込んでからシャルの家に向かった。
夕食は腕によりをかけて作るつもりだ。
話は夕食の後でいいかと確認を取ると、シャルは笑顔で快諾してくれた。
僕の望む通りになるならば、そっちの方が都合が良かったし、そうでなかった場合、話の終了はそのまま僕らの関係の終了を意味する。
最後くらい、シャルと夕食を共にしたいという思いもあった。
「よしっ、始めるよ、シャル」
「はい……気合いがすごいですね」
「そりゃあ——」
君と食べる最後の食事かもしれないから、とは言わない。
「——イヴだからね。いつもより豪勢にいくよ」
「あら、私の誕生日の時よりもですか?」
「うわっ、意地悪な質問するね」
「冗談ですよ」
二人で笑い合う。
こうした何気ない幸せも最後かもしれないのだ。思いっきり楽しもう。
品目はオムライスに副菜、サラダ、スープというシャルの誕生日の時と同じような並びに、小さなハンバーグを加えた。
シャルと並んで台所に立つ。
彼女が自分も手伝わせてくれ、と申し出てくるのは予想外ではなかった。
しかし、その包丁さばきの腕には驚かされた。
「シャル、包丁使うのめちゃくちゃ上手くなってるね」
ぎこちなかった前回とは違い、安心して見ていられる。
小慣れている感すらあるほどだ。
「ふふっ、ノア君に隠れて練習していたのです。やっぱり、男の子に家事能力で劣っているのは悔しいですから」
「いやー、やめてよ。これでシャルが掃除も料理もできるようになったら、僕がマウント取れるものがどんどん減っちゃうじゃん」
「魔法という私の最大のマウントを取りどころを奪ったのですから、それくらいは我慢してください……というかノア君」
「何?」
「あなたが実技までできるようになってしまったら、定期テストで私に勝ち目がないではないですか」
シャルが頬を膨らませた。
「あー……まあ、シャルがそう思うならそうなのかもね」
「むっ、何ですか? その腹立たしい言い方は」
「いや——」
僕は料理の手を止め、唇を尖らせて不満そうにするシャルの目を見てニヤリと笑った。
「——
「……なるほど。私を挑発しているわけですかそうですか絶対に次の定期テストで完全勝利して土下座させます」
「久しぶりに出たね、シャルのお家芸、句読点なしのノンストップ論法。あと、土下座はしたくないんだけど」
「いいえ、絶対にさせます」
「まあ、いいけどね。僕が勝つから」
「……ふふふ、次のテストが楽しみです」
シャルの瞳はギラギラと輝いていた。
その手には包丁が握られているため、軽くホラーだった。
「き、気合い入れすぎて手を切らないようにね。慣れてきた頃が一番危ないからさ。傷は治せるかもしれないけど、シャルが怪我したら僕の寿命が縮むから」
「それは良くないですね。ノア君には長生きしてほしいので、気をつけます」
「頼むよ」
そのアドバイスが良かった……のかはわからないが、どちらも怪我をする事なく、料理は着々と完成に近づいていった。
「それでは、いきますよ……」
シャルは緊張した面持ちで卵の乗っているフライパンを持ち——,
「——ほっ!」
チキンライスの上で勢いよくひっくり返した。
卵は見事にライスの上に着地した。
「できました! できましたよ、ノア君!」
「うん、上手だよ」
イエーイ、とハイタッチを交わす。
シャルはゲームをクリアした子供のように、喜色満面の笑みを浮かべている。
今くらい距離が近くなる前は——ちょうどアローラと別れた頃までだろうか——クールな少女だと思っていたが、なかなかどうして、豊かな感情表現をしてくれるようになったものだと、僕はしばし感傷に浸った。
「——ノア君? 聞いていますか?」
「……えっ? あっ、ごめん。何?」
「もう一つの方も、私が乗せてしまっていいですか?」
「もちろん」
「よしっ」
もう一つの卵も、無事に成功した。
僕の卵にケチャップで『ノア君』と書いてくれる。
こちらもすごく上達していた。
「うまいね」
「ノア君には敵いませんけどね」
僕はシャルの卵に『Christmas Eve』と書いた。
我ながら、芸術的な完成度だ。
「何をどうやったら、アルファベットをケチャップでこんなに小さく綺麗に書けるのですか?」
「こればっかりは経験だね。ま、厳密に言えば、今はまだイヴじゃないけど」
「えっ、どういう事ですか?」
シャルが怪訝そうな表情を浮かべた。
「イヴって直前って意味じゃん? だから、厳密にはクリスマスイヴは今日の深夜を指すんだよ」
「そうなんですね」
シャルが感心したように頷いた。
「まあ、そんなのはいいとして。冷める前に食べよっか」
「はい。作っていただきありがとうございます、ノア君」
「シャルも手伝ってくれてありがとね。それじゃあ——」
「「いただきます」」
僕とシャルは手を合わせ、どちらもまず最初にオムライスに手を伸ばした。
シャルの家で夕食を食べた後は、洗い物をして、食後のコーヒーかお茶を飲みながらソファーでまったりするのが僕らのルーティーンだが、今日は変更した。
洗い物をしてコーヒーを入れるところまでは一緒だったが、僕はソファーではなく食卓に腰を下ろした。
面と向かって話したかったからだ。
同じように思っていたのか、シャルも特に不思議がる事なく、僕の前の椅子に座った。
「さて、と」
コーヒーを一口飲んでから、居住まいを正す。
「まずは、今日まで待っていてくれてありがとう、シャル」
「いえ、ノア君が望んだ事ですから」
シャルが柔和な笑みを浮かべた。
「おかげさまで記憶の整理もすっかり済んだよ。色々聞きたい事はあるんだろうけど、まずは僕から話をしていい? 質問はその後に聞くからさ」
「もちろん構いません」
「ありがとう。多分、色々と思う事はあるだろうから、話を聞いてどうするのかはシャルが決めて。けど、一つだけお願い」
少しだけ語気を強める。
「僕は正直に話すから、シャルも正直に応えて欲しい。こっちの事は一切気を遣わず、本心で」
「わかりました」
シャルが真剣な表情で顎を引いた。
「ありがとう。まず最初に確認しておきたいんだけど、僕と今の両親に血の繋がりがない事、僕が幼少期の記憶をなくしていた事はお義母さんから聞いているんだよね?」
「はい。勝手にお聞きしてしまい、すみません」
シャルが眉を下げた。
「シャルは何も悪くないよ。お義母さんにも何か考えがあったんだろうし。あとは、僕がサター星人との混血だって事も気づいてるでしょ?」
「はい。ツメとキバがありましたし、ケラベルスと同じ技を使っていたので」
【
「そ。父がサター星人だったんだ。あっ、もちろん密命を受けて来てたわけじゃないからね?」
「そこは心配していませんよ」
シャルが頬を緩めた。
「いきなり刺客を送り込んできた事からもわかるように、サター星人は攻撃的な民族なんだ。父はそれに嫌気が差して、他の惑星経由でスーアに逃げてきたって言ってた」
「亡命ってやつですね」
「そう。いくら攻撃的な民族だからって、全員が全員好戦的な性格ではないからね。ただ、そうは言っても父もサターの人間だったから、一度怒ると手がつけられなかったし、それは僕にも遺伝した」
「そうなのですか? ケラベルスと戦っていた時も、全然そんな感じはしませんでしたが……」
シャルが意外だという表情を浮かべた。
「今はもうある程度は制御できているからね。でも、子供の頃は苦労したよ。子供ってすぐカッとなるじゃん。その度にサターの血も暴走しそうになるもんだから、何でこんな力があるんだって思ったりもした」
「あぁ……」
シャルが顔を歪めた。
彼女自身、感情を抑えきれなくて暴走してしまう事に辟易しているだろうから、色々と思うところがあるのだろう。
「でも、僕にとっては厄介なものでも、同世代の中で飛び抜けていたそのサターの血の力は、他者から見れば魅力的ではあったんだ。特に、被験体の事を何とも思わないマッドサイエンティストたちからすればね」
「っ……!」
シャルが息を呑んだ。
「ま、まさか——」
「そ。どこかから混血だってバレたんだろうね。僕は拉致されて、研究施設に連れて行かれた」
今でも、研究者たちの獲物をとらえた獣さながらの笑みは覚えている。
当時も今も、自ら他の惑星と接触する術を持たないスーア星では、異星人との混血は珍しい。
いじめの対象になる程度ならまだマシな方で、ひどい場合は僕のようにモルモットとして扱われてしまう事が往々にしてあった。
実際、僕が連れて行かれた研究施設にも、拉致されたであろう子供たちの姿があった。
彼らもどこかの星との混血だったのだろう。
——今となっては、確かめる術もないが。
「その時は逃げたいっていう気持ちよりも恐怖が先に来ちゃって、僕は大した抵抗もできないまま色んな器具を繋がれたりした。でも、いよいよ実験開始だって時に、猛烈に怖くなったんだ。このままだと死んじゃう、ここから逃げないとって思った。その想いとサターの血が共鳴した」
思わずふぅ、と息を吐いてしまう。
「大丈夫ですか?」
シャルが心配そうな表情で、僕の手を包み込んでくれる。
「大丈夫だよ。ありがと」
シャルの手を握り返しながら続ける。
「その強い想いを引き金にあふれ出た力を制御できるほど、僕は成熟していなかった。意識が戻った時、そこは更地になっていたよ。僕が消したんだ。研究者たちも、その研究者たちが拉致していた子供たちも、研究施設も——ちょうど、僕の事を助けようとして施設に乗り込んできていた両親もね」
「っ——!」
シャルが瞳を真ん丸に見開き、口元を手で覆った。
「嘘っ……!」
僕だって嘘だと思いたいよ。
でも、全て事実だ。
——僕は、自分の力を抑えきれずに暴走し、実の両親を殺したんだ。
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