第50話 一方その頃、特定来訪区域では
時は少し
特定来訪区域内の上空に扉が開かれ、サター星の代表を名乗る一団が現れた。
ルーカスはすぐに、彼らが何かしらの魔法を使っている事に気づいたが、何も言わなかった。
攻撃性の高いものではなさそうだったし、自分たちも身体強化を発動させている。
自衛のための魔法なら、とやかく言う気はなかった。
「こちらとしましては——」
「その点に関しましてはですね——」
首脳同士の会談を、あくびを堪えながら聞き流す。
相手が何か仕掛けてくる気配でも見せない限り、戦闘要員に出番はない。
隣のアヴァも退屈しているようだ。
——バン!
突然、会議室の扉が開かれた。
「き、緊急!」
連絡係の職員が、血相を変えて飛び込んできた。
「無礼者! ここを何の場だと——」
「待て」
ルーカスはいきり立つスーアの首脳陣を制した。
この場に許可も得ないまま入ってくるなど、正気の沙汰ではない。
つまり、それだけの事態が起こったという事だ。
「何があった?」
「そ、それが……魔法師養成第一中学校に扉が開かれ、そこから現れたサター星の刺客に学校が攻撃を受けているという情報が入りました!」
「なっ……!」
さしものルーカスも、
しかし、それは一瞬だけだった。
瞬時に臨戦体制を整え、サター星の一団に詰め寄る。
彼らの表情を見れば、職員の報告が虚言でない事は明白だった。
「どういう事だ?」
「いやぁ、もうバレましたか。スーアの情報伝達能力を侮っていたようですな」
ヘストスと名乗っていたリーダーのハゲ頭が、悪びれもせずに頭を掻いた。
「こっちからじゃ扉は確認できねえし、魔力も感じ取れなかった。視覚と魔力を遮断してやがったか」
「ご明察です。かなり広範囲に結界を張ったんですがねぇ」
ルーカスは舌打ちをした。
先程感じた魔法の気配が、それだろう。
もう少し探っておくべきだった。
「何が目的だ?」
「スーア星の最強魔法師の抹殺です」
ヘストスはあっさりと答えた。
サター星は、スーア星と敵対する事を何も恐れていないらしい。
「なぜ、こっちの最強を殺す必要がある?」
「さあ? 我々は命令されただけですからねぇ」
「学校を標的にしたのはなぜだ」
「それもわかりませんねぇ。この星で最も強い人物に繋がるように向こうの扉は設定していたので、学校にいらっしゃるどなたかが最強なのではないですか?」
「それはあり得ないわ」
アヴァが食い気味に否定した。
「スーアの最高ランクの魔法師は、ここに全員揃っている。そっちの設定ミスよ」
大人の魔法師のランク付けは学生とは異なり、上から一級、二級、三級、四級、五級だ。
ほとんどの魔法師は三級以下であり、この場にいるのは一級と二級の選りすぐりのメンバーのみだ。
学生の最高ランクであるAランクは
スーア星の最強魔法師は誰か、と問われれば、百人中百人が、現在特定来訪区域に集っている魔法師のうちの誰かの名を挙げるだろう。
「座標がずれた可能性もありますが、彼がミスをするとは考えずらいですねぇ。それに——」
ヘストスがニヤリと笑った。
「——皆さんで最高ランクなのであれば、我々がわざわざ対処するほどの脅威ではないように思われますし」
その言葉を聞いて、全員が悟った。
和平交渉は無意味である事を。
ルーカスたちが殺意を飛ばしても、向こうからは仕掛けてこない。
おそらく、ヘストスたちは足止め要員なのだろう。
魔法師養成第一中学校にはシャーロットとエリア、それにノアもいる。
うかうかしていられない。
「一級は個人で、二級はペアで敵に当たれ。決して一人になるな——かかれ!」
ルーカスの一声で、戦いの火ぶたは切って落とされた。
ルーカスはヘストスと対峙した。
氷の弾、槍、光線。
ルーカスが放ったそれらを、ヘストスは全て弾いてみせた。
(やっぱりこの距離じゃ無理か)
ルーカスはさらに距離を詰めた。
射程圏内に収めたところで、ヘストスが炎の槍を放ってくる。
「チッ」
強度の高い攻撃だ。
ルーカスはやむなく回避して、一度距離をとった。
先程から、似たような攻防の繰り返しだ。
おそらく、戦闘力はルーカスの方が上。
しかし、敵を倒さなければならないルーカスと、守りに徹していればいいヘストス。
状況の違いが、二人の実力差を埋めていた。
それは、他の者たちの戦いに関しても言える事だった。
「なかなかお強いですねぇ。立場が逆であれば、今頃決着がついていますよ」
わざとへりくだってみせるヘストスを無視して、ルーカスは再び攻撃を仕掛けた。
しかし、変わらず押し切る事ができない。
攻めあぐねている間にも、刻一刻と時間は過ぎていく。
ルーカスの中にも、焦りが生じ始めていた。
互いに距離をとったところで、ヘストスが口を開いた。
「そうそう、一つ言い忘れていましたが、学校に送られた刺客はもっと強いですよ。我々など足元にも及ばない。そもそも、我々程度がいくらいても足手まといにしかならないので、こちらにまとめて派遣されたわけですが」
「よく喋る口だな。そのエネルギーを頭皮に回したらどうだ」
ヘストスが精神攻撃を仕掛けてきている事は、ルーカスにもわかっていた。
それでも、やはり焦りを感じずにはいられなかった。
学校に送られた刺客がヘストスより強い可能性は、とっくにルーカスも考えていた事だった。
そもそも、サター星が本当にスーア星の最強魔法師を殺そうとしているのなら、最高戦力がここにいるはずがないのだ。
ルーカスは、自他共に認める冷静で淡白な性格の持ち主だ。
しかし、愛弟子二人とその友人が命の危機に
(ちまちまやってる場合じゃねえ)
リスクを冒して攻めようとした瞬間、ヘストスがニヤリと口元を歪めた。
まずい——!
それまでよりも強度の高いカウンター攻撃が飛んでくる。
攻撃体制に入っていたルーカスに、それらを防ぎ切る事はできなかった。
「……チッ」
舌打ちを鳴らすルーカスの左腕からは、ダラダラと血液が流れ出していた。
「おやおや、足止めどころか勝機まで見えてきてしまいましたねぇ」
ヘストスが口の端を吊り上げた。
二人の間で初めて、まともに攻撃が入った瞬間だった。
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