第45話 ノアの誕生日② —最高のプレゼント—

「さて——」


 エリアが仕切り直すようにポンっと手を叩いた。


「これで本当に一段落したところで、私とお姉ちゃんの誕生日みたいにまったり……といきたいところなんだけど。実は私、もうあんまり時間がなくってさ」


 エリアが申し訳なさそうに頬を掻いた。


「だから、先にプレゼントだけ渡しちゃっていい?」

「もちろん」


 僕は大きく頷いた。

 もらえるだけで嬉しいのだ。

 タイミングまで注文するつもりはない。


「ごめんね、ありがとう。じゃ、ちょっと目つむってて」


 エリアとシャルが部屋を出ていく気配がしたが、すぐに戻ってくる。


「そんじゃ、まずは私から。誕生日おめでとう!」

「ありがとう、エリア」


 エリアからもらったのは、お菓子の詰め合わせと一本の瓶だった。

 僕はその瓶に貼られたラベルを確認して、


「こ、これはっ!」


 驚愕きょうがくに目をひんいてしまった。

 ずっと欲しかった調味料だった。

 とても平民の中学生のお小遣いで手の届く値段ではなく、そもそも伝手がないと入手が難しかったため、諦めていたのだ。


 やばい。めっちゃ嬉しい。


「ノアが前に欲しいって言ってたからさ。取り寄せた甲斐があったね」


 エリアがえへんと胸を張った。


「うん、マジでありがとう! それに、お菓子まで」

「ま、それはほんの気持ちだよ。瓶一本だけっていうのも、絵的に少し寂しかったからさ」

「十分すぎるよ、ありがとう」

「ほいさ。じゃ、いよいよお姉ちゃんの番だね」

「は、はい」


 シャルの顔に緊張が走った。

 期待と緊張を感じつつ、僕は目を閉じた。


「ノア君、手を出してください」

「こう?」

「はい」


 茶碗を受け取るようにして手を差し出すと、何やら長方形のものを渡された。

 革の手触りだ。形状的に財布だろうか。


「もう目開けていい?」

「すみません、もう少しだけ待ってください」

「わかった」


 シャルが立ち上がる気配がした。

 こちらに近づいてきたと思ったら、首にもふもふしたものがかけられた。


「……えっ?」

「誕生日おめでとうございます、ノア君。目、開けていいですよ」


 手渡されたものは、予想通り財布だった。

 そして僕の首には、空色のマフラーがかけられていた。


「うわぁ、どっちも欲しかったやつだ。ありがとう! 財布は格好いいし、マフラーは可愛いね。この色、めっちゃ好きだな」


 もちろんシャルの瞳や髪の色と同じだからだが、気味悪がられたくないのでそれは言わなかった。


「あ、ありがとうございます。喜んでもらえて何よりなのですが、その……」

「何?」


 何やらシャルがもじもじしている。

 意を決したような表情で口を開いては、頬を赤く染めて視線を逸らすこと数度。

 彼女は耐えきれなくなったように、エリアに抱きついた。


「や、やっぱり無理ですっ。エリアから言ってください!」

「えぇー……意気地なしだなぁ」


 エリアがしょうがないなぁ、というふうに笑ってから視線を向けてくる。


「ノア、覚悟して聞いてよ」

「はい」


 僕は姿勢を正した。

 何を言われるんだろう。想像もつかないな。悪い事ではなさそうだけど。


「——そのマフラー、お姉ちゃんの手編みなんだよ」

「……えっ?」


 マフラーをしげしげと観察する。

 ほつれている部分はない。綺麗にできている。


「……マジで?」

「マジで」

「シャル、裁縫さいほう得意だったっけ?」

「学校の授業ではやりましたが……マフラーを作るのは初めて、でした」


 シャルがか細い声で告げた。


「マジか……うまっ」


 やばい、めちゃくちゃ嬉しすぎる。

 そしてそれ以上に、手編みである事を言えなかったシャルが愛おしすぎる。


「シャル」

「は、はいっ」


 未だに恥ずかしそうなシャルの目を覗き込む。


「本当にありがとう。早速、明日から使っていい?」

「も、もちろんです」


 ようやく緊張がほぐれたのか、シャルはふわりと花が咲いたような笑みを浮かべた。




◇ ◇ ◇




「今日はありがとね、エリア。プレゼントもそうだし、時間を作ってくれた事も」

「いいって事よ。こっちこそあんまり時間作れなくてごめんね。あっ、でも——」


 エリアが口を寄せてきて、耳元でささやいた。


「——二人きりになれてよかったかな? ムフフ」

「気味の悪い笑い方しないで」

「本当に最近、容赦がなくなってきたなぁ」


 お姉さんは寂しいよ、と言い残して、エリアは帰っていった。

 彼女を見送ってから、僕とシャルはリビングに戻り、ソファーに並んで腰掛けた。


 改めて、シャルからもらったマフラーを見る。


「いや、マジですごいなぁ」

「あ、あの、少し大袈裟ではありませんか?」

「大袈裟じゃないよ。このクオリティーで作るの大変だったでしょ。どれくらいかかった?」

「二週間くらいです。思ったよりも難しくて、放課後のお誘いとかも断ってしまって申し訳ありませんでした」

「ううん、全然いいよ。こんな素晴らしいものを作ってくれてたんだから」


 もちろん本心だった。

 僕のためにやってくれていたのだから、むしろ感謝してもしきれないくらいだ。


 ……ただ、寂しかったのも事実だった。


「ノア君」


 シャルが咎めるように僕の名前を呼んだ。


「えっ、何?」

「何か我慢していませんか?」

「……してないよ」


 僕は微妙に視線を背けた。


「私の目を見てそう言えますか?」


 シャルが覗き込むようにして視線を合わせようとしてくる。

 ……敵わないな、シャルには。


「よくわかったね」

「これだけ一緒にいるのですから、少しはわかるようにもなりますよ。それで、どうしたのですか?」

「……寂しかった」

「えっ?」


 意外だったのか、シャルが目を丸くさせた。


「もちろん、僕のために一生懸命編んでくれていたんだから感謝しかないし、本当に嬉しいよ。でも、ここ最近に比べて会えてなかったから、寂しく感じちゃって……ごめん。こんなこと言われても迷惑だよね」


 僕は下を向いた。

 恥ずかしいし、情けない。シャルの顔が見れない。


 ふふ、という含み笑いが聞こえた。


「……馬鹿にしてる?」

「いえ、嬉しかったのです」

「えっ?」


 シャルを見ると、彼女は本当に嬉しそうに笑っていた。


「そうやって弱音を吐いてくれる事は滅多にないですし、それに、その……寂しいのは自分だけではなかったのだな、って」


 はにかみながら、シャルはそんな可愛らしい事を言った。


(っ……それは反則だって)


 気がつけば、僕はその華奢な体を抱きしめていた。


「の、ノア君っ?」

「ごめん、どうしてもこうしたくて……いい?」

「……もちろん」


 腕の中で、シャルの微笑む気配がした。

 そして、背中に回した手に力を込めて、抱きしめ返してくれる。


 前回よりも密着してくれている事が嬉しくて、自分を受け入れてくれる少女の事が愛おしくて仕方なかった。


「す……」


 や、やばっ。

 危うく好きって言いかけるところだった。

 幸い、シャルは気づいていないようで、体の緊張はほぐれたままだ。


 ……まあ、これから言おうとしている事も、ほとんど告白と同義なんだけどね。

 こればっかりは仕方ない。必要手順なのだから。


「ねぇ、シャル」


 僕は抱きしめたまま話しかけた。


「二つもプレゼントくれたところ申し訳ないんだけど、もう一つだけねだってもいい?」

「私に差し上げられるものなら」


 シャルが僕の胸から顔を離して見上げてくる。


「十二月二十四日。シャルのクリスマスイブ、僕にちょうだい」

「……えっ?」


 シャルがポカンと口を開けた。


 言葉の裏にある意味を理解したのだろう。

 その頬が、グラデーションのように真っ赤に染まっていく。

 熟れたリンゴなどという言葉では表しきれないほどに。


「いい?」


 反応を見れば答えなどわかりきっていたが、一応確認してみる。

 シャルは朱色のまま視線を彷徨わせてから、こくんと小さく、しかし確かに頷いた。


「ありがと」


 僕はもう一度、彼女を抱きしめた。

 シャルは猫が甘えるように、僕の胸にぐりぐりと頭をこすり付けてきた。

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