第29話 勉強会

 シャルが好きだと自覚したその日に、僕は二ヶ月後のクリスマスに告白する事を決めた。

 そのためにやるべき事はいくらでも浮かんだが、今はそれよりも先に乗り越えるべき壁があった。

 二週間後の定期テストである。


 魔法師養成学校のテストは、筆記と実技の二種類だ。

 実技はからっきしだが、筆記では毎回上位の成績を収めている。

 学費を両親に工面してもらっている以上、手を抜くわけにはいかない。


「あー、難しいー……」


 エリアが弱音を吐いて机に突っ伏した。


「エリア。もう少しでお昼休憩ですから、そこまでは頑張ってください」


 シャルが双子の妹を励ましている。


 試験まで二週間を切った土曜日、僕とシャルとエリアは、シャルの家で勉強会をしていた。

 エリアも休日を丸々家に拘束される事はあまりないため、普段から土日のどちらかでは集まる事が多い。


「エリア、わからないところがあるなら教えようか?」


 僕はそう申し出た。

 教えるのは好きだし、人に教える事で知識はより定着する。


「うん、ここなんだけど」

「あぁ、ここはね——」


 エリアも地頭は悪くない。

 彼女が大体の内容を理解したところで、自分たちで定めたお昼休憩の時間になった。


 制限時間を設けた方が、集中できるというものだ。

 締切効果というやつである。


 お昼は僕が作った。

 二人には勉強時間を削らせるのは申し訳ないと言われたが、料理にハマっている僕にとっては良い息抜きだ。

 単純に、二人が美味しい美味しいと食べてくれるから作り甲斐があるというのもあるけど。


「いつもの如く美味しいです、ノア君」

「それはよかった」


 頬を緩めたシャルを見て、僕の口元も自然と緩んでしまう。


「いやー、本当にノアの料理はうまいよ。掃除も洗濯もできるし、今すぐにでも嫁に行けるね」

「生憎と僕は男だけどね」

「取っちゃえばいいんじゃない?」

「サラッと怖いこと言ったね⁉︎」


 魔法の進歩により性転換技術は飛躍的に向上しているらしいけど、女性になる予定はない。


「でも、ノアが女の子になれば、三人で温泉入ったりできるじゃん」

「いや、まあ、そうだけどさ」

「あっ、でも二人は『カップル』だから、風呂くらいは一緒に入るか。いずれはセックスするんだし」

「ゲホッ、ゲホッ!」


 シャルが盛大にむせた。


「え、エリアっ、何を言い出すのですかっ!」


 必死に抗議をするその顔は真っ赤だ。

 何とも愛くるしいな。


「エリアってたまに容赦なく下ネタぶち込んでくるよね……あと、僕らが偽カップルって事、忘れてない? 偽り恋人大作戦を提唱したのはエリアのはずだけど」


 まぁ、クリスマスに本物のカップルになれるよう頑張るけど。


「やあねぇ〜。冗談よ、冗談」

「シャル。デザートの残りがちょうど二つだから、一緒に食べようか」

「えぇ、ぜひそうしましょう」

「待って待って私が悪かったです本当にごめんなさいこの通り!」


 一息に言い切り、エリアが何の躊躇もなく土下座した。

 おい、テイラー家の次期当主、プライドはないのか。


 結局その後、公平なジャンケンの結果、エリアが一発で一人負けした。


「これが因果応報です。エリア、また一つ賢くなりましたね」

「それくらいは知ってるし!」

「仕方ありません。一口だけどうぞ」

「えっ、マジ⁉︎ お姉ちゃん大好き!」

「こういう時だけ調子が良いのですから……」


 呆れながらも、シャルは笑っている。

 険悪になってもおかしくない境遇であるのに、この姉妹は本当に仲が良いな。




「ねえ、ノア」


 シャルがトイレに立ったタイミングで、エリアが声をひそめて話しかけてきた。


「何?」

「ありがとね、誕生日の事。夕食まで付き合ってくれて……あんなに嬉しそうに誕生日の思い出語ってくれたの、初めてだよ」


 エリアが柔らかく、それでいてどこか寂しげな笑みを浮かべた。


「僕がしたかっただけだから、気にしないで。それでシャルに喜んでもらえたなら、こんなに嬉しい事はないよ」

「間違いなく、今までで最高の誕生日だったと思うよ。一卵性の双子が保証する」

「それは心強いね」


 エリアが言うなら、あながち大袈裟ではないのかもしれない。

 どちらにせよ、シャルが楽しんでくれていたのは間違いないようなので、頑張った甲斐があったというものだ。

 胸の内が温かくなる。


「それとさ、ついでに聞いちゃうけど……その時、何かあった?」

「何かって?」

「いや、具体的な事はわからないけど、あの日を境に二人の距離が縮まった……というよりノアがお姉ちゃんとの距離を縮めたような気がして」

「えっ——」


 僕はまじまじとエリアを見つめてしまった。

 何この子、エスパー?


「やだ。そんなに見ないで、照れるー」

「棒読みがすぎるなぁ……すごい観察眼だね」

「あっ、もしかして本当に何かあったの?」

「うん。と言っても僕たちが何かをしたわけじゃないよ。僕が勝手にシャルへの好意を自覚しただけ」

「それは、異性としてって事だよね?」

「うん」


 エリアに隠す必要はないだろう。


「そっかー。やっぱりね。寂しくなるなぁ」


 エリアが冗談とも本気ともつかない口調でこぼし、頬杖をついた。


「何でエリアが寂しくなるのさ?」

「だって、三人の中に一組のカップルがあったら、余った一人はどうしても気を遣うでしょ」

「まだカップルになれた訳じゃないけどね。それに、出会ったばかりの僕とシャルより、エリアとシャルの方が明らかに結びつき強いでしょ。一卵性なんだし」

「いやぁ、そこを乗り越えてくるのが男女の仲ってやつでしょ。ノアは私と違って物理的にお姉ちゃんと繋がれるんだし。さっきのは冗談だったけど、やっぱり好きな子となら一緒にお風呂入ったり、セックスしたりしたいでしょ?」

「そりゃもちろんだけど、あんまり想像させないで。僕がここから立てなくなるから」


 シャルの裸なんて想像してしまったら、男の象徴を制御できるはずがない。


「代わりに息子が勃っちゃうもんね」

「そう。僕ら親子は二人同時にたてないんだ」


 下ネタに乗ってやれば、エリアがぶっと吹き出した。


「ノアも普通に下ネタ話すよね」

「男に下ネタ嫌いはいないよ」

「女にもいないよ」

「そうなの?」

「そうだよ。お姉ちゃんだって……おっと、こういう話をするとノアが動けなくなるか」


 エリアがくつくつと笑った。


「そうだね。気をつけて」

「はーい、って、私たち何の話してるんだろう?」

「さあ?」


 顔を見合わせ、僕らは同時に吹き出した。




◇ ◇ ◇




 区切りがついたところで、僕らは座学から魔法の修練に切り替えた。

 シャルの修練兼暴走したとき用の部屋を使わせてもらう。

 最低限のものしか置かれていない、白銀のだだっ広い空間だ。


 三人の間に、特に僕と二人の間には途方もないレベルの差があるが、シャルとエリアなら馬鹿にしてこないとわかっているので、僕も気兼ねなく修練に専念する事ができた。


 もう秋から冬に差し掛かる季節だが、密閉空間に人間が三人もいて、魔法の特訓でもしていれば暑くなってくる。

 僕らは自然と薄着になった。


 シャルなどは半袖半ズボンになっている。

 惜しげもなくさらされた白い手足と、下着のラインが汗により僅かに透けている背中を、僕は思わず凝視してしまった。

 エリアに脇腹をせっつかれる。


「何ガン見してんのよ」

「見惚れてた。綺麗だなって」


 僕は正直に答えた。

 シャルは自分の特訓に集中しており、こちらを気にする様子はない。


「おっ勃たせないでよ」

「それはシャル次第かな。僕の息子、最近反抗期なんだ」

「ちゃんと毎日慰めてあげてる?」

「シャル、本当に魔法の制御うまいよね」

「あっ、話題逸らしたな」

「うるさい」


 エリアがニヤニヤと笑った。

 いくら下ネタがオープンな友達とはいえ、さすがに自慰行為の回数まで知られたくはない。恥ずかしい。

 エリアも引き際は心得ているので、それ以上は追求してこない。


 そのままボーッとシャルの事を眺めていると、少し違和感があった。

 彼女は現在、魔力の弾を自在に操る練習をしているのだが、どこかしっくりこないのだ。

 しばらく観察して、僕は違和感の正体にたどり着いた。


 それをシャルに伝えると、彼女は驚いたように目を見開いた後、「やってみます」と僕のアドバイスを実践してくれた。

 結果、違和感はなくなった。


「すごい……さっきよりもやりやすいですし、何だかしっくりきます。アドバイスありがとうございます」

「お役に立てて良かった。それよりさ、トイレ借りていい?」

「あっ、はい。どうぞ」

「ありがと」


 小走りで部屋を出る。

 シャルの観察に気を取られているうちに、膀胱の限界が近づいていた。




◇ ◇ ◇




「どうしたの? お姉ちゃん」


 エリアが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 ノアがトイレに行って以降、シャーロットがずっと考え込んでいるからだろう。


「いえ、先程ノア君にアドバイスを頂いたのですが……おかしいのです」

「何が?」

「魔法が不得手な人では、とてもではありませんが思いつけないような、鋭い視点だったのです」

「ノアなら頭いいし、それくらいはできるんじゃないの?」

「いえ」


 シャーロットは首を振った。


「今回に関しては感覚的なところも含むので、実際に魔法が扱えないとまずたどり着けないはずなのです」


 そう。ノアは感覚的な部分を完璧に言語化してみせたのだ。

 理論を学んだだけでは、とても到達できる次元ではない。


「エリア。私が暴走してしまった時に、師匠がノア君に尋ねていた事、覚えていますか?」

「えっと、小さい時からずっとEランクなのかってやつ? ……まさか、ノアは小さい頃は魔法をもっと使えたって事?」

「そのまさかです」

「……さすがにそれはあり得ないんじゃない?」


 エリアが眉をひそめた。


 シャーロットも現実味のない話をしている自覚はある。

 しかし、カミラから聞いた話——ノアに幼少期の記憶がないという話を絡めると、どうにもあり得ないとは断言できなかった。


 そのタイミングでノアが戻ってきたため、シャーロットとエリアはアイコンタクトで会話を終了した。


「ノア、ナニしてきたの?」

「えっ、おしっこだけど」

「本当に〜?」

「何を疑っているのさ」

「ナニだけど」

「んな訳ないでしょ」


 ノアがエリアの頭をチョップした。


「いてっ」

「人の家でそんな最低な事はしないよ。それに、もしそうだとしたら早すぎるでしょ」

「間違いない」


 エリアとノアが笑い合う。

 ……ノアと気兼ねなく下ネタを言い合える妹を、シャーロットは頬に熱を感じつつも、少しだけ羨ましいと思ってしまった。

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