第27話 シャーロットの抱える想い

「それはさすがに申し訳ありません」


 それが、硬直の解けたシャルが最初に発した言葉だった。


「あんなに素敵なプレゼントまでいただいたのに、お夕食までお世話になるわけにはいきません」


 予想通りの反応だ。

 逆の立場なら、僕だって嬉しさよりも先に、申し訳なさや後ろめたさを感じるだろう。


 それでも、ここで引くわけにはいかない。

 これは、シャルのためというより僕自身のためなのだから。


「プレゼントはあくまで誕生日のお祝いだよ。夕食はそれとは別に、これまでの感謝の気持ちを伝えたいんだ」

「それは、これまでにも充分お伝えしていただいていると思いますが——」

「言葉だけじゃなくて行動で示したいんだ。シャルが手を差し伸べてくれたから、アローラに振られた後の苦境を乗り越えられたし、シャルがいたからここまで楽しくやって来れたからさ。迷惑かもしれないけど、ちゃんと形として感謝を伝えさせて欲しいんだ。それに——」


 僕は一度言葉を区切ってから続けた。


「——年にたった一回しかない誕生日の夕食を、一人で過ごしてほしくないんだ」


 それこそが僕の本音だった。

 エリアから頼まれていたのは、なるべく長くシャルの側にいて欲しいという事だった。


 門限ギリギリまででいい、と彼女は言った。

 僕はそれではダメだと思った。

 せっかくの誕生日なのに、シャルに寂しい思いはして欲しくなかった。


 シャルは一瞬目を見開いた。

 しかし、すぐに澄ました表情に戻った。


「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。ノア君からはすでにたくさんのものを頂いていますし、一人での夕食はいつもの事ですから。今更寂しいと思いませんし、ノア君がくださったぬいぐるみもいるので全然平気です」

「平気な訳ないでしょ!」


 半ば無意識に叫んでいた。

 シャルに詰め寄る。

 口では平気と言いながら寂しげに笑う彼女に、猛烈に腹が立っていた。


「の、ノア君?」

「もし本当に平気だって言うなら、何でそんな顔しているの?」

「えっ?」

「自分では気づいていないんだろうけど、今のシャル、ひどい顔してるよ」

「っ……」


 シャルの肩が揺れた。

 視線を逸らそうとする彼女の両肩を掴み、無理やり目を合わせる。


「前に言ったよね、我慢するなって。本心を言って、シャル」


 シャルの両の瞳に、みるみる雫が溜まっていった。

 拳を握り締めて、彼女は叫んだ。


「平気なわけ、ないじゃないですかっ……!」


 それは、心からの叫びだった。

 胸が張り裂けそうになる。

 たまらず、僕はシャルを抱きしめた。


「エリアも友達も家族にお祝いされているのに、私は祝ってもらえない……! 暴走障害を発症して以降は、両親からプレゼントだってもらってないんです! 寂しくてっ、でも、寂しいって言えなくてっ……私は要らない子だったのかなって、何度も思って……!」

「それはあり得ないよ」


 僕は声と腕に力を込めた。


「君の両親の事はわからないけど、エリアだって僕だって他の友達だって、みんな君の事を大切に思っているよ」

「っ……!」


 息を詰めた後、シャルはより大きな声で泣きじゃくった。

 顔の真下に彼女の空色の頭がある。

 無性に頬をりつけたくなったが、それは我慢して頭を撫でるだけにしておいた。




「何だか、ノア君には泣かされたばかりな気がします」


 シャルが唇を尖らせた。

 その目は腫れて充血している。


「その言い方だと、僕が悪者みたいじゃん」

「そうです。ノア君は悪いのです。もっとしっかりとした姿を見せたいのに、ノア君のせいで私はいつも情けなくなってしまいます」

「それは割と今更じゃない? シャルが泣き虫で甘えん坊なのはとっくにバレてるんだし」

「なっ……⁉︎」


 揶揄からかってやれば、シャルはわかりやすく羞恥に頬を染めた。

 キッと睨みつけてくる。

 全く怖くない。むしろ可愛い。


 それを言うともっと拗ねてしまうだろうし、さすがにしつこいだろう。

 少しフォローしておくか。


「まぁでも、そういう姿を見せてくれるのは素直に嬉しいよ。信頼してくれている証だからさ」

「まぁ、そうですけど……」


 シャルはうつむいてしまった。

 あれっ、何か間違えた?


 なぜか先ほどよりも頬を朱に染めたシャルは、上目遣いで睨んできて、


「……ノア君のばか」

「っ……!」


 僕は息を呑んで固まった。

 今のはやばい。破壊力Aランクだな、シャルは。


「ま、まぁとにかく、夕食は任せてくれるって事でいいんだよね?」

「はい。申し訳ありませんが、甘えさせていただきます」

「全然後ろめたさとか感じなくていいからね。僕のわがままだし、シャルは気ままに楽しんでくれればいいから」

「……本当、優しいですよね、ノア君」

「それは好意的に捉えすぎだよ」


 僕は苦笑した。


「何が食べたいとかある? 生憎、あんまり高いものとかは無理だけど」

「うーん、そうですね。ノア君と食べられるのなら何でも構わないのですけど……」

「えっ、何て?」


 ごにょごにょ言っていて聞き取れなかった。


「あぁ、いえ、独り言です」


 その後もしばし頭を悩ませていたシャルは、ハッと顔を上げた。

 少し不安げな表情だ。


「何か思いついた?」

「はい。よろしければですけど……ノア君の料理が食べたいです」

「えっ、僕の? 全然、遠慮しなくていいよ」


 手作りの方が安く済むとか考えているのだろうか。


「いいえ、遠慮している訳ではありません。特別な日ですから、他ならぬノア君に作っていただいたものを食べたいのです。それに、外食よりも気楽にお話しできますし……だめ、でしょうか?」


 シャルが小首を傾げておずおずと尋ねてくる。

 僕はフリーズしてしまい、すぐに答えられなかった。

 こんな可愛いお願い、された事ない。


 僕の沈黙を、シャルは勘違いして受け取ってしまったようだ。


「あ、あの、やっぱり迷惑ですよねっ。忘れて——」

「まさか、迷惑じゃないよっ」


 僕は慌ててさえぎった。

 シャルがびっくりしたように目を見開く。


「そう……ですか?」

「うん。僕の選択肢にはなかったから、ちょっとびっくりしただけ。シャルがそれで良いなら、もちろん喜んで作るよ」

「それが良いのです」

「オッケー。お任せください。ご希望の料理はございますか? お嬢様」


 恥ずかしさを誤魔化ごまかすため、ふざけてみる。


「もう、揶揄わないでください……ノア君はどんな料理がお得意なのですか?」

「最近ハマってて、奇抜なものでなければ一通りは作れるよ」

「すごいですね」


 シャルが感嘆の声を上げた。


「では、オムライスがいいです」


 思ったより可愛らしい注文に、僕はクスリと笑ってしまった。

 途端にシャルが頬を膨らませる。


「また馬鹿にしました。私、誕生日なのに」

「確かに。それは申し訳ない」


 よかった。冗談を言えるくらいには回復したみたいだ。

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