第18話 一方その頃元カノは
——苛立ちのあまり、机に膝を打ちつけてしまった。
今日は午前中から、正確に言えば三時間目の前からずっとイライラしている。
原因は明白。二時間目終了後のシャーロットの振る舞いだ。
ノアとの交際を堂々と宣言し、牽制までしてきた。
まるで自分がクラスのトップであるかのような話し方が
シャーロットが実際にどのように思っているのかは関係ない。
自身がそのように感じたというのが、アローラにとっては大事なことだった。
それ以来、シャーロットを見るたびにイライラする。
そして何故か、ノアと話している姿を見るとさらにイライラした。
おそらく、シャーロットが楽しげにしているのがカンに障るのだろう。
苛立ちは、翌日になっても収まらなかった。
「おっそいな……」
アローラは舌打ちをした。
約束の時間を過ぎているというのに、一向に彼氏であるジェームズが現れない。
「ねえ君。俺らと遊ばない?」
軽薄そうな声が聞こえて、アローラは振り向いた。
予想通り、チャラチャラした男が三人、ニヤニヤと笑っていた。
「いえ、待ち合わせをしているので」
「えぇー、いいじゃん。君みたいな可愛い子を待たせる奴なんて放っておこうよ。そんな奴より、俺らの方が楽しませられると思うよ?」
「放っておいてください。それ以上付き
アローラはAという文字が印字されたカードをチラつかせた。
Aランク魔法師であるという証だ。
それを見た瞬間、男たちは顔を青ざめさせてすごすごと引き下がっていった。
ナンパをするような人間など、所詮はその程度だ。
「あぁ、イライラする……!」
アローラは髪をかきむしりたくなる衝動を堪えた。
——それから、さらに待つこと五分。
「よう、アローラ」
ようやくジェームズがやってきた。
「おはよう、ジェームズ」
「あぁ。んじゃ、行くか」
——えっ、遅刻したくせに謝罪もないの?
そう言いたいのをグッと堪えた。
初めての一日デートなのに、最初から険悪な空気になりたくない。
「……どこ行く?」
「決めてある。任せろ」
ジェームズがスタスタと歩き出す。
アローラは慌ててその後を追った。
「なんか機嫌悪そうだな。何かあったか?」
あなたが遅刻しておいて謝罪もしないからじゃない——。
喉元まで出かかった言葉をアローラは呑み込んだ。
「軽薄そうな奴らにナンパされたのよ」
「あー、まあこんだけ谷間見せてればな」
「きゃっ!」
ジェームズがいきなり胸を揉んできたため、アローラは悲鳴を上げてしまった。
「ちょ、ちょっと! ここ、外だよっ?」
「悪い悪い」
ジェームズが手をひらひらさせた。
悪いと思っていないのは明白だ。
「もう……あとは、昨日のシャーロットが気に食わなかったっていうのもあるし」
「あー、偉そうに何か言ってたな」
「何あれ? 私は決して許しませんとか、何様のつもり? 実家では干されてるくせに」
その理由こそひた隠しにされているが、シャーロットがテイラー家でぞんざいな扱いを受けている事は、貴族界では有名な話だった。
「まあ、それでもAランクである事に変わりはないからな。それに、シャーロットは次期当主のエリアと仲が良い。そういった意味でも、影響力は相応にあると言っていいだろう」
エリアに、ひいては将来のテイラー家に敵視されたくなければシャーロットを害する訳にはいかない、という事だ。
「まぁ、それはそうだけど……」
分析するだけで共感してくれないジェームズに、アローラは不満を覚えた。
——その一方で、ジェームズもアローラに対して閉口していた。
ジェームズがアローラと付き合ったのは、その美貌と発育の良い体、そしてAランクの彼女という存在を欲しいがためだった。
それなのに、会うたびに聞かされるのは誰かの愚痴ばかり。
それに対して仕方なく打ってやった
キスまではしたが、それ以降はさせてくれない。
——黙って俺の言う事だけ聞いてろよ。同じAランクっつっても、魔法も家柄も俺より下なんだからよ。
適当に話を合わせながら、ジェームズは心の中で毒づいた。
◇ ◇ ◇
「はあ〜……」
ジェームズとのデートを終えて帰宅したアローラは、そのままベッドに倒れ込んだ。
「疲れたー……」
ジェームズとのデートの後はいつもこうだ。
楽しさよりも疲労感が先にくる。
ノアを振ってジェームズと付き合った時に思い描いていたような
今日だって、一日中連れ回されていただけだ。
リードしてくれる分にはいい。
しかし、その行動計画にアローラの意見はほとんど反映されていなかった。
「あいつはもっと私の意見を尊重してくれたのにな……」
ノアは常にアローラの意見を取り入れながら予定を組んでくれた。
ノアはほとんどアローラを待たせることはなかったし、もし遅れてきた場合はしっかりと謝ってくれた。
ノアは会った時にいつも、アローラの見た目や服装を誉めてくれた。
ノアは毎回、アローラの事を家まで送ってくれた。
「って、違う違う。何考えてんの、私っ」
アローラは慌てて首を振った。
ノアがアローラを尊重していたのは、自分に自信がなかったからだ。
「Eランクの平民で容姿もそこそこのノアなんかが、Aランクで貴族の子、容姿端麗な私に釣り合うわけないじゃない」
アローラは鼻で笑った。
その点、ジェームズは実力、家柄、容姿、全てにおいて優れている。
ノアにはない自らに対する自信も持ち合わせている。
俺に従えと言わんばかりに引っ張ってくれる彼こそが、自分に相応しい男なのだ——。
アローラは何度も自分にそう言い聞かせた。
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