第4話 夢のマイホーム

昭和50年8月末。

 水田の一部を埋め立てた敷地に、30坪ほどの家が建てられていた。柱は組みあがり、屋根も板葺き作業は終わっている。

 夕方になると、どこからともなく子供や主婦が集まり、餅撒きの開始を今か今かと待っていた。手に手に袋を持ち、東西南北の四隅には「角餅」を拾うための人の固まりが出来ていた。

 施工主や大工による神事が終わり、やがて屋根に上り餅撒きが始まった。投げる人達は、餅が水田に入らないように人が集まっている所をめがけて投げていた。

 施工主の山村昇は、感慨ひとしおの様子で餅撒きをしていた。


 この家が完成したのは、その年の暮れのことだった。

 まだ、整理のつかない家では、山村の会社の仲間を呼んでの新築祝いが行われていた。


「今日は、皆さん、忙しいのにすみません。社長にも来て頂いて、恐縮です。社長に乾杯の音頭をお願いしたいのですが。」


社長の乾杯の音頭を皮切りに、賑やかな祝宴が始まった。

 台所では、妻の幸子と会社の仲間の奥さん達が、忙しく走り回っていた。


「山村、君は家を建てるのが早かったな~。よっぽど、金を貯め込んでいたんだなー。」

 「違いますよ。ローンですよ。ローン。そのうち、子供が成長して大学にでも行ったら、今度は学資で大変ですよ。」


そうは言うものの、夢をかなえた嬉しさで満面の笑みを浮かべていた。その膝には、3歳になる長男・高志が座って大人のやり取りをニコニコしながら聞いているのであった。


昇にしても、妻の幸子にしても、家族に恵まれなかった。

 昇の両親は、オリンピックの年に死んでいた。理由はわからなかったが、自殺であった。昇は、その前年に就職していたので一人暮らしを始めたが、年のはなれた幼い弟は、広島の叔母が引き取ることになり離れて暮らしていた。

 幸子の方は、父は漁師をしていたが、幸子が小学生の時に事故にあい亡くなっていた。その後、母の手で育てられたものの、その母も幸子の結婚を見届けるように、昭和46年には病気のために亡くなってしまった。

他に身寄りのない幸子にとっては、頼りは夫・山村昇と息子の高志だけであった。


二人の出会いは、幸子が高校を卒業して福江の事務用品会社に入社した昭和39年のことだった。

昇は、幸子より2年早く高校を卒業し同じく福江の建設会社に入社していたが、幸子がその会社に仕事で出入りするようになったのがきっかけだった。

もちろん、最初からお互いを意識することはなかったが、幸子が昇の会社に出入りするようになって2・3年してからのこと、昇と幸子が伝票の受け渡しをしているところを社長が冷やかしたのだった。


「おい、おい、お二人さん、お似合いじゃないか。」


付き合い始めて4年目の昭和45年春。 

二人の結婚式は、身内と言っても幸子の母と、両方の会社の関係者、二人の同級生数人のこじんまりとしたものだった。

旅館の一室を借りての披露宴は、質素な料理と仲間の歌などで祝われた。旅館の窓の外の桜は、もう、葉桜になろうとしていた。

一番下座には、幸子の母が、申し訳なさそうに座っている。病弱な体を小刻みに震わせながら、顔を上げることもなく涙をぬぐっていた。

昇には、幸子と結婚できた喜びにも増して、親が出来たことも大きな喜びであった。二人は、宴会の合間に母のそばに来ては声をかけ気遣っていた。


「ほら、折角のご馳走だから、食べんね。」


幸子の声に、母は小さく応えた。


「あんた達の祝いに、お母さんはなんにも応援してやれんじゃった。申し訳なくてね。」

「なんば言いよっとね。幸子ばこうして立派に育ててくれたけん、僕は結婚出来きたとやっけん。お父さんがなくなった後、一人で大変でしたよね。ありがとう、お母さん。」


そう言うと、昇は幸子と母の肩を抱きしめた。

家を新築する5年前のことである。


新築祝いが引けた後の居間には、家族三人だけが残り、昇と幸子は、これまでの出来事を振り返っていた。


「お母さんにも、この家で暮らしてもらいたかったよね。あんなに早く亡くなるなんて。」


昇は、しみじみと言った。


「幸子、お母さん達の分も幸せになろうよ。頑張って働いて、高志を大学にやって、一流の会社に勤めさせ、良い嫁をとって落ち着かせれば、最高だよな。」


幸子は、もう眠った高志を抱き、その寝顔を見ながら黙って微笑んでいた。


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