使い捨て家族

五島シカリ

第1話 真昼の火事

町内会長を務める富岡が異変に気づいたのは、昼寝から目覚めたばかりの2時過ぎのことだった。


 「なんだか、焦げ臭くない?」


と妻の智代から確認を求められた富岡だったが、玄関を出たとたん、向いの空き家から吹き出る煙に圧倒された。


 「おーい、前の家が火事だぞー!」


誰に言うでもなく、出せるだけの大声で叫んだ。


 「電話、電話!消防に電話してくれ!」

 「何番?何番に電話すれば良いの?」

 「119番だろうが。俺は、ホースで水をかけるから。」


 そう言うと、家の前の洗車用のホースで水をかけだした。しかし、焼け石に水とはこのこと、煙は益々激しくなり、ついには、炎が屋根を突き破るように立ち上り始めた。

 しばらくすると、町中に火災を知らせるサイレンが鳴り響き、消防車も到着し消防士達が消火活動を始めた。


 「あー、あなた大変、隣りのアパートには、横山のおばあちゃんが!」


 一帯は、新興の住宅街だが、燃えている家やその隣りのアパートはかなり古く、アパートの住人は高齢者が多いのである。横山のばあさんは、数年前までは旦那と二人暮らしであったが、旦那が亡くなったあとは一人暮らしで、今は介助がなくては生活できない状態であった。


 「会長さん、横山のばあさんをなんとかしないと!」


 いつの間にか、地元の消防団員も駆けつけており、富岡の妻の訴えを聞いていたのである。


 「行くぞ!」


消防団員の数人が、消防車からの放水をかいくぐるようにアパートへと向かった。


「おい!鍵がかかっているぞ!」

「ばあさ~ん、鍵を開けてくれ!」


アパートの2階の横山のばあさんの部屋の前で、消防団員が大声で呼びかけている。ドン、ドン、ドン。


「ばあさ~ん、早く、鍵を開けるんだ!」

「だめだ、鍵を破ろう!」


一人の団員が木槌でドアを壊し始めた。ドアガラスの砕ける音、板の割れる音が続き、あっという間にドアをこじ開けた。


「ばあさん!」


横山のばあさんは、頭を抑え、部屋の隅にしゃがんで座り込んでいた。消防団員たちは、三人がかりで抱え上げ、外へ連れ出した。

ばあさんと消防団員の姿を確認した周囲の住民から、自然と拍手が起きていた。


「良かった。良かった。」

「でも、どうして空き家から火が出たんだろうか?」

「空き家から出たのか?」

「いやー、わからんよー」


火災が鎮火されたのは、夕方のことであった。

結局、空き家とその隣りの人家が全焼し、アパートの2階の軒先や窓が燃えてしまっていた。空き家の裏にも以前は家があったが、持ち主が転出し借りる人も無く、昨年解体したばかりであった。その家が、解体されずに残っていたらと思うと、背筋が寒くなる思いに駆られる富岡であった。


「もうすぐ暗くなるから、検証は明日だ。規制線を張って引き上げよう。」


そう言うと、消防も警察も器具を片付け、監視員を残し引き上げてしまった。

4月の五島は、日が暮れるのが早いのである。

辺りには、妙な静けさと焼け焦げた臭いが漂っていた。

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