第13話 結合体
スライムを吐き出した女性は、一通り咳き込んで、今は呼吸を整えている。
勘弁してくれ。スライムって、もっとかわいい感じのやつじゃないのかよ。
傍らに立ち、ララは言った。
「犯人はわかりました。いいニュースと悪いニュースがあります」
安っぽい洋画か。結局どっちも聞くんだから勿体ぶらなくてもいいって。
「あー……じゃあいいニュースから聞こうかな」
「はい。敵はユニオンスライムと思われます」
「ユニオンスライム?」
「ええ。小さなスライムの集合体であり、スキュラ同様、穢気核を持つ魔物ということになります。穢人に寄生しているのは個々のスライムではなくて、ユニオンスライムの身体の一部。本体を叩けば、穢人を個別に浄化せずとも、穢人はみんな元に戻るでしょう」
「強そうだなぁ。全員を浄化してまわらなくていいのは助かるね」
本体を倒した瞬間、町中の人が、おぇっと吐き出すということだろうか。できれば見たくないな。
「よし、じゃあ良いことだけ聞いて終わっておこうかな」
「目を背けても悪いニュースは自然消滅しませんが……」
「では嫌々聞くことにします」
「悪いニュースですが、その戦いにおいて私は全くの役立たずです。ユニオンスライムに有効な攻撃手段を私は一切持ちません。先ほどこの人間が吐き出したスライムを、そのまま大きくしたものとお考え下さい。物理攻撃が無効であり、私は魔法の類が使えません。しかし、主様の光剣は加護を受けた力です。浄化の力と同じく、敵を弱らせることが可能です」
「スライムを、ララの触手で鞭うったって無駄だってことだね。自分一人で戦わないといけないと。別にそれほど悪いニュースでもないね」
「いいえ! このララ、主様のお役に立つために生まれてきたというのに! 何たる無能! 力不足! 今ここで、死んで詫びる他ございません!」
「大げさだな……ここまで運んでくれただけでも十分だよ」
そんな時、ようやく落ち着いたのか、先ほどスライムを吐き出した女性が口を開いた。
その瞳は黒く、普通の人間のものに戻っていた。
「あ、あなた達……」
「ああ、忘れて……ご、ご無事でしたか? 体に異変はございませんか?」
危ない危ない。ララと同じ調子で話しそうになった。必死で聖女モードを取り繕う。
「聖女様? お助けくださったのね? 奇跡……奇跡だわ……」
「いえそんな。大げさです。ご自身のこと、わかりますか?」
「ええ。私はシエナ。広場近くの花屋の一人娘です」
「シエナさん。この街がこんなになった元凶を探しているのです。何か知っていることはありませんか?」
「そんな。ま、まだなのね? まだいるのね。あ、あそこにいるわ。あいつ、あそこにいるの。早くここから連れ出して! ここは危険よ!」
事態が解決したわけではないと知り、シエナは恐怖の形相を浮かべながら、噴水の方を指さした。そしてゆっくりと後ずさる。下手をすればこのまま走り去ってしまいそうだ。
噴水の方を見る。
ちょうど、噴水に異変が起こったところだった。
ずずず、と黒い半透明の液体が持ち上がり、噴水から溢れて這い出してきていた。
「ララ、シエナさんを連れて、一度外へ戻って」
「いえ。そんな時間はありません。主様がユニオンスライムに対処するなら、私は広場中の穢人を邪魔にならないように遠ざけねば。シエナには近場の安全な場所に待機してもらいます」
気が付けば、広場中の穢人たちが活動を開始していた。明らかにこちらを見て、ゆっくりと包囲するように近づいてきている。
「おぉー……確かにその方が有難いかも。でも安全な場所なんてある?」
「先ほど通ってきた場所です」
そう言うと、ララは素早く触手を伸ばして、シエナの腰に巻き付けた。
「きゃあああっ!? 何よこれ!」
練習したみたいに綺麗な悲鳴が広場に響いた。そりゃ驚くよね。でも残念ながらそれだけじゃない。
「少し揺れますよ」
「いやあああああああああっ!?」
シエナの悲鳴は極大だったが、それが一瞬にして上方向へ遠く消え去っていった。ララは近くの高い建物の屋上へと着地すると、シエナをそこへ置いてすぐに戻ってきた。
どうやら自分以外にもたった一人、あのスリルを知る人間がこの世に生み出されてしまったようだ。後で存分にその恐怖体験を語らい合うとしよう。
「さて、お待たせいたしました。露払いはお任せを。気にせず優雅に踊ってくださいませ」
「踊るってまた、変わった表現を。いいけど、人を殺さないようにね。怪我もできるだけさせないで」
「余裕も余裕でございます」
「それじゃ、始めますか……」
ゆっくりと噴水へと歩き始めると、距離が近い穢人から順番に、こちらに襲い掛かってくる。
ララは素早く動き、触手で敵を拘束しては視界の外側へと追い出していった。窓ガラスの割れる音を聞くに、近くの建物の上階に穢人たちを放り込んでいるようだ。
多少の怪我はするだろうが……まあ何度も向かってこられるよりはマシか。さすがの穢人も、飛び降りてはこないだろうし。
ララの仕事に不安はない。自分の方が心配だ。まだ二回目の戦いなのだから。
ユニオンスライムは全身を噴水から出した。その巨体は三階建ての建物にも及ぶほどだ。反対側を透過していて明らかに液体なのに、潰れず形を変えながら這うように動いている。
ユニオンスライムもララではなく、自分を先に倒そうと考えているようだ。
戦いに備えて、光剣を展開する。勝手に頭の上に光の輪も展開される。
光剣を見て、スライムは身体を震わせた。
「……来る!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます