第11話 役立たずなんて言ってない


 ララは街へ降り立った時と同じように、バシュっと屋根から跳躍して、自分たちのいる外壁の上へと戻ってきた。


「このように、私ともう一人くらいであれば、屋根伝いに直接中央広場へ降り立つことが可能です」

「成程。穢人化した人々を傷つけないという意味では、最もいい方法ではあるが……もう一人を運ぶ方法というのは……」

「もちろん、こういたします。失礼」


 ララの手首から素早く触手が伸びて、自分の腰にくるりと巻き付いた。


「おおおおいおい。ちょっと待って。やっぱりそういうこと!?」


 触手はがっちりと腰を支えて、軽々と身体を宙へと持ち上げた。人のことを丸太か何かだと思っているのだろうか。

 足が地から離れると、不安定に身体が揺れて、心臓が浮くような心地がする。


「わかった、わかったから一回下ろそうか! ね!? いい子だから!」

「承知いたしました。いい子なので、素直に降ろすことにいたします」


 ララはゆっくりと触手を下げて、俺を再び重力の庇護の元へと降ろした。


 つまり、ララはこうやって俺を持ち上げたまま、さっきみたいに跳躍して、屋根を渡り歩いて二人だけで中央広場にたどり着けばいいと言っているのだ。


「あくまで、こういった手段もある、というご提案でございます。最後には主様のご命令に従うのみです」


 ララはそう言うと、触手をドレスの裾へと戻して、いつも通りの姿へと戻った。


「メイティア、私としては……最初の案で行くのがいいと思う。落下の危険はあるだろうし、何かあっても我々が中央広場にたどり着くまでに時間がかかってしまう。穢人への多少の被害は免れないだろうが……少しの犠牲はやむを得ないだろう」


 ルースは当初のやり方でいいと思っているようだ。どうやらロイも同じ考えらしい。


「ええ。なんというか……ぶっ飛びすぎています。我々も穢人が少ないルートを選定できるように尽力しますので。聖女様を傷つけたとあれば、我々の隊もどんなそしりを受けるか……」


「ふむ。同胞への被害を最小限に抑える最善の方法があるというのに。ありもしないリスクを恐れて選択しないとは。人間とは不可思議ですね」


 一方、ララは自分のやり方に絶対の自信があるようだ。

 実際、ララは最強の強度を誇る触手を何本も持っているし、さっきのやり方で安全に広場へたどり着けるだろう。


 単純に、絶叫マシンに乗っているより些か不安定な恐怖の時間を、自分が耐えられるか、というだけの話だろう。もちろん、本当にララが失敗して墜落する可能性だってゼロではないが。


「ううーん……」

「メイティア?」


 でもルース達の作戦だと、浄化さえすれば元に戻れる人たちを、傷つけ、場合によっては殺してしまうかもしれない。見つからないように、味方を最低限にするとも言っていたから、失敗すれば護衛の兵士が全滅してしまう恐れもある。


 多くの穢人が殺到するような事態になったら、一番最悪だ。光剣を使えば、穢人を即死させてしまうだろう。穢人たちを怪我させないために、手加減して攻撃できる周りの兵士たちに頼らざるを得ない。


 撤退するときも、ララが先ほどのように連れていけるのはせいぜい二、三人だろう。となると全員で地を這って身を守りながら帰還するしかない。


 そう考えると……こちらの案も決して安全というわけではない。


「決めました。私、ララと二人で行ってきます」

「なっ……メイティア、本気か?」

「はい。それがきっと、一番被害が少なくて済みますから」


 そう、俺がララ・コースターという絶叫マシンさえ我慢すれば、それで済むんだ。ララ・フォールかな。ララ・スプラッシュ……これは字面があまりよろしくないな。


「聖女様、危険すぎます。どうかお考え直しを!」

「大丈夫ですよ、ロイさん。一見派手に見えますが、どちらの案も危険なことには変わりありませんから」

「わ、我々の手腕に不安を覚えているのでしょうか? 我々とて、今に至るまで魔物と戦い生き抜いてきました。信頼を裏切るような真似はいたしません。どうか、聖女様を守る栄誉を任せてはいただけませんでしょうか!?」


 意外にも、聞き分けのよかったロイが食い下がってきた。

 折角覚悟を決めたのに水を差さないでくれる? 心が揺らいじゃうだろ。


 これがルースの立場なら、部下を信じて任せるのが正しい選択かもしれない。しかし自分は軍の命令系統に組み込まれていない、教会の人間としてここにいる。


 ララの真似ではないが、最善の方法があるのに、無駄に犠牲を出すような手段を取るべきじゃない。何とかこのバカ真面目な青年のとても有難い申し出を、断腸の思いで断わらないと。


 真っ直ぐな視線に心が痛むが仕方ない。ロイが悪い奴じゃないことはわかっている、それならその正直さに報いるためにも、こっちも真っ直ぐ行くしかない。


「ロイさん、有難い申し出ですが……私はもう誰にも傷ついて欲しくないのです」


 できるだけ痛ましい表情を浮かべて心にもないことを言う。いや、心にも無いってことはないぞ。


「我々の腕は確かです! 傷つくことを恐れる臆病者は一人もおりません。きっと失望させません。約束します」

「ロイさんたちの腕は信じています。しかし、穢人となった方を、怪我させずにいることは難しいはずです。本気で向かってくる相手を全く傷つけ無いというのは、大変でしょう?」


 彼らは五人がかりで、出来るだけ傷つけずに穢人を抑え込めるかもしれない。しかしララなら一人で、かつ一瞬でやってのけるだろう。だってララにはそれだけの「腕がある」からね。


「それは……そうですが。狂暴化した穢人への対処も、仕事の一つで……慣れています」


 ロイの歯切れが悪くなってきた。どうやらもう一押しだ。押せ押せ!


「人々を守るために戦うはずのロイさんたちが、被害にあった民間人と戦わなきゃいけないなんて、ひどい話です。私はそんなところを見たくはありません。この街に詳しい人を選定するというなら、なおさらです」

「皆……覚悟はできております。聖女様の為であれば、命など惜しくありません」

「そういう覚悟は、親しい人、弱い人のために使ってください。私は……これでも強いですから」


 駄目押しに、光剣を呼び出して見せた。背中に八つの羽根、頭の上に光輪。


 ぱっと辺りが明るくなる。派手だし、さすがに威嚇として効いただろう。


 これあれだな。


 ひょっとして……


 夜トイレ行く時とか使えるんじゃないか?


「天……使……? 光剣なんですか? そんなに多くの……?」


 ごめんなロイ君、一瞬でもトイレの事とか考えてて。

 それにしても、ちょっと前にルースが全く同じ表情で、全く同じこと言っていたな。


「そこまでだ、ロイ。メイティアも、あまり力をひけらかすものではないよ。皆が怯えてしまう」


 怒られてしまった。ロイの聞き分けが悪いからでしょ。だいたい、歴戦の兵士なら聖女の光剣なんて見慣れているだろうに。

 しかしロイは魂が抜けたように呆然とこっちを見ているし、周りの兵士なんて怯え切っている。一人は跪いて、手を合わせて祈りを始めた。

 下手すりゃ光剣を見せるだけでお布施を貰えそうだ。教会を追い出されたらそれで生きて行こう。


「決まりだな。中の状況を掴むために、外壁の上に一定間隔で兵を配置しろ。各門の前にはいつでも救出に向かえるよう、少人数の隊を五組ずつ待機だ。それと、ロイ」

「はっ! は?」

「メイティアに惚れるなよ。彼女には先約がある。出世したら、いつか君に似合う聖女を紹介しよう」

「はっ! はっ? い、いえ、じ、自分はそのような!」


 ……は? 先約? まさかルース、自分のことじゃあるまいな? 全く心当たりが無い。


 そしてルースの余計な一言のせいで、あんなにこっちを真っ直ぐ見て喋ってくれていたロイは、顔を真っ赤にして慌てて、しばらく自分と目を合わせてくれなくなってしまったのだった。

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