第8話 変わる心
結局は聖女教会と王家の結論を伺う必要があるということで、俺たちは王都へと戻った。
何があっても、ララに王都を破壊させない。それだけはフィーナとルースに約束した。今約束できるのはそれくらいだからね。
王都に着くとすぐに、俺とララはそれなりに広い個室を用意されて、そこに幽閉された。
ララは自分の言うことしか聞かないから、二人を離して置いておくとかえって危険だし、罪を犯したわけでもないのでまだ牢屋に突っ込むわけにもいかないようだ。まだ、ね。
対外的には、聖女メイティアは最初の浄化をやり遂げ、無事王都に凱旋した。何も知らない王都の人々は、送り出した時よりも熱烈に歓迎してくれた。
そして実際には、聖女メイティアはかつての強敵スキュラを討伐した。さらにごく一部の者は、スキュラは改心させられてメイティアと共に王都に戻ってきたことを知っている、というわけだ。
現状は腫れ物扱い。今後のことは考えるほどに憂鬱だ。処刑とか実験サンプルとか物騒なこと言ってたし。どんな世界観だ。
「物憂げな表情も素敵です、主様」
「おわっ!? いつからそこに!」
何もない部屋で、机に肘をついて物思いに耽っていると、ララは音もなく近づいて耳元で囁いた。
嫌がることはない。女の子との、初めての憧れの同棲生活だろ?
なぜか自分も女で、相手はロボットみたいに感情表現が下手な高位生命体だけど。
おかしい。想像していた初めてと違う。
「ずーっとです」
「えー……どうしたの? そんな近づいてきて」
「王都に来てから同室で、既に二晩を越しましたが……未だにおあずけを食らっております。私としてもそろそろ理性の限界。今宵は自分を抑えられないことでしょう……」
ララは頬を紅潮させ、もじもじしている。スカートの裾はうねうねと動き、表情よりも豊かに感情を表現している。
この子は本当にスキュラなのだろうか。サキュバスとかそういう魔物がこの世界にもいるかはわからないが、ララはそれなんじゃないか。
「えーっと、別世界の男の記憶があるとは説明したけど、この身体は女性だよ? きっとララの望んでいることはできないと思うな」
「問題ありません。私には突っ込む器官が人間のオス以上に沢山あります」
ララはスカートの触手の内一本をぬるりと動かして持ち上げ、指先で撫でた。
そして顔に向かって近づけて来たので、俺は精一杯のけ反ってそれを避けた。
「そっち!? 嫌だよそんなの……痛そうだし?」
言ってて恥ずかしくなってきた。想像した時点で負けだろ。
「何をおっしゃいますやら。これは私の身体の一部。硬さも熱さも思いのまま。人間なんかより高次元な、天国へ導いてみせます」
「そんな天国知りたくない。俺はまだ現世に居たいんだ……」
想像したら負け、想像したら負けだ。
だというのに、ララに対して可愛くて愛おしいという感情は、自分の中で否定できないままずっと居座っている。
自分を慕う可愛い後輩が出来て、自分が守ってあげなければ、いじめられてしまう。そんな感覚がある。私が守らなきゃ。私しかあの子にはいないんだ。私の愛しい……
「主様、その慈しむような視線……やはり今宵は……」
「いや、やっぱりおかしい……!」
気づけば無意識に、ララの頬へ、手を差し伸べていた。そのせいでララはうっとりとした瞳をこちらに向けていたのだ。
はっとして、その手を勢いよく引っ込める。頭を振って、妙な考えを振り払い、自分を取り戻す。ここ二日間、ずっとそんなことを繰り返している。
「ララとは会ったばかりなのに、そんな感情になるのはおかしい。絶対おかしい」
「新たな感情に戸惑っているのですね。何とおいたわしい。では……あくまで参考までに、私の感情を整理して、お伝えして差し上げるのはいかがでしょうか?」
「どういうこと?」
「私が感じるのは、幼児が母を慕うような絶対的な信頼感。熱い一夜を過ごしたばかりの恋人への、陶酔。主様も”洗礼”を通じて、似たような感情を抱くようになったのでは?」
ララの逆を言えば、母が子を愛するような慈愛の心と……後者は一緒の、恋人への陶酔、だろうか。
正直言って、今の自分の心情を言い表すのにぴったりの言葉だった。
「たった一度、”洗礼”って権能を使っただけでそんな風になっちゃうのか。なんか危ない能力だな」
「何が危ないことがありましょうか。人間同士の不完全なコミュニケーションと異なる、より発達した感情伝達の方法といえましょう。一度きりですが」
……ララにも同じ感情があると理解できて、裏切られることも無いと確信している。確かに深く通じ合っている。疑心暗鬼にならない反面、ララと自分の境界が曖昧になりそうな危うさも感じる。
「不安は払拭できましたか? 天国を迎えるには、心理的な障壁を取り除いておくことも肝要ですから。これで今夜は忘れられない一晩になりそうですね」
「なりません! 触手を蠢かせるな! そ、それ以上近づくんじゃない!」
にじり寄るララから、後ずさって距離を取る。貞操を守るためだ。最悪の場合、光剣を呼び出さなくてはならない!
しかしそんな自分を救うかのように、ちょうど扉をノックする音がして、一人のシスターが入室してきた。
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