第7話 ララ
屋根が吹き飛ばされた村の役場に、机や椅子を集めてきて、俺たちはそれを囲んで会議を始めた。
「じゃあ、ララ・スキュラ。改めて自分のことを説明してくれないか?」
比較的中立な立場のルースが言った。
沈黙。誰も何も言わない。ララさん? 聞かれてますけど……
「どうしたのですか、主様。そんなに見つめて、私を誘惑しているのですか? 私はいつでも準備万端です。ドレスも身体の一部。そういう意味で私は常に全裸といえます」
「ぜっ……落ち着いてください、ララさん。質問をされているので答えてくれないかなと」
「無論聞こえていましたが、あの男の要望に答えるいわれはありませんので。しかし主様が命じるのであれば、喜んでお答えいたしましょう」
「そうしてくれると助かるなぁ」
ルースはそんなララの言動にいちいち腹を立てないが、さすがに苦笑いしている。
「では……私はララ・スキュラ。主様から”洗礼”を受けたことによって生まれた、高位生命体です。主様、つまり聖女メイティア様と、魔物であるスキュラの情報から生み出されました。記憶は大半がスキュラの頃、一部を主様に依存しますが、美しい見た目とあらゆる人類を上回る能力は大半が主様譲りのものです。もちろん、主様の御威光には遠く及びませんが」
胸を張ってそう言うララは、無表情なのに何故かドヤ顔を感じさせる。
「なるほど。スキュラの能力も受け継ぎつつ、外見はメイティアに近いものになっているのか」
「記憶がスキュラのものなら、やはりこの子はスキュラということではないの?」
では、同じ記憶をあらゆる人間が持てば、それらは同一の生命体といえようか?
……などとややこしい問答をするつもりはないが、やはりフィーナはどうしてもララが気に入らないらしい。
仲間を殺されたのだ。そうそう簡単に許せるはずもない。
片や部下を今しがた何十人も失ったルースは、意外なほど冷静だな。こっちの方が異常なんじゃないか。まあ軍の人間だからと言われれば納得できるか。
「まず率直に聞きたい。君は人類の敵なのか? 味方なのか?」
「……」
「ララ、この場で聞かれることは、私も聞きたいことだから。素直に答えてあげて……」
毎回許可を出していたのではたまったものじゃない。そもそも自分はララの上に立つ人間だと納得しているわけでもないのだ。
「承知いたしました。以前にもお伝えした通り、私は主様が味方する者の味方です。主様が人類の味方である限りは味方であり、敵にまわれば敵対いたしましょう。答えとしては、敵にも味方にもなり得る、ということになります」
「では先ほど、フィーナと戦ったことに関しては? それをメイティアが望んでいたようには思えないが……」
「主様の命令に反しない限りにおいて、私は自己を存続させる行動を取ります。そういった反応は生命体として当然と言え、そこはスキュラの頃と同様です」
「これは驚いた。かつての公会議で、魔物は生物ではなく悪魔の使いと解釈されたが、どうやら魔物本人の口から否定されてしまったようだね」
なんだか難しい話をしているルースは、どこか楽しそうにさえ映る。
「魔物も生存のための行動を取っているにすぎません。行動パターンを観察すれば他の生物との類似性が見られるはずです。そんなこともわからないとはやはり人類は愚かですね」
口元を押さえて嘲笑したふりをする割に、ララは少しも笑っていなかった。
「”洗礼”……と言ったわね。メイティアが召喚された時に、権能の一つとして預言官が告げていたけど、今までの聖女には見られなかった権能よ。”祝福”の代わりに機能するものなのかしら?」
少し冷静になったのか、フィーナも会議に参加する気になったようだ。
「私も主様の権能に関しては多くを存じ上げませんので、これは推測にすぎませんが……おそらく、”祝福”に抵抗があった為、偶然代わりに”洗礼”が使用されたものと存じます。私が洗礼という言葉を用いたのは、『洗礼を受けた』と感じた、以上の説明ができるものではありません」
フィーナがララの返答を聞いて、そうだったのか確かめるように、こちらを見ている。
祝福に抵抗があった、か。確かにあの時、穢気核にキスしろと突然言われて、嫌がっていた。
「ララの言う通りかも。”洗礼”を使おうなんて思って無いけど、”祝福”するときの私は……結構嫌がっていました」
「……最初は抵抗があるものよね。可笑しいとは思わないわ」
「いいだろう。つまりララはメイティアの権能によって生み出された、メイティアのことなら何でも言うことを聞く、とんでもなく強い、聖女と魔物のハーフ。ここまではいいかな?」
簡潔にまとめたルースだったが、ララはすっと片手を上げて、一言付け加えた。
「正確には、主様を母とするのは語弊がございます。私はスキュラそのものでもあるのですから、畏れ多くも主様とまぐわった存在とも言うことができるのです。つまり恋人であり母でもあり仕えるべき上位存在でもあり」
「ごめん、ララ、その件はそろそろ大丈夫……」
あのスキュラとまぐわったとは考えたくない。せいぜいララとキスしたくらいのものだ。あら不思議、キスしたら子供が生まれましたってなんだそりゃ。性教育の敗北だよ。
「ララとメイティアの関係はさておき、何が起きたかはようやく整理できた。問題はこれからどうするかだが……」
「素直に報告を上げる他ありませんわ。聖女教会と王家で話し合いが行われて……ララの扱いが決まるでしょう」
「しかしララはメイティアの言うことしか聞かない。ララに言うことを無理やり聞かせるような力は、我がアライアン王国には無い。そこが問題だ」
「それはそうですが……私たちは判断を仰いで、教会本部の決定に従う他ありませんわ。メイティアも聖女なのだから」
「メイティア、君は……聖女教会の命令に従って、ララに命令を下せるのか? それによって、私たちの対応は変わってくる。もちろん、私たちが君の言葉を信じるという前提の話だが。ララを王都に連れて帰るのは、大きな危険が伴う。彼女は聖女の光剣に切られずに戦うことができるのだからね」
「私は……」
ララの命運は自分が握っているらしい。そして聖女は聖女教会の命令に従うものだという。
それはそうか。有無を言わせずとはいえ、自分が所属している組織の命令なのだから。
「聖女教会はララをどう扱うと思いますか?」
「それは、その……前例のないことだから……」
フィーナは口ごもったが、ルースはそれを遮ってはっきりと断言した。
「メイティアにララの処刑を命じるか、もしくは魔物研究機関での実験サンプルにされるのがいいところだろう。個人的には後者の可能性が高いと思う。少なくとも人間扱いも生物扱いもしてはもらえないだろうね」
「……処刑? 私自身がララを?」
驚いてララの方を見たが、ララは相変わらず無表情だった。
「主様の命とあらば、今この場で自刃いたしましょう」
ララは自分の命令次第で、いつでも死んで見せると躊躇いなく言った。
「そんなこと許さない!」
気づけば自分は机を両手で叩いて、立ち上がっていた。一拍おいて、なぜ自分がそんなに感情的になったのか理解できなかった。
あの時と同じだ。ララとフィーナが戦うのを止めた時と同じように、ララが傷つくことを自分は本能的に恐れているようだった。冷静に考えれば異常な執着だが、確かにそういう風に感じている自分がいる。
たった一回”洗礼”とやらを授けただけで、自分という人間は何かに変えられてしまったのだろうか。
「嗚呼、主様! 私をそんなに思って下さるなんて! なんという幸せ……今ララの身体は、悦びに打ち震えております!」
ララは恍惚として身体を震わせながらそう言った。
……公衆の面前で打ち震えるな。やはりこの淫獣、この場で処刑しておいたほうがいいかもしれない。
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