第4話 お兄ちゃんの横顔 前編

「……え」


 受付嬢は、口をポカンと開けていた。


「今、なんと……?」

「だから、依頼を受けたいって言ったんだよ」

「ええええっ⁉︎」

「声がデカい」

「やったあ! ついにリョウト様が依頼を引き受けて下さったあ! わーい、わーい!」

「聞いてないな……」

 

 いつものクールビューティーさはどこへやら、私達を含むフロアにいる全員から奇異の目を向けられてることを気にも留めず、欲しいおもちゃを買ってもらえた子ども以上の大はしゃぎっぷりだ。


 そんな彼女の姿を見ながら、私は、昨晩のお兄ちゃんとの会話を思い返す。


  ***


「そこまで言うなら、試してみるか?」

「え?」

「冒険者としての、おまえを」


「冒険者としての…………私…………?」


 お兄ちゃんは、うなずく。


「明日、おまえに冒険者組合からの依頼をこなしてもらう」

「え⁉」

「なんだ」

「い、いや、だって。今まで、お兄ちゃんが依頼を受けたことなんてなかったし。しかも、依頼を受けるのは私って…………」


 お兄ちゃんの意図が読めない。

 これまで、実質一度も魔獣に向かって拳を振るわせてくれなかったのに、今になってこんなこと言い出すなんて。


 それに、たしかに私は、お兄ちゃんみたいな冒険者になるのが夢だけど、だからって、いきなり実戦なんて。


 そう思って、首をなかなか縦に振れないでいると。


「怖気付いたのか?」


 お兄ちゃんの目が、キッと細まった。


「っ⁉︎」


 相手を射抜くような、強い視線。

 目が…………逸らせない。

 体の震えが…………止まらない。


 (いつもの…………っ、お兄ちゃんだ…………!)


 ツウっと頬をつたる冷や汗。

 私は、ゴクリと深く唾を飲み込んでから、どうにか声を絞り出した。


「…………やるよ」


  *** 


 で、今ここってわけ。


 それにしても、目の前にいるのは本当に、昨日お兄ちゃんから依頼を断られてた人と同一人物なんだろうか。


「わーい、わーい!」

「「…………」」


 これじゃ、せっかくの美人が台無しだ。


 まあ、ただ、お兄ちゃんが依頼を引き受けるなんて、2年間一緒にいる私の知る限りでも初めてのことだし、リアクションがオーバーになっちゃうのもムリはないのかもしれない。


 そんなことを考えていると、受付嬢が、はっと思い出したような顔を浮かべた。


「…………。しかし、リョウト様…………」

「ああ」


 受付嬢からのアイコンタクトに、お兄ちゃんは、コクリとうなずく。


 マンドラゴラ2世の一件については、既に冒険者組合に報告済み。

 ただ、お兄ちゃんの負傷については、組合上層部と、私達を担当してくれている、この受付嬢以外には、しばらくの間知らされないことになった。

 

 これは、お兄ちゃんからの要望によるものらしい。


 このアイコンタクトには、そういう背景があった。


(心配してくれてるんだろうな)


 この二人、側から見ればギクシャクしてるようにしか映らないけど、実は案外強い信頼で結ばれてるのかもしれない。


「だから今回、実際にこなすのはコイツだ」


 お兄ちゃんは、そう言って、私のことを顎で指し示す。


「おおっ、フィア様が! きゃっはーっ、キター! 期待の新星キター!」


 いや、なんで⁉

 キャラの切り替わり速すぎでしょ。


「それで、上がってる依頼————」

「これで私の株が上がるうううっ! ボーナスうううっ!」

「…………見せてもらうぞ」


 対話を諦めたお兄ちゃんは、受付嬢の手元に置かれた資料を拝借して、パラパラとページをめくった。

 そして、あるページに目を留める。


  ***


 結局。

 受付嬢は、ほぼ終始、異様なまでのハイテンションを保ったままではあったものの、依頼の受注に関する手続きについては、ぬかりなく済ませてくれた。

 今回彼女の意外過ぎる一面を見ることになったけど、仕事に関しては、やっぱり優秀なんだなって思った。


「改めて言うが、今回は、おまえ一人でダンジョンをクリアしてもらう」


 今回やってきたのは、アカメ洞窟。

 フェルタ市にあるダンジョンだ。魔鉱石をはじめとする貴重な鉱石が産出されることで知られているらしい。


「マップは事前に見せたな? このダンジョンは地下10階層まである。最下層の最深部にいる魔獣——いわゆる、主とかいうヤツだが——こいつを倒すことができれば、クリアと見なす」

「うん」

「時間制限は、特に設けない。常識的な範囲内なら許容する」

「わかった」


 まあ、お兄ちゃんの言う常識って、世間で言うところの非常識にあたるんだけどね…………。


「魔力の回復、飲食、休憩は適宜行って構わない。だが、寝るなよ」

「わ、わかった…………」

「それと。魔力の回復以外の目的でのアイテム使用は認めない」

「…………ダンジョンの中で拾ったものでも?」

「認めない」

「わかった」


 思ってた以上に細かいルール。

 私は、メモをとりながら聞く。


「質問はあるか?」

「あ、あのさ…………」

「なんだ?」

「ここをクリアできれば、私が冒険者を続けるの認めてくれる?」

「…………」

「…………」

「…………ふんっ」

「へ⁉︎ あっ、ちょっ、お兄ちゃん!」


 何も答えないまま入り口に向かっていくお兄ちゃんを、私は慌てて追いかけていった。


  ***


「はあっ! てやっ!」


 私は、お兄ちゃんとの模擬戦で学んだことを思い出しながら、次々と飛び出してくる魔獣達を倒していく。

 

 ダンジョンっていうのは一般的に、下層に行けば行くほど敵が強くなっていくけど、それは今回も同じ。

 地下1階層に出てきたのは、スライムとかゴブリンとかみたいな、いわば初級冒険者向けの雑魚敵みたいなヤツばかりだったけど、下に進んでいくにつれて中級の魔獣の割合が増えていった。

 それでも、お兄ちゃんからの特訓で鍛えられてきた私にとっては、特に苦戦するようなものでもなかった。


「…………」


 ふとチラッと、後ろからついてきてるお兄ちゃんに目をやる。


 無表情なのは、いつものこと。


 ただ違うとすれば、今日はいつもに増して、お兄ちゃんの気持ちを読み取れないということ。

 何を考えてるのか、私のこの進捗具合とか戦いぶりをどう見てるのか、全くわからない。


「あっ、あの…………」

「なんだ」

「そろそろ…………一旦休憩しようかなって思うんだけど…………」

「適宜行えって言っただろ。いちいち俺に聞くな」

「ごっ、ごめん…………」


 やっぱり、いつものお兄ちゃんとは違う。

 

 求めてくることは厳しい内容だけど、基本的に優しい口調と姿勢で教えてくれる。それが、いつものお兄ちゃんだった。

 それなのに今日は、なんか人が変わったみたいだ。


 冒険者としての私の力を試す場だから、というのはあるんだろうけど、それでも…………。


(お兄ちゃん…………)


 胸が…………痛いよ…………。も…………)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次回、「お兄ちゃんの横顔 後編」

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