ケモノの探偵屋〜雪山の怪事件〜

わんころ餅

第1話 雪山事件、その前に!

「なんで……!なんでこうなるんだよー!」


 短髪の男性は何かから逃げるように必死に、転びながらも膝まで積もっている雪山の中を走っていく。


「くそ……叔父さんもお客さんも全部……全部……アイツのせいだ……!」


 そう呟きながら走りやっとの思いで麓まで辿り着き、小高いの上から景色を眺める。

 とりあえず追手はまだ来ていないと確信し、徒歩で中央区まで歩いて帰ることにした。


 §


 男は命からがら中央区まで到着し、自治部隊のところまで行く。

 息を切らしながらやってきたものだから受付の女性は慌てた様子で上官を呼ぶ。


「一体なんなんだ!?」


 上官は突然呼ばれてイライラした様子で男の元へ歩く。


「さ、殺人事件が起きたんです……!オレも追いかけられてやっとここまで来たんです……!」


「なにっ!どこで事件があったんだ!?」


「雪原地帯の山小屋です!そこで吹雪に遭って避難した六人が一人の殺人鬼にオレ以外殺されたんです!お願いしますっ!アイツから守ってください……!」


 女性と上官は顔を合わせて首を傾げる。

 何かを相談したかと思うと、不機嫌な顔をした上官がシッシッと手を振る。


「そんな話を信じられるわけがないだろう?そもそも、貴様が犯人ではないとどうやって証明する?お前がソイツらを殺した可能性だってあるだろう。夢は寝て見るんだな。さあ、帰った帰った。暇じゃないんだよ、復興が忙しいんだから……。」


「申し訳ございません。この国復興で人員が足りないのです。お引き取り願います。」


「ウソだろ……。国民を守るのがお前の仕事じゃないのかよっ!!」


 男は自治部隊の受付にあったゴミ箱を蹴り飛ばして出ていった。



「なんなんだよ……。オレを守るのが仕事じゃないのかよ……!復興なんてボランティアにやらせればいいじゃねぇか!……とりあえず掲示板に殺人事件の張り紙でもしておこう……。」


 男はデザインなんて殆どしたことが無く、ただの文字の羅列を紙に書き、掲示板に貼った。

 そして、空腹であることに気がつきカフェに入った。


「いらっしゃい。空いている席にどうぞ。」


 促されるようにカウンターの席に座る。

 メニュー表を見ていると店主は水を渡す。

 このご時世、水ですら非常に高価なものの筈だが何も言わずに出され、警戒する。


「どうぞ、お飲みください。」


「の、飲んだら物取るんじゃねえのか?」


「取りませんよ。ある方に浄水器を作ってもらったので海水から水を取得できるようになったんで、提供しているんですよ。それで……何を注文しますか?」


「い、今決めているんだよっ!」


 男は店主に悪態をつきながら水を飲み干す。

 そして、メニュー表を見せながら指を指す。

 店主はニコリと笑い、頷くと料理を作り始めた。

 この国が島であることを利用して魚料理がメインとなった。

 崩壊前は牛、豚、鶏の三種がメインであったが崩壊の時に全てが死んでしまい、この島から絶滅してしまったのだ。

 野菜も過酷な環境であった為出来なかったのだが、崩壊後から白い靄が島を包むようになり野菜の栽培ができるようになった。

 タネはどこから入手したかと言うと、実験施設跡地に大量に保管されていたようで、ここから科学栽培されていたのが今までの作り方だったようだ。

 普通に栽培できるようになり、物価は落ち着いたように思えるのだが、この国にはまだ貨幣が存在しない。

 それはほとんどの国民が電子マネーを使用していたからだ。

 そのため現金を持っている人が非常に少なく、価値など殆ど無くなった。

 現在は物々交換で物と物、或いは労働力で支払うシステムになっている。

 男は物なんて持っていないから労働力で支払う事になるのだが、逃げる気満々だった。

 青魚と白身魚の刺身上のものをお酢のような酸味を持ったソースがかけられたサラダのようなものが出た。


「これはカルパッチョと言うものらしいです。この国を救ってくれた方が教えてくれました。」


「へ、へえ……い、いただきます!」


 勢いよく食べる男の姿を見て店主は微笑んでいた。

 そして気にしていることを聞いてきた。


「貴方は何かお困りなのではないですか?」


「なんでそんなことわかるんだよ……。」


「なんとなくです。あの奥の席にいらっしゃる方々に声をかけてみてください。彼らは探偵をやっていますのでお力になれるのではないかと思います。」


「探偵かよ……胡散臭え。」


 男が全然信じていない態度でいると奥から声が聞こえる。


「なあ、この雪山の殺人事件はさ……ほんとに行かないとダメ……?」


「ダメです!寒くても行くの!助けてほしい方がいるなら助けないと!」


「でもこんなデザインもクソもない紙切れだよ?信憑性がなぁ……。」


「悪かったな、こんなクソみたいなデザインの張り紙でっ!」


「かかったね。」


「ちょろいです。」


「え……。」


 自分の書いて掲示板に貼り付けた依頼書を酷評されて反論しにいったのだが、探偵と呼ばれる二人は演技でワザと酷評していた。

 上手である探偵に完璧に嵌められた男であった。

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