武の神と半神の子
凜
神様、子育てします
第1話 見知らぬ卵
散歩に飽きて百年程経った頃、
「はて、なんだろうか」
この辺りに百五十年住んでいるが、このようなものが落ちていたことはない。
片手で持てるが片手には収まらない大きさ。何か分からないが、分からないからこそ面白い。李九天は持ち帰ることにした。
山の頂上にある家に入り、卵を布団の中に入れてみた。その横にごろりと寝転がる。腰より先に伸びた髪の毛がややうっとおしい。
このまま温めていれば孵るのだろうか。何が出てくるだろう。人でないことは確かなので、動物かはたまた魔物の類か。
「全然動かないな」
卵を孵らせた経験が無いので、何日かかるのかも想像がつかない。一日か一週間か。
「まあ、一年もすれば孵るだろう」
仙人からすれば、一年など瞬きくらいのものだ。
試しに一週間程ここを動かず見守ることにした。
一日、二日と寝て過ごす。五日目の朝、卵に変化が起きた。
コロ。
ほんの少しだけ動いたのだ。四日間微動だにしなかった李九天が、むくりと起き上がりそれを観察する。
「ほれ、卵。また動いてみなさい」
コロコロ。
「おお……」
言葉に呼応したかのような動きを見て、喜びの声を上げる。卵をぎゅうと抱きしめ、己の霊力を微弱に送ってみた。
すると、卵から今度はコンコン叩く音が聞こえた。中から赤子が叩いているのだ。李九天が卵を撫でる。
「よしよし、いいこだ。ゆっくりでいいから出ておいで」
一時間、二時間と撫で続ける。陽が落ちた頃、卵に小さな亀裂が入った。それが段々広がり、やがてぽろりと殻の一部が剥がれて落ちた。
「キュゥ」
隙間から見える真ん丸の大きいな瞳と目が合う。深い海の色だ。李九天が殻に触ると、ぽろぽろ落ちていき、そこから中にいる赤ん坊が顔を出した。
「キュウ!」
「おお、なんと愛らしい赤子だ」
殻が完全に割れて全身が見える。人間の姿に、こじんまりとしたツノと羽が生えた生き物だった。李九天が顎に手を当て首を傾げる。
「ううん……もしやこれは……」
李九天は赤ん坊をタオルでくるみ、外に出た。そして体を宙に浮かせ、そのまま空へと大きく舞い上がった。
「私だけでは分からぬ。ちょっと知恵を貸してもらおう」
「キュウウ」
雲を越え、さらに高く昇る。雲が薄くなってきたところに、他とは違う、光る雲があった。
そこに足を乗せ、ようやく空の旅が終わった。李九天は見知った顔でずんずん歩いていく。
雲の上でぽつんと存在する扉を開けると、そこは本の山で覆われていた。
「
山がもぞもぞと動き、一人の女性が顔を出した。
「はいここに。お久しぶりですね、李九天」
「相変わらず本が好きなのだな」
「ええ、本の匂いだけで一年何も食べなくても平気です」
人間から視えない雲の上に存在する天界に住む彼女は自他ともに認める本の虫で、人間界に下りることは百年に一度も無い。一方、李九天はというと、人間界が好きで仙人に化けて人間としての生活を堪能している。
「その辺りに椅子があるのでお座りになって」
「うん」
指先を椅子と机に向け、風を飛ばす。埃がぽわんと舞い上がった。この様子だと一年は誰も座っていなさそうだ。
「今日いらしたのは、その子についてですか?」
「そうなんだ。今朝卵から孵ったのだが、どうにも天界の者の親族ではないかと思って。知の神の貴方なら何か分かるだろうと連れてきた」
「なるほど……」
沈美響が二人に近付き、赤ん坊の姿を観察して回った。いくつかの本を取り、ぱらぱらと捲る。ある一ページでその手が止まった。
「そうですね。翼は
本を見せられ、李九天が覗き込み頷いた。そこには迫力のある白銀の龍が描かれている。
「龍神か」
「はい」
「ふむ。確かに、龍神ならばツノが生えている。が──」
李九天が赤ん坊を優しく撫でた。
「彼女はここ数百年行方知れずなのでは」
「そうです。ですから、憶測の域は出ません。ただ、人間界で生活しているのならば、どこかで産み落としたという可能性はあります」
「もしそうなら、この子は大切に育てねばならない。彼女が戻ってきた時に元気な状態で返してやらねば」
「キュウ」
赤ん坊が両手を広げ、李九天に抱き着いた。沈美響が笑みを漏らす。
「あら、すでに懐かれていますね。これなら子育ても上手くいきそうですよ」
李九天が赤ん坊と目を合わせる。
「赤子、子育ての経験が無い未熟な私だが、それでもいいか?」
「キュウウ~」
「そうかそうか。そこまで言うなら頑張ろう」
こうして、神によるはじめての子育てが始まった。
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