第20話 決断

「はるさん、やっぱりおかしいですよ。会社に真島英司という人物の在籍記録が残ってないんですよ」


「そんなわけないでしょ。いたよ、真島さん」


「どんな顔してますか?特徴とか」


「うーん、背が高い。顔は薄め。ほんとは濃い方が好きなんだけどねぇ。全然タイプじゃないんだよなぁ、真島さん」


「……会う気、あります?」


「だからもういいかな、って前に言ったでしょ?わざと行方くらましてんだとしたら、尚更」


「彼は離婚もしてなくて、子供はまだ小さいんです。行方、くらまさないでしょう」


「でも奥さん、ヤク中ホストとキメセク中だしキツくない?」


「ですから、その奥様の夫は別人でした」


「でも缶ビールおじさんに奥さんの写真見せたら夫だって認めたじゃん。これさ、多分二人で話しててもらちあかないよ。一旦、朝比奈教授のとこ行ってみようよ」


薬も切れそうだったからちょうど良かった。

朝比奈教授に会って何か収穫あればいいけど、結局私にしか分からないことの方が多い気もする。





「━━という感じで、真島さんという存在にたどり着けなくて」


おおかたのことは渡瀬が説明してくれた。


「妙だね。東堂くんは確かに『彼と関係を持ってから陽ちゃんがおかしくなった』と言ってたんだけどねぇ。陽ちゃんは真島さんに会って何か話したいことでもあるのかな?」


「いえ、特には。でも東堂さんをどうこうするって決める前に一度会っておきたいなぁと、一瞬思っただけで。最近は渡瀬もいるしもう大丈夫かなぁって。東堂さんのこと解放してあげても、何とかなるかなぁって思ってます」


「渡瀬くん、かなり頼られてるね」


朝比奈教授かにこにこしながら渡瀬を見たけど、渡瀬はまだ難しい顔をしてた。


「連絡先から真島さんを辿りましょうか」


渡瀬は諦めてないようだった。

もういいよ?

連絡しても返ってこないっていうのはさ、向こうは会いたくないわけじゃん。

録音のことだって私を疑ったままかもしれないし、奥さんのラブホ写真のことで余計に家庭内がゴチャゴチャしてるのかもしれないし。

私はそれだけで十分ざまぁみろって今は思えるし、欲を言うならもっと険悪になって真島さんが男として機能しなくなった頃に離婚でもしてくれたらいいよ。

だから、もういいよ。


「ごめん渡瀬。連絡先消しちゃった」


「何してるんですか、今までは会いたかったんでしょう?」


「誰かさんに抱かれるまではねぇ。真島さんが会社やめてから一切連絡取れないし。残してても仕方ないでしょ。……それに正直、もう傷付くの怖いんだよ」


「ちょっといいかな」


朝比奈教授が割って入るように話し始めた。


「その真島さんと面識があるのは今のところ陽ちゃんだけってことだね?」


やっぱりか。

さすが朝比奈教授、勘が良いですね。

渡瀬、あんたがそんな深刻そうに話すからだよ。


「真島さんって、本当に存在したと思うかい?」


ほら、きた。

渡瀬は案の定、朝比奈教授の話に食いついた。


「それはつまり、はるさんの副人格がもう一人いたということですか?!」


「その可能性は考えられるね。陽ちゃんはどう思う?」


「……そう、なんですかね」


もうさ、傷付くの、しんどいんだよ。


「……陽ちゃん、渡瀬くんと話してもいいかい?」


「あぁ、はい」


私は部屋を出て、今まで真島さんに言われた嫌なこととか、嫌な態度とか、あんまりないけどされて嬉しかったこととか、初めて抱かれた時のこととか、色々思い出してた。

すごく寂しいけど、意外と前より少しマシな気がする。

真島さん以外の人にはもう抱かれたくない、上書きされたくないってあんなに思ってたのにな。

東堂さんと会えなくなった途端、簡単に渡瀬に抱かれて。

それがあまりにも私の心を包み込んでくれるもんだから、全然後悔なんてしてなくて。

真島さんに軽い女だと言われても仕方ないのかな。





「副人格が主人格を攻撃することはあるんですか?」


「あるよ。そもそも交代人格は本人の防衛規制なんだけどね、本来は自分を守る為に出てくるんだけど。人格同士が喧嘩しあったり、特定の人格が一方的に攻撃するパターンもあってね。そこから自傷行為だったりに走るケースもあるし、最悪の場合は自殺も有り得る。今の私の見方では、実は陽ちゃんの中には東堂くんと真島さんがいたんじゃないのかな?ちょっと情報が少なすぎて、本当に推測なんだけどね。渡瀬くん、思い当たることはあるかい?」


「……私は、真島さんの会社には同行させてもらえたことがないので実際にどんな方なのか確認出来ていません。ですので、朝比奈教授がそういった可能性を持たれても、有り得ないとは言いきれないんです。もしその可能性が当たっていた場合、人格の統合や共生はどうなるのでしょうか?」


「うーん、攻撃型の人格がいるのだとすると、共生するのは陽ちゃんにかかるストレスがかなり大きくなるんじゃないかな。その人格が原因で今回のようにコントロールが乱れた可能性もかなりあるよ」


「……統合した方が良いということですね」


「根本から寛解かんかいしない限りはまた新たな人格を生む場合ももちろんある。どちらにせよ、東堂くんの話を聞いている限りは、その"真島さん"は陽ちゃんにとってあまりいい存在とは言えないね。実際にいたとしても、人格だとしても陽ちゃんの負担になっているのは事実だよ」





渡瀬が出てきて、私の隣に座った。

急に手を握られて


「人格を統合しましょう」


と言われた。


「私から、東堂さんも真島さんも奪うの?」


「私がいますから…。大丈夫です。仕事はしばらくお休みになって、治療に専念しましょう」


「今特に仕事してないよ。なんかずっとダラダラしてるね」


「あなたが育てた優秀な人材が沢山います。今はゆっくりしましょう」


「一つ約束してくれたら、消してもいいよ」


「約束?」


「渡瀬、私の会社継いで。後は任せる」


「……え?」


「私はもう、ちょっと疲れちゃったかな」


「はるさん…。会社ははるさんの全てですよ」


勝手に決めつけないでよ。

仕事は仕事でしかないし、私結構プライベートの方が大事に思ってるよ?

突っ走ってきた自覚もあるけど、渡瀬は目の前に確実にいるしもうそれで十分だよ。


「じゃあ、ずーっとサボっててもいい?名ばかり社長っていうかさ。なんかあったら私が責任取るから、渡瀬が会社回してよ。もう疲れたよ」


「それなら、真島さんのことも消せますか?」


「うん、いいよ」


渡瀬もさ、私のせいでそんな険しい顔してるんだよね?

私を抱いた時みたいな、あんな顔でいてほしいな。


人格が消えたってさ、思い出は残るんでしょ?じゃあ感情も残るじゃん?

もういっそのことさ、全部記憶消してくんないかな。

朝比奈教授、なんかそういうのない?


渡瀬はきっといい夫に、父親になるんだろうな。

私と関わらない方がいいのに。

もう私の事なんか放っておけばいいのに。

誰かと幸せになりなよ。

東堂さんっぽいあんたは、幸せにならなきゃいけないと思うよ。

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