第15話 ただ会いたい

「確かその頃だよ。東堂くんが私を訪ねてきたのは。人の心って不思議でね。辛くて辛くて仕方なくて、本当にもうどうしようもなくなった時、わざと別人格を作って心を守ったりするんだ。二つの人格のコントロールができ始めて安定しだした頃にね、会社を立ち上げるって東堂くんが報告にきて。いやぁ、あの時の東堂くんは本当に嬉しそうだったなぁ」


「私、頭がおかしくなるほど真島さんのこと愛してたっていうか、愛してるんですけど、あんなろくでもない人をなんでって思うんです。普通有り得ないですよね、色々と」


「真島さんへの感情に対してもね、東堂くんも曖昧だし複雑だったみたいだよ。確かに東堂くんは、陽ちゃんの中に復讐心があると言ってたことがあった。ただ、実際に会ってみて、誤解が解けていくうちに好きになってしまったんじゃないかな?」


「あの人そんないい人間じゃないですよ。許せないことの方が多いし。真島さんと関係持ってから私もおかしくなっちゃったみたいだし。全部真島さんのせいじゃないですか」


「陽ちゃんの怒りが、東堂くんの復讐劇に繋がったのかもしれないね」


私自身が矛盾してるから、何を言われても納得がいかず全て腑に落ちなくて毎日毎日モヤモヤしてて、最近はずっとそんな日々が続いてる。


「統合か共生かって話あったじゃないですか。共生を選んでも私はもう東堂さんに会えないんですか?」


「前にも話した通り、見えないと思うけどね。また精神的に強いショックを受けた時は今回みたいになるかもしれないから、これを機に統合した方がいいんじゃないかな?というのが主治医としての意見だよ。ただ、周りには気付かれないように、今までだって陽ちゃんには東堂くんが見えて会話やなんかをしてたかもしれない。それが精神的な安定に繋がるのであれば共生していく道もあるんじゃないかな、とこれは私個人の意見ね」


「……渡瀬が、東堂さんに見えてちょっとしんどいんですけど。どうにかなりませんか?」


「うーん、少し治療方法変えてみてもいいかもしれないね。でもね、渡瀬くんは本当にいい男だよ。あ、これも私個人の意見だけど。実直さも、陽ちゃんを思っての行動力もある。陽ちゃんが作り出した東堂くんと似てるね。陽ちゃん、渡瀬くんのこと少し好きだった?それで反映されてた可能性もあるよ」


朝比奈教授がからかうように言うもんだから、本気で言ってるのか冗談なのか分からなかった。

でも渡瀬のこと、そんな目で見たことないし。

私を思っての渡瀬の行動力は仕事の一環に過ぎないのよ。

病気の事実や弟のこと、今までの行動を思い出してみても取り乱すことのない私に朝比奈教授は


「その状態ならどちらを選んでも良いと思うよ」


と言った。

病名の説明をされた時、信じ難いしいきなり何言ってんのって思ったけど、これが事実なんだから仕方ないじゃんね。

ちゃんと受け入れないと。

どっちを選んでも、と言われてもなぁ。

東堂さんに対して恋愛感情は無かったと思ってるけど、いざ会えないって思ったら寂しいし、でもどっちにしろ見えないなら会えないし。

今までも会話してたかもって言われても、今思い出せないってことは、私の無意識下で交わされてる会話なわけで、それって結局会えないよね。







「渡瀬~。どっちがいいと思う?あの話」


「え、私ですか?私は…はるさんの納得されるようになさればと」


「ほんとあんた硬いよね。なんかさ、もっとこう東堂さんみたいに、スマートに出来ないかな」


「東堂さんは、あなたです」


「いや、分かってるけど。ねぇ、東堂さんの印象ってどんな感じ?」


「男から見ても魅力的な方でしたよ。紳士的で、仰る通りスマートな振る舞いで。何よりはるさん思いで。はるさんの事となると最近は少し暴走しそうで目を離せなかったのですが」


「東堂さん、優しかったなぁ」


「しかし彼には"奥様"がおられます」


「だからあれは架空の話でしょ?実際、真島さんの奥さんと寝てたのは私だし、"奥様"の骨壷だって明希のものだったし」


「だからと言って、はるさんと東堂さんがどうこうなるなど有り得ません」


「はぁー。あんた見かけは東堂さんなのになぁ。全然東堂さんじゃないや」


「当たり前じゃないですか、私は渡瀬ですから」


「はいはい。…………ねぇ、」


「ダメです」


「まだ何も言ってないでしょ!」


「きっとろくな事じゃないと思うので」


「真島さんと会えないかな?」


「やっぱり……。会ってどうされるんですか?」


「復讐済みの男の顔見たくない?リストラされて、嫁はヤク中ホストとキメセクにハマってって……救いようなさすぎじゃん?」


「悪趣味です。もう関与しない方がよろしいかと」


「その悪趣味に付き合ってきたんじゃないの?」


「それははるさんがはるさんとして戻ってこられるようにです」


「私さ、復讐のゴールっていうの?それが何かもよく分かってないんだよね。私も東堂さんもお互いに知らない事もあるからさ、その分矛盾も出るし、きっとちゃんとした理由なんてないんだよ。復讐ごっこをしてお互いの傷を舐めあってただけなんじゃないのかなぁって。東堂さんは"奥さん"が亡くなって辛くて、寂しいって言う私にその"奥さん"の姿を重ねて辛くなって。私は、弟の事でおかしくなって、真島さんへの寂しさでおかしくなって、東堂さんが真島さんの奥さんを抱いたっていうので噴火する勢いで怒って目覚めて。その、きっかけっていうの?真島さんみたいな男を愛してるのも私の中では矛盾してんの。真島さんに会いたい。渡瀬も一回くらい会っといてよ。今後私から守れるように」


なんか色々とそれらしい事言ったけど、結局は真島さんに会いたい。

ただ、それだけ。


逆に恨まれてるかもしれないけど。

統合か共生、決める前にやっぱり会っときたい。


「それは、命令でしょうか?」


「あー、うん。超命令」


「モンスターパワハラ上司ですね。労基に訴えますよ」


渡瀬はぶつくさ文句を垂れながら、少し考える顔をして


「私はあの女性とはるさんを会わせる訳にはいきません。東堂さんと約束したんです、はるさんとあの女性を今後一切関わらせないようにすると」


「それで?別に私、あの女と会いたいとか思ってないよ?」


「肉体関係のあったあの女性の自宅は、もちろんご存知ですよね?」


「知ってるけど。その言い方やめて」


「真島さんが今どこで働いているのかを調べるより自宅へ行った方が早いでしょう。しかし、自宅には…」


「あぁ……奥さんがいるからってことね。じゃあホストとデートしてる時にでも自宅に行けば?」


「……彼の仕事が休みの時に、奥様が外出…ありますかね」


「まぁあるとは思うけど確実ではないか。んー、じゃあどうしよう。てかそっから尾行とかすれば真島さんの職場わかるでしょ」


「あの。職場に乗り込む気ですか?……はぁ。はるさん少し変わりましたね。以前はもっと頭のキレる方でした」


「はぁ?馬鹿になって戻ってきたとでも言いたいわけ?クビにするよ?」


「私がいないとダメでしょう」


「何がダメなのよ」


「とにかく、彼が自宅にいる時間を調べて、その時間にホストとの密会をぶつけます」







『先日頂いた録音、あなただと分かりそうなところは加工して、契約の日にぶつけます』







東堂さんが以前言ってた記憶が蘇ってきて、渡瀬が東堂さんだったらなって泣きそうになった。

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