第8話 "辛い"の原因

あの騒動のあと、真島さんはしばらく自宅待機となり内示が言い渡された。

懲戒処分の中でも最も思い制裁である懲戒解雇。


真島さんの例の録音はSNSであっという間に拡散され、ファミリー向けの商品の中でも特に力を入れている子供向けの玩具や教材を取り扱ううちの会社にとって大スキャンダルだった。

大々的にコマーシャルまで打ってたもんだから、スポンサー契約も打ち切り寸前までいって社内はしばらくてんてこ舞いで忙しかった。


真島さんは退職金の一部だけをもらい会社から消えた。

損害賠償請求されるよりかはよっぽどマシだとは思うけれど、あっさり切り捨てられた真島さんって可哀想。


でも仕方ないよ。

うちの会社、ホワイト優良企業ですよーって謳ってる上に、取り扱ってるものが『幸せな家庭』をテーマにしたものなんだもん。

しかも某夢の国のキャラクターを教材に使用してて、何年もかけて許可をもらった看板商品だから会社側からしたら先代の努力を水の泡にはさせられないみたいだからね。

仕方ないよ。

イメージって大事だし。


その日から真島さんとは連絡が取れなくなった。

私もPMIが実施された結果、人員削減で派遣切りに遭い、晴れて無職となった。

真島さんの奥さんは解雇されなかったらしいけど、さすがに旦那があれじゃ居座り続けるのは肩身が狭かったのか自主退職した。


東堂さんは当初言ってた通り、あのあってもなくてもいいようなイメージだけが売りの部署を残した。

やっぱりイメージって大事らしい。


「録音、大変役に立ちました。ありがとうございました。色々と 荒々しい手法を使ってしまいましたんでね、大変だったでしょう」


「SNSの影響がかなり効いたみたいですね」


「あぁ………あれ。僕の指示なんです」


なんか今更なに言われても驚かないかも。


「へぇ、そうだったんですか」


くらいしか返事が思い浮かばなかった。


「あと、彼の奥さん、娘さん連れて家を出ると思ったんですが……。どうやら再構築を望んでるようで。計画を新たに練ってみます」


「あの……色々と詳しいのも気になるんですけど、彼は職を失いましたし復讐は終わりでは?」


「再構築しちゃったら、寂しくないですか?」


「うーん……確かに寂しいですけど…」


「ですよね。それだと僕も辛いです」


「彼の人生、変わりましたよね」


「はい、変えましたね」


「再就職も厳しそうですよね」


「そうですね。SNS上でもかなり炎上してますし、すでに根回しも済んでますので」


「買収したところなのにあんな問題起きて大丈夫なんですか?」


「うまくやりますよ」


「……私の事、恨んでますかね」


「連絡とってないんですか?」


真島さんが会社を辞めて、接点が無くなった。

会いたいなぁ。

東堂さんが復讐なんて言い出さなければ真島さんは解雇されなくて済んだし、まだ会って抱かれてたかもしれない。


復讐って何なんだろう。

東堂さんは私が好きで、私が寂しいのが辛いから復讐をしたんだよね?

でも私、前より寂しいよ。


「僕の復讐は終わってません」


これ以上何をするっていうのよ。

真島さん、何してるかな。

もう会えないのかな。

なんかもう、訳分かんないや。


「東堂さんは奥さんのこと好きじゃないんですか?私を好きって、それは奥さんが寂しくないですか?」


「会いに行きましょうか」


「え?」


オナニーを見せ合う間柄の男女が、東堂さんに見合う奥さんに会って何を話せばいいんだろうか。

東堂さんはしばらく車を走らせて、閑静な住宅街にそびえ立つ、そりゃあもう立派な豪邸に私を案内した。


「どうぞ」


「手土産もなくいきなり訪問して戸惑わせませんか?しかも誰って感じだし」


「大丈夫ですよ。籍は入れていないので」


話が噛み合わない。

一体何が大丈夫なのか。

それとなく挨拶しとくか。

もうここまで来ちゃったんだもんな。


自宅にあげられ、入ったリビングと思わしき部屋はだだっ広くて生活感がまるでなかった。

奥さんと思わしき女性の写真がいっぱい飾ってあって、幸せな家庭なんだなって思った矢先、私の目に入ったものは骨壷と線香と小さな花とちょっとしたお供えものだった。


「どうせ飾るならお二人で映ってる写真の方が良くないですか?」


なんて、聞けなくなった。

聞いても良かったんだけど、聞けなかった。


「あぁ、驚かせましたよね、すみません。……まぁ、適当に座っててください。今お茶煎れますね」


こういう時、なんて声をかけたらいいのか、気の利いた言葉が全然出てこなくて


「なんで亡くなったんですか?」


とか


「こんな広い豪邸で一人って寂しくないですか?」


とか絶対に今じゃないセリフばかりが浮かぶ。

結局何も言えないまま、東堂さんがお茶を出してくれた。


「僕と妻はお互いを支え合うパートナーっていうか、愛し合うとか、そういう男女のあれではなくて」


色んな複雑な事情があるんだろう。

真島さんの結婚も大恋愛の末とかじゃなかったし、結婚って意外と好き同士じゃないのかもな。

やっぱり何を話していいのか分からなくて、相槌をうつくらいしか出来なかった。


「彼女には好きな人がいて、話してるとすごく愛してるんだなっていうのが真っ直ぐに伝わってきて。ちゃんと体の関係もあったみたいで。あ、また別で体だけの関係の人もいたようなんですけどね。なんか、難しいですよね」


「え…?それは……不倫ってことですか?」


「まぁ、そうなりますけど、そうならないというか。僕らは籍も入れてませんし、お互い公認というか」


「不思議な……ご関係、ですよね」


「そうですね、不思議ですね。彼女がね……寂しいって泣くんですよね。それがあなたと被って。だからなんでしょうか。ほっとけなかったっていうか。あなたの寂しいも辛いから……僕はやっぱり自分の為の復讐なのかもしれません」


「自分の辛いを消すため……って仰ってたやつですか?」


「えぇ。復讐って結局怒ってるってことですよね」


「まぁ、そうですね。復讐は恨んでるとか憎んでるとか、その感情の源は怒りなんじゃないですかね」


「僕の辛いはどうしたら消えるんでしょうか。彼女も寂しいって泣くし、あなたもあのまま彼と関係を続けてても寂しいと言うでしょう」


「……それでも、会いたいですよ。再構築って簡単に言えば仲直りってことですよね?元々円満そうでもなかったし、それならあのまま邪険に扱われながら都合のいい女でいたかったです」


私の言葉は、真島さんのリストラのきっかけを作った東堂さんを責めてるようで申し訳なくなったけど、全部本音だった。


東堂さんはすっかり黙り込んでしまって、ただ時間だけが過ぎていって暖かったお茶も冷たくなってきたから一気に全部飲み干した。


「お腹すきませんか?何か食べに行きましょう」


やっと言葉を発した東堂さんは、今どんな気持ちなんだろう。

寂しいのかな。

東堂さんの辛いは、私にはどうすることもできないのかな。


私は東堂さんと過ごす時間が増えてから、東堂さんといる時だけはほんのちょっとだけ荒ぶる心が大人しくなってきたよ。

気のせいかもしれないけど。

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