第5話 まずは彼女と対話する②

「琴吹……俺はさ──」


 そうして俺は事前に用意していた台詞せりふを述べる。


 舞台上の俳優になったつもりで彼女へとのぞんだ。

 決して俺の本心を悟らせてはいけない。


「君が初めての彼女だったんだ」

「……」


 返事はない。

 彼女はジッと、こちらの話を聞く体勢を見せている。


「だから絶対に大切にしようと頑張った……いや、頑張ってたつもり……かな? 多分、盛大に空回からまわっていたんだと思う。俺が考えてたことといえば『どうすれば俺の気持ちが伝わるか?』だとか『何をすれば幸せになれるのか』だとか……そんなひとりよがりなことばかりだった」


 そこで一度、言葉を区切る。

 そして軽く息を吸い込むと、それを言った。


「この3ヶ月間。俺はずっと自分のことばかり考えて、君を見ることができなかった」


 彼女はいぶかしげな目をしてこちらを見ていた。俺の言葉の意図を理解しきれていない様子である。

 だから説明するようにして言葉を続ける。


「結局俺は、自分の気持ちを制御するのに精一杯で、君が何を望んでいたのかすら考えようともしなかった。『君を幸せにしよう』ってその考えが足りてなかったんだ、俺は。

 さぞつまらない恋人だったと思う。それについては本当に申し訳ない。本来なら彼氏として、琴吹に不安を覚えさせるべきじゃなかった」

「そんなっ……こ……と──」


 ない、とは言い切れない。

 尻切れになる彼女の言葉を聞きながら思う。

 俺が彼女を満足させることができていたのなら、彼女がうつを起こすことなんてなかったはずである。それは、ここ三日間の禅問答を経て、間違いないと確信した道理であった。


 琴吹はしばしをもつと、何かを決心するように口を開く。


「でも、それは工藤くんが謝ることじゃない。私が不義理を働いたことは確かだから……だから工藤くんは私を嫌いになってくれてい──」

「それができなかった」


 彼女の言葉に被せるようにして言うと、彼女が息をんでこちらを見る。


「俺は君を嫌いになろうとしても……どうしてもできなかったんだ」


 琴吹が信じられない言葉を聞いたようにしている。

 それを受けて、俺はここぞとばかりにさわやかな笑みを見せつけてやった。


「お前はひどい女だよ、まったく。憎もうと思っても憎みきらせてくれない。この三日間、俺は本当に悩んだんだ。けれど、それだけはどうしても、変わらない俺の本心だった」

「でも……でもっ私は──」


 そこで琴吹は動揺する気配を見せる。

 俺の言葉があまりにも意想外だったのだろう。

 困惑した感情のまま、何かしらの言葉を発しようとしている。


 しかし俺は、彼女から計算外の対応をされる前に、先んじて言葉を制する。


「俺は君を許そうと思う」

「えっ──」


 彼女の動きが止まった。


「結局、今の俺にできる精一杯ってのはそれしかないってことに気づいた。今更になって遅いとはわかっているけどさ。それでも俺は君が大好きだったから……だから君の幸せを願うためにできることする」


 そこで俺は、ついにその文句もんくを告げる。


「──俺はいさぎよく身を引くよ」


 彼女からの返事はなかった。


 しばらくは二人とも黙って、静寂の時間が過ぎる。

 それがどれくらい過ぎた頃だっただろうか。

 彼女の口が開かれる。


「私を許してくれるの……?」

「ああ」

「でも……だって……私は浮気をしたんだよ?」

「それは確かに辛いけど……琴吹が笑顔になれるなら、それでいい」


 答えると、

 彼女の瞳からツウ──と、ひとすじの涙が流れる。

 それは歓喜の涙か、それとも安堵の感情からか。


 しかしそれを見て、俺はというと──



 ──だ阿呆あほめっ! かかったな!!



 と、内心にてほくそ笑んだ。

 琴吹の頭がお花畑で助かった。

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