第11話
「今回の事件はただの殺人事件ではありません。撃たれたのが警察組織のトップの国家公安委員長なのですから。おざなりな調査では、警察も納得しないでしょう」
十夢の話を受けて、
「今の政府は独善的だ。眼を付けられたら今後の仕事に支障をきたす。……たとえ可能性が低いとしても、指示には従わざるを得ないということだ。……東京都内と行き来するだけなら片道二時間もかからない。今朝、チェックアウトしても昼の狙撃には余裕だろう。あるいは、それをしてから戻ってきたかもしれない。これからチェックインする客の中に……」
「客ではない。お客様ですよ」
得意げに語る人志の話を、十夢が強い口調で制した。
「……あ、はい。申し訳ありません。……丸森君、トラもだ。いずれにしても、ここミラージュに犯人が宿泊する可能性はあるわけだ。二名は防犯カメラの映像をチェックし、ミラージュに犯人が宿泊していないことを確認してくれ。厄介だが重要な業務だ」
人志の理屈は、悠一の口を封じるためのものに違いなかった。
面倒くさいなぁ。……虎夫は反発を覚えた。同じ気持ちなのだろう。悠一が口を開いた。
「性別や年齢、風貌とかは分かっているのですか? 防犯カメラをチェックするにしても、手がかりがなくてはどうしようもありませんよ」
「犯人については、まだ、何も分かっていないそうです。もちろん、名前も国籍も分かりません。……ここに現在の宿泊者と午前中にチェックアウトしたお客様のリストがあります。チェックインの日時も記載してあるので、それを頼りに顔と名前をつきあわせ、挙動不審な人物をリストアップしてください。パスポートの写しがあるお客様は映像と付き合わせるまでもないでしょう。……午後零時の前後一時間、ホテル内にいた人物は無条件でリストからはずしていいと思います。いわゆるアリバイがあるわけですから……」
十夢が手にした書類を示しながら作業を説明した。
「オレ、六時にあがっていいんですよね?」
虎夫は手を挙げて訊いた。
「非常事態だ。諦めろ」
人志が一蹴する。
「えー、二十四時間勤務後の残業なんて、ありえないッすよ」
「何だ、その口のきき方は!……第一、さっきまで寝ていただろう。ヨダレの後が残っているぞ」
「まさか……」
手のひらで顔をごしごしこすった。
「ウソだ」
人志が笑うと悠一らも笑った。
虎夫と悠一は宿泊者リストと外国人のパスポートの写しの束を手にしてモニターの前に座った。リストの氏名は二百名を超えていた。
「すごい数だな。これと映像の顔を見比べろというのか……」
悠一がため息をついた。
「挙動不審者を捜すなんてムリッすよ」
あくび同様、それは伝染するらしい。今度は虎夫がため息をついた。
「しかし、この中にスナイパーがいるかもしれないんだ。ちょっとワクワクするな」
悠一がニッと笑った。
「オレは映像を確認するより、ホテル内の巡回にまわりたかった。こんなものを見ていたら眼が痛くなるし眠くなる。……絶対、巡回している方が楽だ」
「仕方ないだろう。ここは年功序列の社会なんだ。さっさと済ませちまおう」
憤る虎夫を悠一が諭し、名簿を分けた。
虎夫に渡された名簿は前日以前にチェックインした滞在客のもので量が多かった。不公平さに面白くないものを感じたが、年功序列の会社では先輩には逆らえない。先に悠一が、年功序列の話をしたのは、虎夫に対して仕事を押し付ける布石だったのに違いない、とそこで気づいた。
やられた!……先輩の顔をまじまじと見つめた。悠一がそれぐらい賢いことを改めて思い知らされた。
「オレの方が多いッすよね?」
「そんなことないさ」
悠一がとぼけた。
会社を辞める覚悟があれば逆らうことは簡単だが、虎夫にそれはなかった。今更、新しい就職先を探すなんて面倒だ。それよりも、間もなく交代要員が出勤してくる。そうしたら作業を分けられるだろう。それに期待した。
モニターの前に座り、フロントを映す防犯カメラの映像を動かす。宿泊客のチェックイン時刻は分かっているので、顔を特定するのは簡単だった。彼らの出入りを確認し、事件の発生時にホテルに滞在していた宿泊客をリストから削除する。それは想像していたより単純で簡単な作業だった。
「ッタク……」
舌打ちしながら作業を続けた。
「一分で一人、特定するぞ」
単純作業はつまらないものだが、目標を設定して繰り返すとゲームのように面白みを見いだせることがある。二人は競うように作業を進めた。
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