河野、女子高生瞬殺事件
世芳らん
第1話突然やってきたキラキラ女子の愛の告白
職員に呼び出された河野は正面玄関口へと急いだ。自分を名指しで指名してくる来客とは一体誰であろうか。クレームの類いでないと良いが。そう思いながら到着すると、そこに立っていたのは先週職業体験で「陽だまり(サービス向け高齢者住宅)」にやってきていた女子高校生であった。
「ああ、君は」
悪いが名前は忘れてしまった。
背はすらりと高め、低くはない自分の肩の位置に並ぶほどで、女性向けの雑誌に出てきそうなスタイル。それでいて髪の毛は後ろで一括りにしており、スカートの丈もそれほど短くはない落ち着いた印象。ぱっちりとした二重は、マスクで大半を覆われているにもかかわらず、相当異性の注目を集めることが容易に想像できた。
と、ここまで瞬時に考えてから
「この間はお疲れさん。今日はどないした?」
尋ねると、相手ははっきりと分かるくらいに赤面した。
「あ、あの、先日はありがとうございました!それで、あの、これ読んでください!」
「これ?」
手渡されたのは四つ葉のクローバーが描かれた可愛らしい封筒。封筒を裏返して何とはなしに見えるはずもない中身を確認しようとすると、急に少女はがばっと頭を下げた。
「?」
「河野太陽さん!」
「はい?!」
「大好きです!付き合ってください!!」
「!!」
一瞬、時が止まった。
まさかこんなに年下の女性に会社の玄関先で、しかもこんなに大声で告白されるとは思ってもみなかった。
なんと返事をしたものか、と、前でまだ頭を下げ続けている女の子の向こうを見やると、こちらの様子を他事業所のケアマネージャーが少し離れたところで固まって見つめている。音には出していないが
「おおー!すごいところを見てしまった!」
と心の声が駄々漏れているのが表情で分かる。
「いや、これは」
と、こちらも声には出さずに手を左右に振って応じようとすると向こうから、年配の相談員が二人、手を握りあって
「きゃー、いいもの見ちゃった!」
とこれも声には出さずに興奮しているのが見てとれる。
河野は恥ずかしさにすこぶる慌てていたが、この状況が猛烈に可笑しくなってきて笑い声を立てた。
相手は頭を上げる。
「君、なかなかおもろいな。普通こんな公衆の面前でやらんやろ。ま、そうゆうの、俺嫌いやないけど」
少女はますます茹で蛸になった。
「すみません」
「いや、ありがとな。これ読ませてもらうわ。ただ…」
と言いかけた言葉が途切れたのは、女子高生が急にふらりと倒れたからである。
「お、おい、ちょっと」
ようやくのことで抱きとめて、慌てて館内の受付ソファーに座らせる。顔を近くの書類のファイルで扇いでやるもぼーっとしたまま。
「困ったな、俺、これから会議やねんけど」
とそこへ通りかかったのは、一ノ瀬小夜子介護士。河野の恋人である。
「なあ、一ノ瀬さん、悪いけど、こいつ看たってくれる?」
「え?どうしたんですか」
「どうもせえへん。俺見て勝手に倒れよった」
「は?」
「とにかく頼むで」
「ちょっ、ちょっと」
困惑する小夜子の声を無視して、利用者の個人ファイルを掴むと会議室へ向かった。そんな河野は、この出来事が、職員の間で「河野女子高生瞬殺事件」などと名付けられていることは知るよしもない。
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