虚無の意味

水蒸雲(すいじょうくも)

出会

今日もまた、自分は後悔する。

今日もまた、自分は安堵する。

一日が、終わる。


突然だが皆は、幽霊という存在を信じるだろうか。

大衆の考えは半々といったところか。

ただ現に霊媒師といった存在や心霊現象は確かに起こっている。

その為か、自分は認めざるを得ないと思ってしまう。


とまあそんなこんなは言い訳で、自分は情けなくも夜中家の中で1人で行動することが恐怖に感じて仕方が無い。

もしかしたら誰かに見られているかもしれない、そんな不安が自分の身体中を襲う。

暗闇…と言うより夜、は好きなのだが、薄気味悪い家の中の暗闇は苦手に感じるのだ。


自分の住んでいる家はマンションなので幸いにも階段の昇り降りは無いのだが、それでも恐ろしい。

もしこの扉を開いて誰かがいたら、後ろを振り返ったら何者かが自分を監視していないか…。


(怖いな…自室の部屋の扉を開けるのも怖い。)


いつまでも恐怖していては始まらないが、それでも怖いものは怖いのだ。

高校生にもなって、情けない。


扉の前に立ち始めてから早数分、何時までもこのままではいけないと決心する。

心做しか重い扉を、恐怖を投げ飛ばすかのように勢いよく開けると。


「……誰?」

「…いや…貴方こそ誰……。」


知らない人?人間なのか?

疑問は置いておいて、ともかく謎の人物が居たのだった。

いやいやちょっと、ほんの少しだけ待って欲しい。

一瞬の冷静な思考が一気に回転し始める。


不審者?でも身体が透けているような?え?幽霊?怖い怖い。でも友好的?というか何故見える?自分はそういう類は全く見えないのに?いやまず女の部屋に男一人って常識外れでは無いか?


「…あ…あー、ごめん。俺は出ていくから…。」

「…ちょっと、というか相当話したいことがあるのだけれど?」


部屋から出ていこうとする彼の腕を掴む。

…ん?掴める?じゃあ人間?どういうことだ?

暫く彼は、あーとかうーんと唸り、先程と同じような少し面倒そう…いや、表情のバリエーションがあまり無いだけか。

ともかく無表情の状態で、私の腕を優しく振り解き弱々しく言った。


「…説明、長くなるけどいい?時間ある?明日に響かない?」


勿論だと頷き、彼を座らせる。

こうして間近で見ると、結構顔が整っているなと思う。

中性的な顔立ちで、髪を長くしてみれば性別が分からなくなりそうだ。

彼の性別は聞いておらず、更に性別という概念のある人物なのかは分からないが…。


「自己紹介する。俺の名前は…忘れた。」

「忘れた、って…記憶に無いの?」


そう、と彼は淡々と言う。


「まず俺は…人間じゃ無い。」

「知ってる。」

「早い返事…。それで…多分性別が苦手。」

「苦手?何がどう…?」

「ちょっとだけ部屋、漁らせてもらったんだけど…そらって女性なのに女らしくないから…話しやすい。」


確かに自分は女らしくないと思う。

感情に左右されにくい上に論理的に面倒臭く話すことが多い。


「それはそうとして…どうして性別が苦手だと思ったの?」

「それは…何となく?」

「勘?」

「そう、勘。」


少し話していて分かったことが幾つかある。

彼は…自分と似ている。

初めて話したはずなのに心を開きやすい、そんな雰囲気がある。

自分以外の人間が全員そうとは限らないが、彼に話しかけられた人は皆救われそうだ、そんな気がする。


そして彼は、自分より年下だろう。

背が低いのは別として、話し方や仕草が少々幼い。

けれども知的なのは確かで。

今こうやって話している時も大人しく、体育座りで自分のことをじっと見てくる。

まるで小動物みたいだ…。


「それじゃあ、自分の自己紹介。自分は一ノ瀬空。気軽に空って呼んでね。

まず質問だけど…貴方は幽霊なの?」

「そう言えばそう…だけど少し違う。」


彼の説明はこうだ。

この世界には人間世界と幽霊世界があり、その狭間にいるのが彼。

何故この状態になってしまったのかは定かでは無いが、曖昧な立ち位置にいるということだ。

その為か、幽霊という枠に入ることが出来ず、人間と触れ合うことが出来る、らしい。


「これらの情報は、全て確定って訳じゃないけど…。それともう1つ。今話した知識はさっき思い出した。」

「事前知識だったってこと?」

「いや、そうでは無くて…気付いたらここにいた。それで、この状態になったのも少し前。」


それはつまり…彼が幽霊もどきになったのは少し前のことという訳か。

先程から質問攻めをしていて、申し訳ないような気がしてくる。


「これだけ、最後に聞いてもいい?」

「いいけど…何?」

「ここに住むとして、自分の家族に気付かれたら大変だよね?」

「それは大丈夫…だと思う。何と言うか…気付かれない気がする。」


相当不安な返事をされてしまったが、これは何とか家族に気付かれぬよう乗り切るしかない。

幸いにも自分の部屋には少し広めのクローゼットがあるので、そこに居てもらえればいいだろうから…。


「お互い分からないことが多いけれど、今後もよろしくね?」

「よろしく、空。」

「………名前、意有いあはどうかな。」

「…いあ?」


ふと、思い付いた彼の名前。

彼は話しながらしきりに言っていたのだ。

俺は意味の無い存在だ、と。

そんなことは全く無い。少し話しただけで自分は、こんなにも心が温まったのだ。

それを伝えなければ。


「貴方には意味が有る、そんな意味を込めて、意有。」

「…いあ…意有…分かった。」


あ、笑った。

彼は笑うとこんなにも可愛いのか。

嬉しそうに意有、意有…と何度も唱えている彼を見て、自分もとても嬉しく思った。

ああ、こんなにも幸せな気持ちになれたのは、何時ぶりだろうか。


暫く意有と雑談し、夜が明けてきたところで自分は急いで布団に入ったのだった。

彼は近くを散策すると言って消えてしまった。

移動手段は瞬間移動のようなものではなく、人間と同じ足で歩いていて、何だか少し安堵した。

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