第44話 地上の戦い


灰色一面に彩られた大地に、青々とした空から光がこぼれている。

正面に構えるは人外の化け物、ベノム


感覚の魔女、アキラは冷や汗をかきながら己が武器たる鞭を構えていた。


覇道隊を引かせたのはいいものの、自分一人ではこの化け物と戦えるのかは正直わからないのだ。

最初に吹き飛ばした一撃、あれもあえて受けられたように思える。

殴った感触があまりにも軽い、さしてダメージを受けたような雰囲気もなければ、攻撃に関してもさほど思うことがないのか気にした様子はない。


いらだっているのは自分の発した挑発のみ。


『その程度の防御でいいのかい?』


そんな声が聞こえたかと思えば、眼前に現れる化け物

とっさに拳を振り抜き、牽制の一撃を叩き込む。


最小で最速の一撃は、敵の胸板に当たるとピタリと止まる。

いくらとっさに殴ったとはいえ、魔女が全力で体重をのせて攻撃したのだ。

その衝撃は踏み込まれた地面が、その威力を証明している。


なのにもかかわらず、びくともしない

まるで大きな壁でも殴っているみたいに、振り抜いた拳がこれ以上前へと進まない。


『弱い……所詮ヒトか。殴るってのは、こういう事だ』


大振りの一撃

隙だらけの乱雑な一振り、不良の喧嘩みたいな、力任せの拳だ。

それなのに


「よけッ……」


防御の体勢を取る前に、腹に重たい一撃が走る。

見えているのに避けられない。

分かっているのに防げない。


単純なスペック差


そこに圧倒的な溝があった


とっさの痛覚鈍化も、中途半端なまま吹き飛ばされる。

地面に体をこすりながら、瓦礫を巻き込んで吹き飛ぶ。


口からは真っ赤な血が吹きこぼれ、宙に消えていった。


数百メートルは吹き飛ばされただろうか、痛覚を鈍化していてもじくじくと痛みを訴える我が身の状態はとんでもないことになっていた。


魔女の服の下に着こんだスーツが一撃でダメになっている。

吹き飛ばされた衝撃で腰のブースターがいかれた。

肋骨も何本か折れている、この分だと内臓も傷ついているだろう。


顔を上げればつまらなそうな顔をした男が、コツコツとこちらへと歩いてきていた。


「まったくやってくれるね」

『魔女と言ってもこの程度か…』


その余裕そうな表情を、不敵な笑みで嘲笑う。


「触れたね、この僕に…」

『なにかおかしなことでも?』

「僕の魔法、と言うか、相手に干渉するタイプ全般にいえたことなんだけど、そういう魔法って格上には効きにくいんだ」

『なんだ?負け惜しみの言い訳かい?』

「違うよ、その魔法だけど、抜け道もあるんだって話さ」


指先を男へと向ける

しっかりと目標を見据え、魔法を唱える。


「【孤独の世界ロスト】」


視界を奪う

触覚、味覚、聴覚、嗅覚、すべて奪い取る


「接触すること、それが抜け道さ。まぁ聞こえていないかもだけど」

『おぉ、すごいね、何も感じないや。自分でしゃべってるのかさえ分からない、コレが魔女か……因子の扱いが特化してるんだね』


鞭を振るう、敵がどうあろうと、それは変わらない。

長く、鋭利に伸びた鞭がしなり、空気を切り裂きながら敵へと迫る。


音速を軽く超え、魔女によって振り抜かれた一撃は人の振るうそれとはかけ離れた一撃へと昇華され、敵へと叩き込まれた。


そんな一撃が……たやすく受け止められる。


「な…!?」

『お、何か掴んだかな?感覚ないからわかんないや』


魔法は発動している、それでも防がれた。

その現状から導き出される答え、それは……


「第三者による介入」

『正解!僕自身は何も感じていないけど、周囲のゴミを使えばある程度は見えるし聞こえる』

「ならソレの感覚を奪えばッ!!」

『無駄だよ、接触させるわけないじゃないか』


振り抜かれた一撃

空気を殴りつけたような衝撃波がぶつかる


直撃なんてしていないのに、重い


「ふざけた存在だねホントに!!!!」


ソレを強引に振り抜く、化け物相手に鞭は使えないと判断したアキラは、鞭の形を鋭利な刃物へと姿を切り替える。


彼女の鞭は状況に応じて形を変える武器

鞭という大きな枠組みから離れなければ、いかようにも姿を変える。


しなやかな皮の光沢を放っていたソレは、今では蛇腹剣へと変わっている。

淡く桃色に輝く刃が大地を鈍く照らす。


意志を持つかのように宙へと浮くそのさまは、まさに蛇である。


感覚


ひとえにソレを表現するのなら、様々なものがある。

生きているうえで、その感覚の恩恵を感じるものを上げるとすれば、視覚や触覚だろう。


目で見て、物を認識し、それを持ち上げたり触ったりする。

手から伝わる感触で、質感を判断し、それがどのような物なのかを理解する。


こうしたものが感覚と呼ばれる器官だ。


しかし、器官による感覚以外を感じたことはないだろうか?

虫の知らせや、皆が勘と呼ぶその感覚


これ以上行ってはいけないといった警戒心、なんとなくこっちの道にいこうと言ったような漠然とした思い


そう言った感覚、世間ではソレを第六感と呼ぶ


『愚直に突っ込むとは、格の違いが分かってないようだね!!!』

「雑魚ほどよく吠える!!!」


周囲から迫る無数の棘

それらはすべて先ほど受けた拳よりも早く、的確に殺しにかかる攻撃だ


迫る棘、それらを魔女の武器が弾く

蛇腹剣の防御を抜けた棘たちも、魔女の体に傷をつけることなく通り過ぎていく


『ははっ!避けたか!!!』

「勘だよ、勘!!!!」


見えてからが遅いなら、それより早く動き出せばいい

自分の反応が相手より遅いなら、もっと早くから反応すればいい


「サイコキネシス、念力?そんなの全部感覚の延長さ!!!」


目には見えない不可視の拳が、男を殴り飛ばす。

吹き飛ぶことは許されない、よろめく体を地面へと叩きつけるのは、魔女の右足だ。


「さぁ!戦おうか!!!【箱庭の観測者だいさんのめ】」


魔女の背中に浮かび上がる、瞳型の陣

ソレは魔女を中心とした360°を観測し、死角を殺す瞳


ヒトでは認識できない流れすら、その目には映りこむ。


「そんでもって、第六感。コレが君を殺す僕の魔法」


叩きつけられた男をさらに地面へと押しつぶす

まるでそこだけ重力が数倍になったかのように、空間が歪んだ。


限界まで強化された五感に加え、勘による未来予知に近い予測

そしてリーチを補うのは、超能力とさえ呼ばれる念力


「まぁ、念力じゃないけど」


正確には違う

今こいつを抑え込んでいる力も、殴り飛ばした力も、同一の力でしかない。


第六感を使っている状況下のみ使用できる、もともと人に備わった潜在的能力

感覚を司る彼女にとって、霊能力や超能力というのはおとぎ話ではない


知覚できるのなら、使えても不思議ではないのだ。


魔法が存在する世界、何があろうと不思議ではないし、あり得てしまうのが魔法というものだ。


『なる……ほど、人間の延長線の力か!僕らの因子が干渉しない力なら、軽減もなにも関係ない。でもそれは、結構疲れるってやつじゃないのかなぁ?!?!』


押さえつける力を、ゆっくりと跳ね除け始める


『君らが特定の因子を運用するのが得意ってのは理解した、人間が核を取り込んだことによる独自の進化だね!でもその力は元来僕らの力ってのは忘れちゃ困るね』


周囲が爆発する。

爆風波地面を抉り、空気を燃やし、真空を作り出すほどの威力


風穴があくように、空気さえ一瞬存在できない破壊

弾かれた空気が開いた穴を塞ぐように集まるころには、周囲はボロボロに砕け散っていた。


「とんでもない攻撃してくるじゃないか」

『失礼な、単純な能力だよ?爆破って言う単純なね』


バチバチと周囲を破裂させながら、不敵に笑う男を睨む


「周囲への被害はとんでもないことになりそうだ」

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