第39話 どこだここ

俺は水槽の中で唸っていた。

何を言っているかわからないかもしれないが、俺もわからない。


口にはマスクのような呼吸を助けるアレが付けられている。

水槽の広さは人が一人入る円柱状で、視界に映る液体は緑色だ。


さらにその液体は暖かく、心地よい。


自分の体を見ると、貫かれたはずの腹や、食われたはずの足が何事もなかったかのように治っている。意識もはっきりしており、触っても普通の足だし腹だ。

気を失う前まで体を襲っていた痛みも、今はさっぱり消え失せ、逆に調子がいい。


(どういうことだ?)


俺は水槽のガラスに手を押し当て、外を覗き込む。

そこは薄暗い部屋のようで、奥の扉から差し込む光が眩しかった。


「……ろ……きる…だ…ろ」


奥の扉から人の声が聞こえる、水槽の中なので音がくぐもってよく聞こえないが、動物の声でも環境音でもなさそうなので、人かそれに準ずる音だと予測する。


そんなことを考えていると、扉が開いて外の光が入ってくる。

暗い場所にいた俺は眩しさで目を細め、手で光を遮った。


段々と眩しさに慣れ始めた俺は、中に入ってきた人物を確認する。


その人物は二人組の男性

20後半から30半ばだと思われる二人は、シンプルなTシャツにジーパンといった風貌で、欧米系の顔つきをしている。


髪は薄い金色と明るい茶髪

片方はもみあげから顎にかけて短めのヒゲを生やし、体格がガッチリしている。

茶髪の方は顔が整っている気の良いおっさんといった風貌で、体格は普通だ。


(こんなところに男?)


ますますこの場所がどこなのかわからなくなった俺だったが、その考えは水槽の水が抜けるに連れて消えていった。


空気にさらされた俺はまず寒さに震え上がる。

風がないはずなのに、空気が寒い。


水槽のガラスが下へと下がっていき、俺は実質全裸でおっさん二人に対面する結果になった。


口を覆っていたマスクがこぼれ落ち、カラカラと音を立てて床に転がる。

プラスチックが転がるような音が部屋に反響し、沈黙がその場を支配した。


「お前ち◯こでかいな」


それが彼らの一言目であった。





なんやかんやで服をもらい、この場所の説明をされる。

薄暗い部屋を出た先の世界は、先程までの湿った空間が嘘のように華やかであった。

上を見上げれば、青い空ではなく青い海が広がり、周囲を見渡せば様々な施設が立ち並んでいる。


それはどこかの都市のようだった。

ここ十年と少し、すっかり見慣れたはずの光景はそこになく、道行く人々は男ばかりであった。


たまに女性を見かけることもあったが、彼女たちはまるで商品のように笑顔を貼り付け、店に並んでいる。


そして不思議な点がいくつか存在した。


まず天井、どこまでも続くと思われる高さに、青い海が浮いている。

太陽はないにもかかわらず、明るさを感じるこの空間

景色の溶け込む壁はスクリーンのように、景色がうつしだされていた。

そして、確実に人種が違うにも関わらず、言葉が通じること

ここにいる人はほぼ男であること

ノルマさえクリアすればと言われているが、ノルマを出してくる理由は?

優秀な成績を収めたものや、高齢になったものは次のエリアに行けるなど、何がなんだかわからない。


「ノルマをクリアせずに破ったらどうなるんですか」

「故意じゃなければ三回まで許される、故意なら一回で施設の利用が一日できないんだ」

「そうだぞ、だから坊主も酒の飲み過ぎには注意しとけ」

「ガキは飲めねぇだろ」

「そりゃそうだな!ガッハッハッハ!!!」


「坊主はあれか、日本人か」

「よくわかりますね」

「口調が丁寧なのと、よくペコペコするからな!一発でわかるぜ」

「嘘つけグラン、さっきてめぇ韓国人だとかほざいてただろ」

「アレはこいつと対面する前だろうが!ジョン、てめぇも中国人だとか言ってたのは見逃してねぇからな!」


金髪のおっさんがグラン、茶髪のイケオジがジョンである。

二人の話によるノルマとは、適度な運動とちょっとした知識問題のことであるらしく、毎日午後の12時に開始されるようだ。


それさえクリアすればあとは自由

この場所に存在するありとらゆる施設の利用が可能とのこと


その施設とは、ゲームができる場所であったり、風呂であったり漫画やスポーツだってできるとのこと


食事はいつでもOK

寝床は専用の個室があるらしいが、でかいベッドしかなく狭いようだ。


また俺とグランさん達がこうして会話できる原理だが、よくわかっていない。

体になにか埋め込まれたとか、首輪がどうのこうのなんてことはなく、何故か会話できるのだ。


「あと一時間ぐらいでノルマ開始だからな、それまで飯でも食っとくか」

「ご飯って何があるんですか?」

「タブレットから検索すれば好きなもんを好きなだけ食えるぞ」

「海鮮系が俺はおすすめだぜ、ここに来て初めて寿司を食ったが、アレは最高に美味いな!!!」

「寿司もあるんですか」

「坊主はくい飽きてたか!そりゃそうだな」

「バカ言えグラン!故郷の味ってもんがあるだろ」

「俺の実家のアップルパイも食えそうだな!」

「てめぇの故郷の味なんてコーラとピザしかないだろ」

「お、よくわかってんじゃねぇか」


二人のアメリカンジョークというか、そんなのりがなんだか新鮮に感じられた。


「お、大事な事言い忘れてたぜ。お前もうヤッたか?」

「え……」

「ヤッたかと言えばアレしかねぇだろ、抱いたかって話だ」

「まあ興味はありますけど、抱いたかと言われたら微妙です」


毎回一往復もできずに気絶してしまうパートナーとの行為を、アレと言うのなら俺は卒業済みである。


「なんだ若いのに元気じゃねぇか」

「地上じゃ女なんて恐怖の対象でしかないからな、それで接点がある時点で素質あるぜお前」


バシバシと肩を叩くグランさんの手が結構痛い


「ここでムラついたらあそこに行け」


そうして指さされた場所は、明らかにェッな雰囲気がある看板が下げられた建物だった。


「あそこで好きな女の好みを注文すりゃあすぐに相手してくれるぜ。気に入ったらそのまま連れ帰ってもいいが、二度と他の女は抱けねぇからおすすめできねぇぜ」

「あそこの女は俺達に危害を加えてこねぇから安心だ、張り切って行って来い」

「いや、俺はやめときます。まだそんな気分じゃないんで」

「お、そうか?じゃあ飯だな」


そうして二人に連れられた場所は、広い飲食店のような場所だった。

不思議なことに店員は誰もいない、各座席にぽつんとタブレッドが置かれているだけである。


木造の机や柔らかそうはイスなどもすべて違和感がなく、地上よりも質がよさそうだ。

誘導されるがまま席に着き、タブレットを渡される。


「好きなの頼め、無料だからな」


こういうのはいざ無料だと言われても、なかなか手が出せないものである。

ナニカ裏があるのか、本当に無料なのかなど、疑念が絶えない。


「こっちに来たばかりの奴はみんな同じ反応だ、俺も最初はびくびくしてたぜ」

「しょんべん漏らすなよ汚ねぇな」

「漏らしとらんわ!」


その後、うんうん悩む俺にしびれを切らしたグランが、先に注文するぞとタブレットを要求してきたので、様子見を兼ねて渡す。

彼は何の躊躇もなくタブレットを操作し、注文をしてしまった。


すると机の中央がぱっくりと開き、そこからホカホカのポテトとハンバーガーが出てきた。


「うひょ~!やっぱこれだぜ!」

「栄養バランスを考えろよグラン」

「そういうお前こそケンタッキー頼んでたじゃねぇか」


特大サイズのハンバーガーにかぶりつくグランは、満足そうな顔でバーガーを食べていた。

しかし、本当に不思議だ。

机の中心から食事が出てきたわけだが、今俺の目の前にある机の中央には切れ目もつなぎ目も見当たらない。


そんな場所から、注文した数秒後にはあのサイズのバーガーが飛び出てくるのだ。まるで魔法のようだと形容できるほどである。


「マジでどこなんだココ」

「そりゃぁ……海の底?」

「俺もよくわからん」


俺は本当に不思議な場所に来てしまったようだ。

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