第36話 鍵と希望

瓦礫が弾け、細かな弾丸となって周囲に散らばった。

刃物のように尖った触手が振るわれるごとに、獣医が更地に変わっていく。


ベノムと対峙しているシロは現在、苦戦を強いられていた。

まず手数、コレが多い

リーチも圧倒的に負けており、唯一互角なのはスピードだけだ。

力ではまだ競り負ける。

タイミングによって押し勝てる場面もあるが、それは純粋な力による物では無い。


戦闘が長引くほどシロは追い詰められていく。魔法の効果が弱まってしまうこと、そして彼女の集中力の問題だ。


いくら彼女が怒っているとしても、怒るのにも大きなエネルギーが必要なのだ。

人間は常に100%怒っていることはできない。

感情の消費に、供給が間に合っていないのだ。


さらに、長期間の戦闘で、シロは常に全神経を尖らせている。一歩間違えれば身体の重要器官がやられてしまう状況下、緊迫した空気が彼女を追い詰めていた。


集中が削がれればかすり傷が増え

回復に回すエネルギーが増えれば、感情の消費も増えていく。


スピードが互角であっても、手数は圧倒的に負けている。そうなれば必然的にシロが押されていくのだ。


最小限の動きで避けなければ間に合わない攻防で、その最善を見つけられなくなってゆく。


今も右肩に切り傷が増えた。

顔を顰めるシロは、何か手がないのかと必死に考える。


鍵は魔法

それさえ見つけられれば、この状況を打破できるはずなのだ。


しかし、ベノムはそんな暇さえ与えてはくれないようで、シロの隙に鋭い一撃を刺してくる。


シロに突き刺さった触手はそのままシロを持ち上げ、大きく振りかぶって彼女を吹き飛ばす。


「ごふッぁ⁈」


口から溢れる血

右の肺と肝臓がやられた


ヒューヒューとおかしな呼吸音が周囲に響く。誰もいないこの場所に…


急いで回復に力を回す

感情を燃やして得ていた力が急速に消費されていく感覚がしたかと思えば、刺すような痛みが引いていった。


「シロちゃん、そんなんじゃダメだよ。全然魔法がわかってないね」

「……なんでここに」


口に付着した血を拭いながら、シロは立ち上がった。

上空に浮かぶのは見るからに魔女のような服装をした女


「女王の命令を無視して、来ちゃった♪」

「命令?ここは捨てられたの?」

「ここって言うか、この県?」

「なぜ……」

「あの化け物だよ、原因は」


青いベノムを指差しながら、魔女は言う


「アレがいるからこの県は捨てられた。世界じゃワールドイーターなんて言われている化け物だ」


苦虫を噛み潰したような顔で言葉を吐き捨てる魔女


「あと話変わるんだけど、浜辺君はどうしたの」

「……っ、死んだ」

「いいや、彼は死んでないね。僕の魔法がまだつながっている」

「ならどこにいるの?」


少し口調が荒くなったシロは、魔女に迫った。


「青いベノム、あれから反応がある。僕の感覚がそう言っている」


そういった魔女だが、シロからすれば訳が分からない。

あのベノムのどこにユウがとらわれている?

変幻自在に姿を変えて追い詰めてきた個体だ、まず液体金属の中にはいるはずがない。そうなってくると、どこにいるというのか……


「あの核だね、どういう原理かわからないけど、あそこにいる」


目を細めた魔女が青いベノムを見つめていた。

まるで遠くを覗くように、手を丸くして覗いていた。


「アインシュタインは娘への手紙に、愛は光速の二乗であると記している。かなりはしょったけどだいたいそんな感じだよ。君の心は、前向きな感情と後ろ向きの感情、どっちが強いんだろうね」


その言葉を残して、魔女はベノムへと駆けていった。


「前向きな……感情」


不足していたピースがはまった気がした。

シロは自分の胸に手をあて、目をつむって魔法を見つめる。

自分の中に渦巻く感情

焦り、不安、怒り、恐怖、負の感情が多く渦巻いていた。

しかし、その中にも、暗く曇った心に輝く光があった。

橙色の安堵…ユウが生きていた

黄色の希望…まだ間に合う

水色の勇気…ここで奮い立て

そして……まだ未熟な恋の色


燃える


ユウが生きている、魔女がいる、みんながいる

そのすべてがシロに勇気の感情を与えていた。


勇気の感情を火にくべる

消費されるはずの感情が、火柱を上げるように膨れ上がっていく


熱を持ったその感情は、シロに一歩を踏み出させた。


感情を力に変える魔法

物語の勇者が持つ、逆転の魔法


ご都合主義?奇跡?覚醒?

どれも違う


この魔法は、小さな勇気を力に変えて

希望の光を広げる魔法


偶然を必然に挿げ替える

そんな無茶苦茶な魔法だ。


白銀に輝く髪が、曇り空の下でも虹色の色彩を放ちだす。

瞳に宿るその意志は、どこまでも真っすぐだ。


具現化される武器

ソレは何処までもしっくりくる大きな斧


走る

触手と鞭が吹き荒れる地獄へと


初撃

大きく振りかぶった愚直な一撃

握りしめる拳には十分な力がこもっている。


大地が割れるほど、全力で踏み込んで


「やぁッ!!!」


直後

鳴り響く轟音、金属が弾ける断末魔

世界が割れた


火災による曇り空が、両断される。

突き刺さった大地がひび割れ、硬く堅牢なベノムの体は斜めに割れていた。


太陽の光が差し込み

苦しむベノムが良く見えた。


「お、おぉ……やるじゃん」


ドン引きの魔女、結構引きつった表情をしている。


「トドメ」


そうして振り上げた斧

しかし…


「離れるよ」


そんな声が聞こえたかと思えば、シロに巻き付いた鞭が彼女を引っ張り後方へ投げ飛ばす。

大きく離れた二人はスラスターを使って綺麗に着地した。

警戒する魔女とは対照的に、シロは若干不満げである。


「なんで」

「まぁいいから警戒してて」


そういわれて視線を向けると、青いベノムの様子がおかしいことに気付く。


定期的にうねうねと振動するベノムの核

そのうねりは時間と共に激しく、大きくなっていった。化


「アレが厄介な最終フェーズ、怪獣化だよ」


膨張する核は、やがて青いベノムのすべてを飲み込むほどだ。

今ではすべてが赤い核となっており、周囲から無数の液体金属が集まり始めた。


「今攻撃すれば……」

「ダメだよ、それで昔何人か死んだ。あの核はベノムの金属を引き寄せるんだ、内臓が引きずり出されるよ」


ベノムマギアの核、それも素材はベノム

加工されてはいるが、特殊なベノムの金属にはかわりない

スーツもそうだし、戦闘で使われるあらゆる金属は、ベノムの液体金属を製錬した物から生成されている。


近づけば周囲から集まるベノムの死体のように、核を吸い寄せられて大変なことになるだろう。


「それじゃあ近づけない」

「だから困ってるんだよ僕らは…」


やがて街中のベノムを集めたのかと錯覚するほど大きな青いベノムが完成した。

大きさはそのまま強さとは言えたもので、その質量はとてつもない圧力を放っていた。


「東京タワーといい勝負じゃない?」

「ちょっと、骨が折れそう」


伸びる巨大な触手

速度は小さい時と変わらず素早い

力は重さと速さに、攻撃の威力は数十倍どころではないだろう。


そんな巨体から無数の触手が伸びる。

一本一本がトラックより太く大きい。

そんな触手が薙ぎ払われた箇所には突風が吹き荒れ、周囲の物が吹き飛んでいった。

数百を超える触手が一斉に大地に刺さり、シロと魔女を殺しにかかってくる。


ただの触手攻撃ですら面攻撃となってしまった状態で、さらに面攻撃をする時点でヤバさは伝わってくると思う。


受けるという選択肢は完全に消失し、避けることが大前提の戦いが始まった。

もしこの触手を受け止めようものなら、そいつはぺしゃんこに潰されて、地面のシミになっていたことだろう。


スラスターなどを駆使しながら攻撃の隙間を全力で回避する二人だったが、いかんせん速いし多いしデカい。


避けるのでギリギリである。


「感覚強化の魔法、使うよ!!!」


はっきりとした声でシロにそう警告する魔女

シロはよくわからない魔法が使われると聞き、その声にとりあえず返事をしておいた。よくわからないけど強くなればいいやの精神である。


「了解」


その瞬間五感が急激に引き上げられる。

世界が開いたような感覚が駆け巡り、迫る触手がゆっくりに見えた。


「コレがバフ全開の僕さ、そして他に干渉する魔法は君が習得すべき第二の魔法!!!」


器用に鞭を使って触手を砕く魔女が、シロに発破をかけるように言った。


「魔女の魔法は自分にだけ作用するものじゃない、他に干渉してこそ魔法!君の魔法を御せ、そして知覚しろ!」


巨大な敵

対するは小さなベノムマギア


巨大ロボなんて存在しない、生身の怪獣退治が始まろうとしていた。

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