鬱ろひ

双葉紫明

第1話

空と雲と土と木と山と街と海と川と雨と風

そうして人と魚と鳥と虫と動物



蜻蛉が浮かび、虻が逃げる

ひと雨降れば虻が勝ち

炎天下なら蜻蛉が強ひだらう

引き分けねんだろ

どつちも負けろ


さうだ、雲

雲が重たひ

ふわふわと綿菓子みたひで

けれどもこの暑さにとろけて液体や固体になつて

降つてきやしなひか?


夜も蒸して、窓を開けて走ればどこかしか煙臭い

夏休みの田舎

山の中、山に囲まれたまち

行つたり来たりはしばらくお休み


離れ離れになる家族

最後の晩餐、二度続け

めいめい帰へる子供たち

娘ふたりと残る母

変な動きをした

それを見た父は思ふ

どつかで見た世界、それが一晩め


二晩めに、やはり子供たちが帰つた後、母とふたり

あ、思ひ出したぞ

無課金でサアビスを得る為に見る

スマアトフォンの動画広告

億万長者みたひなクルウザアの洋上に浮かんだそのデツキに、男女

ドレスを着て、片手にシャンパン

あの女の動きと同じだ


父は反省した

笑つていなければ愛さないのか?

変な顔も、滑稽なダンスも

いちばん嫌ひな苦虫を噛み潰したやうな、あの暗い顔も、全部を愛さなかつた

それが間違ひだつたと


たしか、近くのひまわりが植へてあるあたりに、自然いきいきさわやかロードサイド、違つているかもしれなひが、とか書いてある

だが、植えたひまわりは自然ではなひ

自然の道端には刈れども枯らせど伸びる草のその影に、可憐な花が身を潜めている

さわやかに、ドライブしながら見つけられるものではなひ

汗だくに歩ひて、やつと見つかるものだ

自然の美しさは、ヒトの都合に配慮しなひ


そんな考へを持ちながら、彼は妻を道端に植へて、誇りたかつたのだらうか?

その優美を

さうぢやない、さうぢやない

やつと、わかつた


それがわかればうまく行くよ

さう思つたところで何もうまくは行かない

小銭まで総動員

それでも、それを払つて了へば一文無し

万策尽きた

深夜のアルバイト

あの隣村の店、特売らしい

寝不足から少し車で眠り、山を上がり帰る


牛乳配達

アルバイト先の社員だから、上司になるのだらうか?

彼は穏やかな善いひとだ

違ふかもしれないけど、さう思つて居る

彼の休日出勤を無くす為に、アルバイトを一日無理する事にした

そんな彼とすれ違ふ

満面の笑顔

良かつた


店に来客があるかもしれなかつた

朝、問い合わせの電話があつた

じびえが食べたひんださうだ

ご予約がないと仕入れていないと応答すると、また行くなら電話すると

無理して鹿肉を少し買つた

明日の支払いが絶望的になつた

しかし、来てくれたら金が増える


大根を求め、隣村の特売の店へ

アルバイト先の別の人が居た

解体ショー用のマグロに付いて来たやうだ

手を振る

このひとも穏やかな、善いひとに思へる

配達先の老夫婦から、胡瓜とトマトをいただく

良いもんじや、ないんだに

何を

いちばんのごちそう


すつかり午後になつて了つた

もう、朝の電話の客は来なひだらう

まあ、良ひ

それより明日の支払いの金をかき集めなきや

一円玉、どのくらいあつたかな?

今日代金の振り込みをしてくれる約束を思ひ出し、ATMに行くと、その十倍以上の額

また、友人に縋つていた

これで最後だと

これが最後だと

あさましく、闇を抜けられなひ

しかし、助かつた

一命は取り留めた


ツリガネニンジンの花が咲き始めていた

季節は夏から秋へと移ろふ

あのひまわり、今見頃だ

盆休みまで数日

人で溢れかえる頃には、枯れて俯いてないだらうか


ヒトが植えた花だつて、ヒトの都合通りには行かなひ

それでも人々は、いわゆる都合でこの村を訪れ、しよんぼりしたひまわりを眺め、楽しむ

そして、やはり都合でこの地を忘れる

それで良いのかも知れなひ

みんな、それに合せて生活している


雨が止むとすぐに照り、蝉がうるさひ

彼らは、いったい何匹が騒いでいるのだらうか?

少し前、タレントが死んだ時、テレビで学者かなにかが、ノイジイマイノリテイに惑わされるな、サイレントマジヨリテイはあなたを悪くは思つていません、と言つていた

けれど、顔は顰めてるかもしれなひよね

だつて、死んだ彼こそ生前はノイジイマイノリテイだつたんだから


こんな不憫な身分になつて尚、インタアネツト上で心無い中傷を浴びる

嫌なら見るな、が、何故通じないのか

朝顔の観察日記でも付けた方が有意義なのではないだらうか

だうして、壱銭の得にもならないネガティブキヤンぺインをするのだらう

わからない

それで僕を追い込んで、自殺でもしたら嬉しいのだらうか

僕を好きな誰かが悲しむのも、うれしひのだらうか

そんな思慮もなく、いくつもの名前を使つてノイジイマジヨリテイを演出したいのだらうか

不遇を極め、鬱になつた僕ですら、誰かの不幸を喜びはしなひ

僕を攻撃してくる人の不幸、それ自体が不幸だと思ひ、苦しひ


さうじや、ないのかな?


季節ははつきりしなひまま、いつの間にかはつきりと変わる

僕は、物心ついたその日から、ずつと鬱々としたなか過し、最近は白痴的になる一方だ


愛するひとに聞く

今日のパンツは、何色ですか?


昨日から返事がないんだ

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鬱ろひ 双葉紫明 @futabasimei

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