泣いて、笑って、また明日

夢野 翼

第1話 乗り越えられる試練?

「神様は、乗り越えられる試練しか与えない」と聞くが、神様の勘違いということはあり得ないのだろうか。


何となく居心地が良い、そんな生活を送っていた。

気持ちにゆとりがあるので、ホスピスのボランティアまで手を広げて、人生、何となく豊かな気分になっていた。

そんな時に、神様がよりによって何で私に白羽の矢を立てて「里親になれ」などと仰るのだろうか。


思えばアメリカに来るきっかけだって、自分の意志と反したものだった。

不毛の地で実をならせ、と言われるようなものだったが、七転び八起きと「石の上にも三年」の根性でどうにかこうにか、土壌をならしてきたと言えた。

やっと土壌が出来て、「さぁ、これからゆっくり楽しんでいこうか」などと思っていた矢先、人生の突風が吹き、またしても自分の意志と反して、里親になる方向へと押し流されつつあった。

「メイド・イン・ジャパン」と自称し、子供もいない私が里親なんぞ出来るだろうか、出来るわけがない。友人から里親の話を持ち掛けられた時、一笑に払拭した。

ところが笑い飛ばしたネタが何度も何度も、異口同音で押し寄せてくるのだ。

神様というのはよほど強固な意志の持ち主なのだろう。

とうとう白旗を出した。

「分かった、分かった。里親やってみるわ、でも3ヶ月だけよ。絶対に音を上げて辞めるから、みててよ」


それから半年かけて里親になるためのトレーニングを受けた。

初日はきっとオムツの換え方からだろう、などと思っていたが、予想外れどころか、思わぬ展開に息をのんだ。「自殺志向の子と他殺志向の子」というテーマなのだ。

命張って里親するだけの覚悟はまったく出来ていなかったが、それ以上に、そんな子供がいることに驚きと悲嘆を覚えた。

トレーニングの内容は親になるためのものではなく、実の親から見捨てられたり、言葉や行動の暴力を受けてトラウマを受けている里子達の心に、どう耳を傾けて、心を寄り添わせるか、というものばかりだった。

想像とはまったく違う世界に戸惑いを覚えつつ、子供好きの私には、まだ会ってもいない子供達に、少しでも耳を傾けたい、心を寄り添わせたい、と思うようになっていた。

ようやく里親の許可証が出た。ところが許可証のタイトルに見慣れない文字が引っ付いていた。「強度トラウマ集中対応」、とどのつまりが、里子の中でも人一倍多くのトラウマを背負い、普通の里親家庭に馴染めないような、世間的に「問題児」とレッテルを貼られるような子供を対象にした許可証なのだ。

神様がいたずらそうに舌を出して「しめしめ」と笑っているのが見える気がした。

「石の上に三年」は勘弁ねがいたいので、ともかく三か月だけやってみよう、と覚悟を決めた。


そして、ある12月の初めに10歳の男の子、クリスが我が家に来た。

扉を開けるとソーシャルワーカーに連れられて、年齢よりは小柄なクリスがちょこんと立っているのを見た時、初めて現実を感じた。里親というのは人の命を預かるのだ、と。

何をいまさら、と思うかもしれないが、頭でわかっているのと、実際に顔を合わせるのは雲泥の差だ。最初に思ったのはグッピー。グッピーは与えたら与えただけの餌を食べ続け、破裂する、と聞いた。この子が何を好んで、どれだけ食べるのか、まったく見当もつかないという現実にパニックになった。

過去6年間里子として、いくつかの里親家庭を転々としてきたという。事実、前の家では上手くいかず、里親に追い出される形で我が家に来ることになったという。小柄で可愛らしい顔つきのクリスからは想像が出来なかった。

「このことだったら、何となくやっていけるかな」、などと甘い期待をもってしまったのは、初心者マークならではの危険信号だ。

グッピーのように多くの悲痛を食べさせ続けられてきたクリスは、すでに心が破裂せんばかりになっていたと分かるのは、まだまだ先のことだった。


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