第2話 俺の幼馴染が俺の部屋をラブホ代わりに使っていた件について(後)


 うちの家と岡島の家の合計8名が向かい合わせに座る異様な雰囲気に、流石に岡島の両親は何かを感じたのか、怪訝そうな顔をしている。

 このみちゃんも、俺の家族が笑顔の裏でひた隠しにしている剣呑な雰囲気を察してか緊張していた。


「まーくん、今日はどうしたの??」


 そしてこの場でなのみだけが気づいていない。俺の幼馴染はこんなにも愚かだったのか……終わってるなぁ、その間抜けな笑顔をフッ飛ばしてやるよ。


「今日はお集まりいただきありがとうございます。まず単刀直入に言いますが、おたくのなのみさんの当家への不法侵入、および窃盗について被害届を提出しました」


 静かに語る父さんの言葉に、岡島の家の3人はポカーンとしていた。その瞬間、思い当る事のあるなのみだけがハッとした表情にかわり、そして俺に視線を動かしてきたので俺は怒りを隠さず憤怒の表情でなのみを睨み返す……視線だけでこのクソビッチを焼き尽せたらという思いを込めて。

 だが生憎俺はインドの大英雄でもなければゴーグルをつけたアメコミヒーローでもないのでこのビッチを目からビーム出して焼き殺すことはできないが、その俺の態度でなのみは自分のしていた行為が俺にバレていると理解したようだ。さっきまでの能天気な態度が消え失せて絶望の表情にかわったその瞬間、俺じゃなきゃ見逃しちゃううね。ねぇ、今どんな気持ち?どんな気持ちだ?


「な、なにを?!突然何を言っているんだ!」


 なのみの父親が動揺半分激昂半分で叫ぶが、うちの親父はどこ吹く風。


「最初に言っておきます。当方には犯行に関わる映像の録画があります。証拠はすでに警察に提出済みです。そして―――」


 親父が言葉を途中で遮ると、リビングのドアが開かれてスーツをきた男の人が入ってきた。長身で、真ん中で前髪を分けたイケメンになのみとその母親は思わず見惚れているが、このみちゃんだけは姉が犯罪を犯したというショックに俯いていた。


「始めまして、私は今回の件を担当させていただきます弁護士の北岡と申します。―――私、社長とは普段から懇意にさせていただいていまして。今回の件に関しては全力で取り組ませていただきますよ」


 にこやかに自己紹介するその人は、TVでも見たことがある凄腕弁護士の先生。コメンテーターとしてもTVにも呼ばれているのを何度も見たことがある人で、うちの父親はそれなりの規模の社長だが、まさか凄腕の弁護士さんと親しいとは今日まで知らなかった。親父が今日のために親父が手配してくれていたのだ。


「今回の件では、そちらの娘さんが同じ高校の上級生と2人で社長のお宅に不法侵入し、あまつさえ彼の部屋で不純な行為に及んでいること、そして窃盗を教唆し、2人で窃盗を働いている証拠がこちらにあります。―――おっと、ショッキングな映像なのでご覧になるのはあまりオススメしませんよ」


 そういって、余裕綽々という態度で岡島の家に伝える弁護士さん。俺のような凡人にはわからないが、恐らくこの先生の中ではもう裁判になって勝つまでの段取りが出来ているのだろう。ドブネズミを前にしたライオン、いや鋼の猛牛位に圧倒的な差を感じる。


「う、うそよそんなのっ!嘘よ嘘うそっ!!ねぇパパ騙されないで!!まーくんもいきなり急に何を言うの酷いよ!?私、そんな事言われて傷ついたよ???!」


 なのみが立ち上がり、金切声で叫び大仰な身振り手振りで被害者アピールをしながら哀しみを訴えている。バカだな、今はもうそう言うお気持ち表明の段階じゃないのに。


「そ、そうだ!!その証拠とやらもどうせでっちあげだろう!!うちのなのみがそんな事をするはずがない!こんなことをして一体何のつもりだ?!まさかうちにたかるつもりじゃ―――」


「黙れこの凡愚が!!!!」


 なのみの言葉に続いて声を上げるなのみの父親の言葉を、親父の怒声がぶった切った。


「ぼ、凡愚ぅ?!」


 親父の一喝と勢いに、岡島パッパが狼狽しているが、親父はそんな事気にしない。親父が本気で怒ると凡愚とか連呼しだすからこれマジギレしてるわ。


「いいか岡島悟39歳、良く聞け。重ねて言うがこちらには証拠がそろっている。完璧に、完全にだ。

 今回の件ははした金が欲しくてやってるんじゃない、けじめの問題だ。

 そもそも単純な金銭の話でいったら弁護士費用含めてうちは大赤字だが、これはそういう問題じゃない。

 うちの息子の心を殺したその落とし前をつけてもらうという話なんだよ。当たり前の落とし前、わかるか凡愚?

 ―――越えちゃならない一線を超えたんだよ。お前の娘はな」


 親父ィ!のドスの利いた声と睨みに、岡島父が震えながら動きを止めている。うわぁ~岡島父(本名岡島悟39歳)情けないなぁ!親父の格の勝負ならうちの完勝じゃん。


「ち、違う、私、そんな事してない、なのみん悪い事なんてないもん―――」


 それでもなのみが往生際悪くもごもご言っていたので、俺は心を無にしてリモコンのスイッチをいれた。


『やべーな、なのみん!人の家でヤルのってサイコーゥだぜ!』


『はぁっ、はあっ、でしょ??どうせまーくんは私に手を出してこない情け無いやつなんだから、私を盗られたって自業自得よっ!あーっ、彼氏の部屋で浮気するのって最高!!』


 獣のような荒い呼吸と共に睦言を言い合う男女の声。紛れもないなのみと、林間の声だ。


 映像は流石に見せられないので音声だけだが、映画好きの母さんが拘ったリビングの音響システムから響く声はとってもクリアで鮮明だ。だが、ぱんぱんと何かがぶつかり合う音と共に垂れ流されるなのみと男―――林間だが、それらが何をしながら発せられている言葉なのは言わなくてもわかる。


「な、なによこれぇ……」


 なのみの母親が呆然としながら呟いているが、一瞬遅れてなのみが目を見開いて悲鳴を上げる。


「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?いやァァァァァァァァァ!!!!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!ちがうちがうちがう、止めてっ!とめなさいよぉぉぉぉっ!これは合成よぉぉっ!!AIよぉぉぉぉぉっ!!」


 半狂乱になりながら叫び散らしているが俺は完全に無視。ただ、話し合いの拉致があかないのでリモコンを操作して、痴態ボイスドラマを停止してやる。

 しかし言うに事欠いてAI生成はもう変な笑いが出そうになるが今は我慢。いくらAIが便利だからって何でもできるわけじゃないんだよ。


「―――これはうちの息子の部屋でおたくの娘と林間とかいう上級生が行為に及んでいる所の抜粋ですよ」


 第一撃で完膚なきまでの証拠を叩きつけられて、岡島パッパとマッマがフリーズしていて、このみちゃんは虚な目でなのみを睨んでいる。やはり初撃で致命傷を与えるのは有効だなぁ!


「これは、これは違うの……わたしこんなことしてなくて、その、これは……」


「諦めろ、今更言い逃れできるような状況じゃない」


そう言いながらリモコンを再度操作する。


『うわっ、そんな所にカギがあるのかよ』


『うん。予備鍵の隠し場所はまーくんがとりだしてるのを見て覚えてるし、暗証番号も盗み見したから私なら入れるよ』


『悪い女だなお前、彼氏の家をラブホ代わりかよ』


『どうせバレないわよ、まーくんの両親はどうせ共働きでいないし、まーくんは今日帰り遅いみたいだし、ここなら無料で使えていっぱい気持ちいーことできるから!なのみん天才でしょ!』


「―――これは勝手にこちらの家に入っていた時の証拠映像から抜粋した音声ですね。お嬢さんが天才かどうかはさておきますが、今聞いていただいたこの録音―――証拠としては映像で保管されていますが、完全に不法侵入なのがお分かりいただけると思いますが?」


 俺の操作で再び流れた痴態ボイスドラマに合わせて弁護士先生が補足してくれるが、この先生スーパー弁護士だけあって臨機応変にあわせてくれるのでとても有能。そして岡島両親の顔面は真っ青である。だがまだだ、まだ終わらんよ!ここでさらにダメ押しにリモコンを操作、ポチッとな。


『ふうっ、人の部屋で彼女をハメるのって盛り上がるなぁ。……あっこいつ“圧しの子”揃ってるじゃん!!俺未だ最新刊買ってないんだよなしかも出たばかりのアーマードボアの新作もあるぞ』


『持ってっちゃえ持ってっちゃえ、どうせまーくんバカだから気づかないって!』


『それもそうか、彼女寝取られて気づかないような雑魚だもんな!!折角だから俺はこの限定版をパクるぜ。クリアしたら売ってデート代にしよう』


『ずるい、私にも何か買ってよ~』


 あまりにゲスい発言に岡島両親の顔は青色を越して土気色にでもなりそうな様子で顔中汗だくである。岡島父も何も擁護できる点がない事にダンマリ、むしろこの場で娘を擁護すれば自分側が不利になるだけであることをようやく理解したようだ。

 100%中の2000%ぐらいアウトなのである。


「こ、これは犯罪よ!!盗撮!盗撮じゃない!!犯罪だわ!!!訴えてやるんだから、そうでしょうパパ!?!?」


 なのみだけが慌てた様子であれこれ言っているが、それに答える声はこの場に誰もない。妹のこのみちゃんは『この馬鹿何言ってるんだ正気かよ死ねよ』とでもいわんばかりに姉を凝視している。


「盗撮?いいえ、これは“監視”ですよ。ここは社長の家で、防犯のために備え付けられた防犯カメラの映像ですのでこれは盗撮ではありません。これはそれに保存されていた犯罪行為の記録―――犯罪というのは貴女の行動の方をいうんですよ、岡島なのみさん」


 弁護士先生の言葉に、なのみがぐぬぬと歯噛みする。


「……もう、勘弁してくれ。私たちにいったいどうしろというのだ」


 この十数分で随分と老け込んだ様子の岡島父があっさりと白旗をあげたが、流石に大人だけあって判断が早い。岡島母はもう言葉を出すこともできないようで呆然と虚空を見上げており、このみちゃんはさっきからずっと姉をゴミでも見るような目で睨み続けている。


「―――まず、不法侵入と窃盗行為については既に警察に届け出済みですのでいずれしかるべき処置がなされるでしょう。

 後は、行為に使われた坊ちゃんの部屋のベッドの交換や家のクリーニングの費用、そして坊ちゃんの受けた精神的苦痛に関しても含めて―――そちらは私が担当させていただきますので、民事で争う事になるでしょうね」


 弁護士先生の口上は説明というよりも死刑宣告とでもいうべき様子。この一家は、敏腕弁護士先生とやり合わなければいけない。まず弁護してもらえる弁護士を探すところから始めることになるのだろうけど。


「ま、ままま、待ってくれ!それはなのみん……なのみが逮捕されるという事か?!」


「警察が判断すればそうなるでしょうね」


 岡島父の言葉に弁護士先生が答えるが、その答えに岡島父が慌てふためき声を裏返らせながら喚きだす。


「ま、待ってくれ!!それだけは、それだけはどうか!!お金なら払う!!示談に、示談にしれてくれないかっ!!」


「残念ながら岡島社長も、そのご家族も示談は受けないとの事です。警察の方がどうなるかはさておき、裁判所でお会いしましょう。おって詳しい内容や書状は郵送させていただきますよ」


 この様子だと内容証明を家じゃなく岡島父の職場の方に送りそう。……送るんだろうなぁ。こうやって集まって話をするのも俺のわがままだし裁判に挑む順序的にはおかしいのかもしれないけど、この弁護士さんからしたら些細な誤差なんだろうね。態度が完全に勝利を確信してるもん。


「そんなっ?!まーくんひどい!!私が浮気したのだって、もとはと言えばまーくんが悪いんじゃない!!それがなんで警察や弁護士なんて出てくるのよぉ!!」


 パニックで頭が働いていないのか、なのみだけが見当違いにアホみたいな感情論で俺に怒りをぶつけて来た……なんだこいつ。頭おかしいのか?ラリってるのか?なのみ大丈夫??正気してる??


「私に浮気されて悔しいからこんなことしたんでしょ?!最低!!いつまでたってもキス以上の事もしない意気地なしなのが悪いんじゃない!!自分が腑抜けなのをが悪いのに……まーくんって最低のクズね!!」


 自分の行動を棚に上げて逆切れして喚き散らすなのみん(笑)もといなのみと、娘のあまりのバカさと物言いにフリーズする岡島両親、そして唖然とするこのみちゃん。地獄絵図かな?俺がキス止まりだったのもお前の父親に止められていたのはお前だって知ってるだろ?バカかよ……ってバカだわ。もうツッコミどころしかない。


「そうか、まぁなんでもいい。お前とは別れる……っていうか別れていたんだよな、林間と付き合ってるんだし。で、後は縁が切れたら自分の行動の落とし前をつけてくれ。看守さんによろしくな」


 頭を抱えつつ溜息と共に返すと、なのみが顔を真っ赤にしながら天に向かって吠えた。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁっ!別れるなんていやぁぁぁぁぁぁぁっ!!私が好きなのはまーくんだけなのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!違うのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!ギャオオオオオオオオオォォォン!!!」


 ………ハァッ??何言ってるのこいつ。

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