第68話 くつろぎ魔族

 【霧蝕の古戦域】にて、見事にアヴァルスのテイムを果たしてから数日後。

 特にトラブルに見舞われることもなく、俺はアルビオン領へと帰ってきていた。


 とはいえ、そのまま屋敷に戻るわけにはいかない。

 名目上は『アルストの森』調査のための期間だったからだ。

 まずは、一緒に森へ向かったリーベと合流する必要がある。


「……あっちか」


 『アルストの森』へやってきた俺は、経路パスを通じてリーベの位置を探り、現地に向かって行く。

 一週間近い滞在によって、やつれ切った姿にでもなっているだろうか。


 そう考えていた俺の視界に飛び込んできたのは、驚くべき光景だった。



「……何だ、これは」



 辿り着く深層の一画は、以前までとは全く異なる様相をしていた。

 生い茂った草花は綺麗に刈り取られ、まるでカーペットのように整えられている。

 続けて、辺りにはテーブル、ベンチ、テントなど多種多様のアウトドア用品が存在していた。


 まるでキャンプ場にでも来たのかと錯覚するような光景。

 そしてその中でも最も異質なのは、その空間の中心にて優雅にくつろいでいる女性――リーベだった。


 リーベはまだ帰って来た俺に気付いていないのか、ベンチで横になりながら器用に菓子を食べている。

 俺はそんな彼女にゆっくりと近づき、頭上から声をかけた。


「何してるんだ、お前」


「っ――ゴホッ、ゴホッ! うそ、敵襲!? 私の警戒網には引っかかっていないはずなのに――」


 咳き込みながらも、慌てた様子で立ち上がるリーベは、俺を見てピタリと動きを止めた。

 かと思えば、崩れ切った服装を整え始め、鮮血のような赤髪を華麗にかきあげる。


「あら、アナタだったの。もう戻ってきていたのね」


 自身のイメージを保とうとでもしているのだろうが、手遅れにも程がある。

 俺は呆れ半分といった様子で彼女に語りかけた。


「いや、今さら取り繕われても……めちゃくちゃ寛いでたな」


「仕方ないでしょう!? 一週間近くこの場所に一人で滞在させられたんだから! ちゃんと任務はやり遂げたんだし、このくらいは許しなさいよ!」


「始めから責めてはないから、別に心配しなくていい」


 不満を隠すことなく騒ぎ始めるリーベ。

 少し癪だが、そんな彼女を見てようやく帰って来た実感がするのも事実だった。


 とまあ、そんなことはともかく。

 特に心配していた訳ではないが、リーベは無事に刺客を追い払ってくれたらしい。

 これで今回、俺が森の外に行っていたという事実がガドにバレることはない。


 などと状況を整理している、元気を失ったリーベはため息をつきながら地面に視線を落としていた。


「はあ。まさか本当に、この森で野宿させられるようなことになるなんて……」 


「ん?」


「何よ、以前にアナタが言っていたのでしょう? この森で一人、孤独に虚しく暮らせって」


「少し語弊のある言い方だが……確かにそんなこともあったな」


 そう言われて思い出す。

 それは俺がリーベをテイムした直後のこと。

 魔物以外には異空間住居が使えないということで、彼女を傍に置く方法に悩んだ俺は、冗談半分で(半分本気とも言う)森に野宿するよう告げたことがあった。


 まあ、最終的には従者としてアルビオン家の屋敷に連れて帰ることにしたため、現実になることはなかったのだが――その辺りの話はひとまず置いておくとして。


 俺は改めて、今のリーベを見て気になったことがあった。


「それにしてもお前、意外と律儀なんだな」


「……何の話?」


「いや。てっきりもう、森からは抜け出しているかと思ってた」


「はあ? アナタが言ったのでしょう、森に異変があるという情報を利用して刺客を追い払えって」


 得心が言っていない様子のリーベに対し、俺は続けて言う。



「いや、刺客による監視の目を逃れるのが本来の目的なんだし、一度でも完全に振り切れたのなら、残り続ける意味は特にないだろ? もし後から、本当に森にいたのかと追及されたとしても、異変の元であるどこかしらを攻略していたとでも説明すればいいし」


「……っ!」



 その手があったのか! と言わんばかりに目を見開くリーベ。

 どうやら、こういう方法があったことに気付いていなかったようだ。

 前々から知っていたことだが、やっぱり抜けている部分があるらしい。


 とはいえ、決してその対応を責めるつもりはない。

 リーベは後悔しているようだが、刺客を追い払い続けてくれたことにも大きな意味が存在するからだ。


 だからこそ俺は、素直に心の内を告げる。


「まあ、感謝はしてる。もし俺たちを探すため深層の散策を続けられたら、が見つかる可能性もあったからな」


「あの場所?」


「ああ」


 俺は頷き、踵を返しながらリーベに向けて言った。



「これからしばらく、この町を離れることになる。その前にと別れの挨拶をしておこう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る