第50話 破壊者の腕輪
「た、倒せたのか? 本当に……?」
討伐後、ゴルドが重たい体を持ち上げ、こちらにゆっくりと歩いてくる。
その顔にはまだ、驚愕の色が浮かんでいた。
俺はそんな彼に、手に持つ大剣を渡す。
「助かったよ、ゴルド。この大剣のおかげで無事にトドメを刺せた」
「感謝してるのはこっちの方だ! ありがとう、アレス! お前のおかげで、仲間たちが助かった……!」
ゴルドが深々と頭を下げる。
その姿からは、彼の直情的な在り方を感じ取ることができた。
数秒後、ゴルドは頭を上げると、やれやれと言った様子で自分の後頭部をかく。
「それにしても散々な目に遭ったぜ。まさか最深部までたどり着く前に、こんな化物とエンカウントするとはな」
その発言を聞き、俺はかねてより気になっていた疑問を尋ねることにした。
「そうだ、ゴルド。そもそもお前たちはどうやってここまでやってきたんだ? ギルドで事前に調べた内容では、途中までの攻略記録しかなかったはずだが……」
「ん? それがな、何とそれ以降のトラップがことごとく解除されてたんだよ! 先に入った誰かが引っかかったんだろうな。いやー、にしてもあれだけ全部引っかかるなんて、間抜けな奴もいたもんだ」
「………………」
それを聞き無言になる俺。
少し離れたところでは、リーベが鬼の形相で耳をピクリとしていた。
「まっ、それを言うなら間抜けなのは俺たちもだけどな。いくらトラップが発動済みだからって、自分たちの実力以上の成果は望むもんじゃない。今回の一件でそれが身に染みたぜ」
……まあ、あれだ、うん。
結果的に誰も犠牲者は出ていないし、本人たちの警戒心を上げることに繋がったのならいいだろう。
冒険者として生きていく以上、一番大切なのは引き際の判断だからな。
「……ん?」
そう自分で自分を納得させている直後だった。
他のダンジョン産モンスターと同じく、デストラクション・ゴーレムの死体がスーッと消滅する。
残されたその場所には、一組の腕輪が落ちていた。
「これは……!」
俺はその腕輪を拾い上げ、歓喜の声を零した。
これはデストラクション・ゴーレムから中確率で入手できるドロップ・アイテム【
武器の装備時、威力が30%上昇するという優秀なアクセサリーだ。
【三叉槍の首飾り】が20%×3パラメータも上昇するのに、こっちは30%だけなのか? と思う者もいるだろうが、これがまた規格外の効果だったりする。
このアクセサリーのとんでもない部分は、本人のステータスだけでなく、武器の性能まで30%追加されるという点。
今後、強力な武器を入手すれば、それがそのまま俺自身の強化にも繋がるわけだ。
まさに怪物的な性能。このダンジョンがゴミギミックでありながら、プレイヤー全員が攻略を余儀なくされた所以だ。
(このアクセサリーは、ゲームでも最後まで使用していたくらいに優秀な報酬! これをこのタイミングで入手できたのは運がよかった……あっ)
ここでふと、俺は大切なことに気付く。
結果的には俺たちが討伐した形とはいえ、元々デストラクション・ゴーレムと戦っていたのはゴルドたち。
攻略報酬は、先行組に優先権があるというのが一般的だ。
「な、なあゴルド、このドロップアイテムについてなんだが……」
なんとか譲ってもらえないか恐る恐る切り出そうとすると、ゴルドは「ハッ!」と活気のある笑い声を上げた。
「なに遠慮してやがる! それは当然お前のもんだ! 俺にとっちゃ仲間を救ってくれたことと、皆で頑張って獲得したこの武器が無事なだけでお釣りが来るくらいなんだからな」
「……そうか。それじゃ、遠慮なく貰っていくぞ」
「おう!」
俺は腕輪を両腕に装着する。
抜群な装着感。ガレルが首飾りを付けた時もそうだが、この世界のアクセサリーは装着者に合わせてサイズが縮小する。
そのため、誰が付けてもピッタリな着け心地となるわけだ。
「うん、これなら違和感なく、これまで通り剣を触れそうだな」
満足感とともにそう呟く。
するとそのタイミングで、ゴルドがどこか遠慮がちに口を開いた。
「そ、それでなんだが……これも聞いていいか? そこにいる魔物は一体何なんだ? さっきの戦いを見ていた限り、お前さんの仲間みたいだが……」
「………………」
やはりそこを突っ込まれるか。
覚悟した上でガレルを呼び出したとはいえ、これは少々面倒なことになった。
正直に全てを話す? ここまでのやり取りで分かった性格的に、ゴルドなら理解してくれる可能性はある。
だが、それを隠し通せるかは話が別。
……少々抜けている性格みたいだし、どこかでボロの出る可能性は高いだろう。
(……仕方ないか)
色々と考えた末、俺はリーベに軽く目配せする。
彼女はコクリと頷いた後、ゴルドのもとに近づいた。
「ちょっと失礼するわね」
「ん? どうした……っ」
リーベの遷移魔力によって、ゴルドの記憶を書き換える。
それなりに衝撃があったのか、ゴルドはそのまま意識を失った。
リーベはちらりとこちらに視線を向ける。
「これでよかったのよね?」
「ああ。俺のテイムを周囲にバラしたくないのはもちろんだが、その情報を持っている奴がいると魔族が知った場合、ゴルドの身にも危険が迫る可能性がある。正直、あまり進んでやりたくはなかったんだが……これが最善のはずだ」
「そうね。私なら絶対に周囲から情報を抜き取るもの」
「………………」
確かにコイツは領都に魔物を放ったり、わざわざガドを洗脳してまで、俺に近づき秘密を探ろうとしてきた。
ここまで徹底的に回りくどい手段を取る魔族は少ないかもしれないが、用心するに越したことはないだろう。
そんなことを考えていると、リーベが「ただ、一つだけ」と付け足す。
「前にも少し説明したけれど、私が記憶を操れるのは直近で起きた事象と、本人にとって重要ではないことだけ。感覚的には成功したと思うけれど……万が一のことは想定しておいた方がいいわ」
「……そうだな」
ゴルドからガレルの情報が消えない可能性も残されている。
リーベはそう言っているのだろう。
俺は「ふぅ」と息を吐いたのち、そばにいるガレルの頭を優しく撫でる。
「まあ、その時はその時だ。なあ、ガレル?」
「バウッ!」
力強く答えてくれるガレル。
その後、いつまでもこの場に留まるわけにはいかないということで、俺たちは気絶したゴルドたちを(リーベの鎖で)連れて【欺瞞の神殿】を後にするのだった。
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