第44話 三叉槍の獣

 【欺瞞の神殿】の攻略を開始してから一時間足らず。

 俺たちは順調に進み続け、既に半分の地点を突破していた。


 もっとも、その道中では様々なアクシデントが発生したりもしたが――


 俺は視線だけを後ろにやり、疲れ切った様子のリーベの様子を窺う。

 彼女はここまで、狙っているのかと思うほど完璧に、ほとんど全てのトラップに引っかかり続けていた。

 さすがは魔王軍幹部と言うべきか、大してダメージを負っている様子がなかったため放置していたが、ここからは話が別だ。


 俺は「こほん」と一つ咳払いした後、リーベに向かって告げる。


「いいか。この辺りからは、おふざけはなしだ」


「初めからふざけてないわよ!?」


 しかしなぜか、全力で言い返されてしまった。

 彼女の主張は続く。


「というかそもそも、ふざけているのはアナタでしょ!? 何でさっき突然、前に二歩、後ろに三歩、右に二歩動いた後、前に全力疾走しだしたのよ!?」


「それがこの通路の突破方法だからだ」


「意味不明よ……」


 まあ確かに、ギミックを把握していないリーベからすれば不思議な行動に見えたのかもしれない。


(俺はゲームの記憶があるから抵抗なく実行したが……実際に行動だけを抜き出せば不自然極まりないからな)


 これもまたゲームあるあるというやつだろう。

 とどのつまり、気にするだけ無駄というわけだ。


「とりあえず、ここからは俺の行動を真似してついてきてくれ」


「それは構わないけれど……アナタにしてはずいぶんと慎重ね?」


「ああ、この先は油断できないんだ。正解以外のルートを選んだ場合、イレギュラーボスと遭遇する可能性があるからな」


 イレギュラーボス。

 それは通常のダンジョンボスと異なり、ダンジョン内にてランダムに出現する強力なモンスターのことを指す。

 ここ【欺瞞の神殿】においては、進捗率50%以上かつ、不正解のルートを選んだ場合に出現することがある。


 簡潔にそのことを説明するも、リーベはどこか納得のいっていない様子だった。


「ふうん。ここまでのレベルを見るに、イレギュラーボスとは言えたかが知れていると思うのだけれど……私たちでも敵わないような相手なのかしら?」


「いや、ランクだけならせいぜいAランク止まりだ。ただ厄介な特徴があって、俺やお前とは相性がかなり悪くてな。現時点ではまだ戦うつもりはない」


 もっとも、ヤツから入手できるドロップアイテムは非常に強力なため、近いうちに回収しに来るつもりではあるが……それも一か月は先の話だろう。


「前置きはここまでだ。時間も押してる、ペースを上げていくぞ」


 そう告げた後、俺とリーベは早足で攻略を再開する。

 それからさらに30分後、俺たちはとうとう最深部に到着するのだった。




「ここがボス部屋だな」


 俺とリーベの前には現在、巨大な石造りの扉が存在していた。

 この中にダンジョンボスが待ち構えているはずだ。


「じゃあ入るぞ」


「ええ」


 ギギギィ、と。

 観音開きの扉を開け、俺とリーベはボス部屋の中に足を踏み入れていく。


 中には大広間があり、その中心には一体の獣型モンスターが鎮座していた。

 高さは2メートルにも及ぶだろうか。威圧感が強く、その硬質な毛並みは琥珀色に染まっていた。

 そして最大の特徴は、ぐねぐねと空中で動く三本の尻尾。

 その先端は槍のように尖っており、どんな岩石であろうと貫いてしまわんばかりの鋭さを有している。


 ヤツの名前は三叉獣トライデントテイル

 ここ【欺瞞の神殿】のダンジョンボスであり、槍としても使用可能な三本の尻尾を持つAランク下位指定のモンスターだ。


 ゲーム時代の記憶を遡りながら分析していると、不意にズシンと鈍い音が響く。

 背後を見ると、なんと巨大な扉がひとりでに閉じていた。

 ボス戦からは逃げられないというゲーム上の仕様が、このように反映されているのだろう。


「まあ、問題ない。初めから逃げるつもりはないからな」


 そう呟いた後、俺は改めてトライデントテイルを見据える。


「グルルァァァァァ!」


 トライデントテイルは獰猛な唸り声を上げながら、こちらに鋭い眼光を向ける。

 間合いを図っているのだろうか。俺がそう判断した瞬間だった。


「ガウッ!」


「「――――ッ!」」


 雄叫びとともに、三本の尻尾槍が俺たち目掛けて放たれる。

 反射的に左右に飛び退く俺とリーベ。

 その直後、高速で飛来する三本の尻尾槍は、先ほどまで俺たちが立っていた地面を深く貫いていた。


「……これは、なかなかの破壊力ね」


 リーベが冷や汗を流しながらそう呟く。

 身体能力は優れていない彼女にとって、今の攻撃は十分に肝を冷やすものだったのだろう。

 俺はそんな彼女に向けて告げる。


「おさらいだ。事前に伝えた通り、トライデントテイルの武器はあの三本の尻尾槍だ。攻撃時は尻尾が伸び、最高速度や威力は見ての通り非常に強力。ただし直線的な軌道でしか動かせないため、注意していれば十分に回避は可能――」


「バウッ!」


「――おっと」


 説明中、再び尻尾槍を放ってくるトライデントテイル。

 それを再び躱した後、俺は説明を再開する。


「命中すればAランク上位クラスにもダメージを与えられるだけの硬さと威力を誇る尻尾槍だが、それ以外の部分の耐久力はそう高くない。ただ倒すだけなら、まず回避を優先しつつ、本体に攻撃を仕掛けるのが最善手だ」


「なるほど、そこで私の出番という訳でね。私の技術があれば、この刺突を潜り抜けて魔術を浴びせるくらい簡単だもの」


 自信満々にそう告げるリーベ。

 そんな彼女に対し、俺は追加情報を一つ伝える。



「――というわけで、俺たちはまず、あの三本の尻尾槍を全て斬り落とす!」



「はあ!? 何でよ、今の説明と違うじゃない!」


 納得いかないとばかりに声を上げるリーベ。

 その反応自体はごもっともだが、俺にだって引けない理由がある。


 俺は今回、あるアイテムを入手するためこのダンジョンに挑戦した。

 それをトライデントテイルからドロップさせるためには、全ての尻尾槍を斬り落とす――つまり部位破壊が必須なのだ。


 当然、その分だけ討伐難易度は上がるが……

 それへの対策は既に用意している。


「ここでなら遠慮する必要もないだろう……来い、ガレル!」


「ガルゥゥゥ!」


 俺は異空間からガレルを召喚する。

 さすがに最深部にて、他の冒険者と鉢合わせることはないはずだ。

 ここでなら出し惜しみすることなく、ガレルの力を借りることができる。


「さあ、これで三本の槍に対抗する人数が揃った。あとは圧倒するだけだ」


 こうして、俺たちとトライデントテイルの戦闘が始まったのだった。

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