第39話 チートキャラクター
「私も、お兄様みたいになりたくて……どうすればいいのか、教えてもらえませんか?」
勇気を振り絞ったような表情で、そう尋ねてくるレイン。
想定外の言葉に一瞬戸惑いつつも、俺はその真意を慎重に探ることにした。
「それはどうして?」
できるだけ柔らかな口調を心がけ、そう問いかける。
レインは一度だけごくりと唾を呑み込んだ後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「えっと、その……単純に、すごいなって思ったんです。どんな環境でも諦めず努力できるお兄様が。だから私も、そんな風になりたいと思って……あの、まとまりがなくてごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。ちゃんと伝わってる」
その言葉に嘘はない。
レインの言いたいことは、今のやり取りで何となく理解できた。
彼女の真意を把握するには、まずアルビオン家の内情を踏まえる必要があるだろう。
レインは俺と同様、以前から家族内での立場がよくない。
第二夫人であった俺たちの母親を妾呼ばわりするジーラが見過ごされている現状からも、それは明らかだ。
レインの内気な性格は、そんな抑圧された環境下で育てられたからこそのもの。
彼女はきっと心のどこかで、『自分が何をしても意味はない』と思い込んでいたはずだ。
そんな中、自分と同じ境遇の兄が『神託の儀』を迎えるも、与えられたのは外れスキルである【テイム】。
この世界で不遇な立場を脱却する最大のチャンスは優秀なスキルを与えられることだが、俺はそのチャンスを逃した。
にもかかわらず、その後も努力を重ね、着実に成果を出し続ける俺の姿を見て、彼女は小さな希望を抱いたのだろう。
(となると、レインが求めているのはきっと……)
彼女が本当の意味で知りたいのは、強くなるための具体的な方法ではない。
この絶望的な状況でも、諦めずに努力し続けられる理由を知りたいのだ。
(とはいえ、俺が転生者であることや、【テイム】が特別性であることを素直に説明するわけにはいかないし……)
もっと汎用的で、レインのためになるアドバイスをすべきだ。
となると、現時点で俺から言えることは一つしかない。
「レイン」
「は、はい!」
俺は彼女の華奢な両肩に手を置く。
そして真剣な眼差しで彼女を見つめた。
不遇な立場から成り上がり、落ち込んだメンタルを復活させる方法。
そんなものは初めから一つしか存在しない。
つまり――
「筋トレしよう」
「……ふぇっ?」
レインの可愛らしくも間抜けな声が、廊下に響き渡った。
数十分後、動きやすい服装に着替えたレインと共に、俺たちは小修練場にやってきていた。
レインは未だに戸惑った様子で、俺に視線を向けてくる。
「お、お兄様。準備運動が終わりました」
「よし、それじゃやるか。レインは俺の真似をしてくれ」
「わ、分かりました!」
日課の深夜トレのうち、まずは筋トレから開始する。
レインは見よう見まねで俺と同じような動きをし始めた。
そんな彼女を見ながら、俺はこうなった理由について頭の中でまとめはじめる。
全てを把握するには、ゲーム知識から振り返った方がいいだろう。
――レイン・アルビオン。
レストの一つ年下の妹であり、ゲーム『剣と魔法のシンフォニア』にも登場したキャラクター。
そして何より重大な点として、原作のレストが家族を皆殺しにする中、唯一見逃した対象でもある。
なぜレストが彼女だけを見逃したのか、その理由は作中でも最後まで語られることはなかった。
レインが涙を流しながら、なぜお兄様がこんなことをしたのかとショックを受けるシーンは強く印象に残っている。
レストがなぜ、彼女だけを見逃したのかは分からない。
レインが自分と同じ第二夫人の子どもだからか、それとも彼女が持っていたあのスキルが関係しているのか――
(そうだ。レインは数か月後の『神託の儀』で、あのスキルを与えられるはず)
そのスキルはずばり、剣士系統の最上級スキル【
ガドや長男が持つ【剣聖】すらも凌駕する最強のスキルだ。
作中において、レインは最も剣の才能に恵まれたキャラクターだった。
レストの死亡後、彼女は一度だけ、あるイベントシーンでその剣を振るったことがある。
その際、彼女は主人公たちより一つ年下でありながら、圧倒的才覚を以て強力な魔物を切り倒していた(さすがにその時点の主人公たちより実力は低かったが)。
その天才っぷりは、一つのイベントのみに限られた活躍だったからこそ許された、まさにチートと呼べるものだった。
思えば、レストの死亡後にレインが語った内容いわく、彼の様子がおかしくなり始めたのは彼女が【剣神】に目覚めた少し後からだったらしい。
そこから考えるなら、レストの暴走とレインが無関係ということはなさそうだが――その真意は、今となってはもう誰にも分からない。
とまあ、振り返りも程々に。
いずれにせよ彼女には、とんでもない剣の才能があることは間違いない。
それはスキルを与えられる前の今であっても同じことだ。
(そもそもスキルは、本人の才能に合ったものを女神から与えられるって設定だしな)
だからこそアルビオン家では剣士系統が多くを占めるなど、遺伝によるスキルの継承が行われたりするのだ。
才能のあるレインを今のうちから鍛えてやれば、かなりの実力がつくのは間違いないし、自ずと自信も身につくことだろう。
レインが強くなること自体は、俺の目的とも背反しない。
今のうちからガンガン、ステータスを上げてやっても特に問題はないなず――
(あれ? そういえば、スキルを貰う前からステータスって持ってるものなのか?)
不意に、そんな疑問が思い浮かんだ。
ゲーム内においてステータスとスキルはセットで考えられていた。
そもそもの話、ほぼ全てのキャラクターが14歳以上かつ、登場時点で両方を持っているため疑問に思ったこともなかったのだ。
もしかしたら今のうちから鍛えても、パラメータ上昇は発生しないかもしれないが……
「それでも、最低限の効果はあるか」
「お兄様? 何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない。それより他にも色々と鍛えた後は、剣の修行をしよう」
「剣、ですか?」
たとえパラメータ上昇はなかったとしても、日々のトレーニングや技術を積み重ねることには意味があるはず。
それを通してレインに自信をつけてもらうとしよう。
その後、一通りの深夜トレを終えた。
レインは自信なさげだった割には、なんと最後まで付いてくることができた(さすがに量や出力はかなり落としているが)。
そして最後に行われた剣の特訓では、確かな才能の片鱗を感じるほどで……
(少なくとも、俺が転生してきた当初よりは動きがいいな……)
そんな感想も抱きつつ、全ての修行が終了。
最後までやり終えたレインの表情は、初めより晴れやかになっているように見えた。
「とまあ、こんな感じだ」
「その、お兄様……もしよろしければ、これからもたまにお邪魔しても……?」
「ああ、もちろん」
「っ! ありがとうございます!」
一緒に修行したところで、俺の特訓量が減るわけでもない。
頷いてやると、レインは桜のような満面の笑みを浮かべた。
こうして俺は、疎遠だった数か月分の兄妹仲を取り戻すように、レインと過ごす時間が増えていくのだった。
◇◆◇
と、そんな風にレインが前向きになってきた一方。
「掃除、洗濯、料理……何故この私が、こんなことを……」
リーベは少し憔悴した様子だった。
いわゆる下働きというものは、彼女にとってかなり抵抗感のあるものらしい。
「かなり鬱憤が溜まってそうだな」
「当然よ!」
怒気を孕んだ声で叫ぶリーベ。
これは思った以上に色々と溜め込んでいそうだ。
……ふむ。
もともと彼女が使用人の仕事までこなしているのは、この家に馴染むため。
もっと言うなら、そうすることで俺から彼女に対する警戒心が薄れることを、ガドが期待しているからだ。
となると……
「タイミングを見て、俺の方からガドに『ラブさんは信用できる方です!』って伝えておくよ。そしたら雑務の量は減るはずだ」
「っ、本当ね!? 絶対よ!?」
「あ、ああ」
ぐいっと身を乗り出してくるリーベに対し、本気すぎだろコイツと思いながら首肯する。
というか、そんなことよりも……
「今後の方針について、伝えておきたいことがある」
「今後? しばらくは『アルストの森』で魔物を倒すんじゃなかったの?」
「その方針を変えようと思ってな」
リーベをテイムしたことで、少し状況が変わった。
具体的には彼女が持つ【遷移魔力】と、新たに得た【擬態化】。
この二つを用いれば次の段階に移行することができる。
とまあ、色々と経緯を説明すれば長くなってしまうが、簡潔に次の目的地を告げるなら――
「今から、冒険者ギルドに行くぞ」
――――――――――――――――――――――
レイン関連はかなり設定が詰まっているので、少しずつ小出しでお届けしていきます。初登場が第二章になったのも同様の理由だったり。
つまり何が言いたいかというと、筋トレは全てを解決するということです。
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