第30話 再びの上限突破

「やったな、ガレル」


「バウッ!」


 十分以上にもおよぶオーガとの死闘を制した俺は、勝利の喜びをガレルと分かち合っていた。

 高揚感に浸る中、ふと目の前に見慣れたメッセージウィンドウが浮かび上がる。



『レベルが規定数値に達しました』

『テイム可能数の上限が更新されます』

『2/2→2/3(現時点で、あと1体まで使役可能です)』



 その文字を目にした瞬間、俺は思わず目を見開いた。


「もう次のテイムができるようになったのか。前回からかなり短い間隔な気がするが……」


 だが、よく考えてみればそれも当然かもしれない。

 黒竜ノワールをテイムして以降、俺はAランク下位のガーゴイルとAランク中位のオーガを立て続けに討伐している。

 敵のランクが上がれば得られる経験値も跳ね上がる。それを思えば、むしろ自然な結果だった。


「しかしこうなると、今後の方針について少し考え直す必要が出てくるな」


 当初の予定では、しばらくはこの深層でレベル上げを続けるつもりでいた。

 少なくとも、三体目のテイムが可能になるまでは。なぜそのタイミングで切り上げる予定だったかと言うと、理由は一つ。


「これ以上、この森でテイムしたい魔物がいないからな」


 レストに転生した時点で、いずれテイムしたいと考えていた魔物が何体かいる。

 ちなみに、そのうちの一体が先日テイムしたノワールだ。対してガレルは、経緯からも分かる通り偶然が大きい

 結果としては大満足だが……原作のレストを考えるとテイム数は限りがある。

 ここから先は対象を絞った方がいいだろう。それこそオーガもかなり魅力的ではあるが、もっと優先すべき魔物がいる。


 問題は、その魔物たちが生息している場所だ。

 現在のアルビオン領を拠点にしていては、とてもじゃないが日帰りで行ける距離ではない。

 ガドに事情を説明して理解を求めるのも、まず無理だろうし……


「まあ、しばらくは深層でもレベルは上がり続けるだろうから問題ないけど……今後はその辺りも考えておかなくちゃな」


 そんな風に先の展開を想定していた、まさにその時だった。

 ほど近い場所から、ザッザッと誰かが駆けてくる音が聞こえてくる。


「ガレル」


「わふっ!」


 俺はとっさにガレルを異空間へと送還し、その場に佇んだ。

 木々の間を縫うようにして姿を現したのは、赤髪の冒険者ラブだった。


 彼女は慌ただしい様子で俺に駆け寄ってくる。


「レスト様、大丈夫でしたか!? 先ほどかなりの地響きと戦闘音が聞こえたものですから……」


 そう言いながら、彼女の視線がよこたわるオーガの死骸に向けられる。

 途端に目を丸くした。


「これはオーガ!? Aランク中位に指定される化物じゃありませんか! まさか、これをたった一人で倒されたのですか!?」


「……いや、実はこいつと遭遇した時点でかなり弱っていてな。俺が一撃を叩き込んだら、それだけで倒れてしまったんだ」


 ガレルはともかく、さすがにオーガの死体を隠しきることはできないため、俺はとりあえず誤魔化しにかかる。

 そう判断した俺の言葉に、ラブはしばらくポカンとした表情を浮かべてオーガを見つめていた。


(さて、どう出るか……)


 内心で彼女の反応を窺う俺。

 数十秒が過ぎた頃、ラブはゆっくりと口を開いた。


「なるほど、確かにオーガの傷を見る限り、獣の爪や牙でできた痕跡が多数見受けられますね。しかしそうなると、オーガを瀕死に追いやった強力な魔物がまだこの森にいるということ。調査としては申し分ない収穫だと思います。今日のところはこの辺りで切り上げておきませんか?」


「そうだな」


 俺はラブの提案に同意し、とりあえず今日の探索はここまでということになった。


 さっそく引き返そうとしたその時。

 ラブは懐から一本の小瓶を取り出し、俺に差し出してきた。


「これは?」


「疲労回復のポーションです。万が一に備え、あらかじめ使用しておいた方がいいかと思いまして」


「……ふむ」


 俺は彼女に勧められるまま、躊躇なくポーションを一気に飲み干した。

 だがその直後、違和感が走る。


「なんだ、これ? ポーションにしては、味がやけに変な気が――ッ」


 その時だった。

 突如として体に不調を感じていない俺は、その場に片膝をついた。


 いきなり俺が取った不可解な行動。

 俺のそんな異変を目の当たりにしても、ラブは何ら動揺する様子を見せない。


 いや、それどころか――


「フフ、フフフフフ」


 ――彼女はいきなり笑みを零し始めた。


 俺はそんな彼女に問いかける。


「急に、どうしたんだ? いや、それよりこのポーションは、いったい……」


「あら、まだ気付いていないの? アナタは騙されたのよ、レスト・アルビオン。まさかこんなにも簡単に麻痺毒を飲んでしまうなんて、哀れとか言いようがないわ」


 それまでの丁重な口調から一変したラブは、事実を告げると同時に、手で束ねていた後ろ髪をするりとほどいた。

 鮮血のように深紅に染まったその長い髪が、風に靡いて舞う。

 緑の木々を背景に浮かび上がるその姿は、異様なまでに美しく妖艶だった。


 まるで本来の自分を取り戻したかのように、その場に君臨するラブ。

 彼女は物憂げに舌を出して唇を舐めると、俺を見下ろすようにして言った。



「よーく聞きなさい。私の正体は魔王軍幹部の一人、リーベ。そして今から、アナタはこの私の手で直々に始末されるの」


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