第15話 決闘の後
「エドワードとシドワードの降参により、この決闘の勝者はレストとする!」
大修練場いっぱいにエルナの宣言が響き渡った。
それを聞き、エドワードたちはがっくりと肩を落とす。
だが、そんな彼らの落胆ぶりなど些細なものに思えるほど、第二夫人のジーラは大きく取り乱していた。
「あ、ありえません……あんな妾の子に、私の息子たちが敗れるなんて……」
信じられないという思いが、彼女の全身から滲み出ている。
その衝撃は彼女から体力を奪ったようで、ふらつきながらその場に崩れ落ちそうになった。
「おっと」
だが、いつの間にか隣に移動していたエルナが素早くジーラの体を支える。
エルナは大修練場の外にいる使用人を呼び、ジーラを任せた。
その後、残った者たちを見渡したエルナは、未だに呆然と立ち尽くすガドに視線を向ける。
「さて。このような結果にはなってしまったが、アルビオン侯爵も納得できただろうか?」
ガドは悔しそうに拳を握りしめ、ゆっくりと口を開いた。
「ああ……分かっている。勝ったのは、レストだ……」
恐らくエルナが立会人を務めている以上、結果を覆すことはできないと悟ったのだろう。
それだけを告げると、ガドは踵を返し出口に向かって歩いていく。
「…………ッ」
そんな中、ガドは顔だけで振り返り俺に鋭い視線を向けてきた。
言葉では俺の勝利を認めていようと、不満が残っているのは手に取るように分かった。
「そんな、父上!」
「お待ちください!」
取り残されたエドワードとシドワードも、俺に敗北したという現実から逃れるようにガドの後を追う。
気がつけば、大修練場には俺とエルナだけが残されていた。
エルナは冷静を装っていた表情を崩し、俺に労いの言葉をかけてくる。
「さて、ひとまずはご苦労だったな。ガレウルフを倒したという君の主張を疑っていたわけではいなかったが……正直、この結果には驚かされたよ」
「弟子として、見苦しい戦いを見せずに済んで何よりです」
そう返すと、エルナは気まずそうな笑みを浮かべた。
「ははっ、一応君が相手にしていた二人も私の弟子ではあるのだがな……今回の件を機に、より励んでくれるといいのだが」
そう呟いた後、エルナは真剣な眼差しで俺を見つめる。
「いずれにせよ、よくやったレスト。最後の一振りを含め、気になった点は幾つもあるが……」
「――――ッ」
その言葉に、俺は瞬時に悟った。
最後の風魔法を用いた一撃をエルナは見抜いていたのだ。
周囲にバレないよう、剣に薄く魔力を纏わせるだけに留めたつもりだったが……
やはり歴戦の冒険者は侮れないということだろう。
とはいえ、だ。
この世界において、スキルがなければ決して魔法が使えないというわけではない。
スキルの多くは、特定の能力に補正を与えるために存在する。
中にはスキルなしで再現不可能な
そう分析していると、エルナがふっと笑いかけてくる。
「安心しろ、全てを問いただすつもりはない。ただ、一つだけ訊かせてくれ。エドワードたちが技を放とうとした瞬間、君が一瞬だけ逡巡しているようにも見えた。二人の武器を破壊する以外の対応策も、何か考えていたのではないか?」
「それは……」
エルナの言葉は正しかった。
実のところ、
エドワードの【岩塊砕き】は破壊力に優れ、真正面から受けきるのは不可能。
シドワードの【高速の舞】は速度と手数に優れ、全てを躱すのは不可能。
万事休すかのように見えるが、そうでもない。
たとえ完全に防ぐことは難しかったとしても、木剣で初撃の軌道を逸らすくらいはできた。
するとどうだ。一方の攻撃をもう一方に上手く誘導して同士討ちを狙えば、より優位に戦闘を運べていただろう。
二対一の決闘とはいえ二人は連携に慣れておらず、視界には終始俺しか捉えていなかった。実行するのは言葉以上に簡単だったはずだ。
だが、この方法にはいくつか問題があった。
一つは、相手の力を利用する形になるため、エドワードたちが自分のミスだと主張し俺の実力を認めない可能性があること。
もう一つは、誘導による同士討ちでは二人が大怪我を負いかねないこと。
戦闘中、彼らの脳内に手加減の文字は間違いなく存在しなかった。
正直に言うとエドワードたちの怪我など、俺にとってどうでもいいことだ。
だが、怪我を負わせたことで問題が複雑化し、後からあれこれ言われる面倒は避けたかった。
そんな理由から、誘導ではなく
どうやらエルナには、それもお見通しだったらしい。
俺は肩をすくめ、降参するように口を開いた。
「……まだまだ、エルナさんには構いませんね」
「当然だ。私は君の師匠なのだからな」
エルナは楽しそうに笑うと、俺の頭をがしがしと撫でた。
いずれにせよ、こんな風にして。
俺はアルビオン家の中で一定の立場を得たのだった。
◇◆◇
その夜。
俺は自室で一人になると、異空間に隠していたガレルを呼び出した。
「バウッ!」
「ありがとうガレル。お前の風魔法のおかげで、二人に勝つことができた」
「わふぅ」
わしゃわしゃと撫でると、ガレルは嬉しそうに身体を寄せてくる。
この姿だけ見れば、ガレルが強力な魔物だと思う者はいないだろう。
「さて。決闘に勝てたのはいいが、今後についても考えないとな」
俺はそう呟きながら、改めて自分のスキルを確認した。
メッセージウィンドウが視界の前に浮かび上がってくる。
『テイム可能数が限界を迎えています(1/1)』
『次のテイムを行うためには、上限を更新する必要があります』
「……やっぱり、現時点でネックなのはこの部分だよな」
非常に強力な【テイム】だが、全てにおいて完璧なスキルというわけない。
このようにテイム可能数には上限が定められているため、ガレル以外の魔物を使役するためにはスキルレベルを上げる必要があった。
ゲームでのレストも、使役しているのは全てで五体程度だったはず。
その分、一体一体が強力でレストもかなりの実力を身に着けていたわけだが……本人が努力を怠っていたため、魔物が先に倒されるとすぐに弱体化していた。
そうならないよう、俺も改めて気を引き締めなければ。
「レベルを上げるには、やっぱり魔物を倒すのが一番だよな」
深夜トレでもステータス自体は伸ばせるが、レベルを上げるには魔物を討伐し経験値を得る必要がある。
これからは【テイム】を使いこなすため、積極的に魔物と戦っていくべきだろう。
本当なら、今すぐにでも『アルストの森』に赴きたいところ。
ガレルをテイムしたことで、俺はBランクに近いCランクの実力を備えている。
それなりのイレギュラーにもある程度は対応できるはずだ。
「それに何より、『アルストの森』の奥地にはあの魔物がいるはず。次にテイムするなら、絶対アイツにしたい」
ゲームの記憶を思い出しながら、グッと拳を握りしめる。
しかしここでふと、俺は決闘後に父から向けられた鋭い視線を思い出した。
「俺が二人に勝つほど実力を身に着けたことに不満がある様子だったし、さすがにそこまでは許してもらえないだろうな……」
考えたところですぐに答えが出るものでもない。
俺はひとまず今日の疲れを癒すため、ゆっくりと眠ることにした。
けれどこの翌日。
意外な形で、俺の悩みは解消されることになるのだった。
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