第14話 悪役貴族の無双①

「――さあ、次はこっちの番だ」


 俺はその言葉を告げると同時に、一気に攻勢に転じた。

 まるで風に乗るかのような足捌きでエドワードに肉薄する。


「――はあっ!」


「くうっ!」


 勢いよく振り下ろされる木剣。エドワードはそれを大剣で受け止めた。

 先ほどまでとは立場が逆転したかのようなその光景。

 だが、勝者だけは入れ替わることがなかった。


 俺の膂力にエドワードの剣が耐えきれず、彼は数歩後方へと押し戻される。

 その一瞬の隙を逃さず、俺は溜めを削った速度重視の突きを放った。


「がはっ!」


 鋭い一撃がエドワードの胸板を捉え、彼の巨体が宙を舞う。

 この調子で追撃を――


「よそ見してんじゃねぇ!」


 ――その一瞬、背後からシドワードの斬撃が迫る。

 だが、それもまた俺の想定内だった。


(甘いな。腰が浮き過ぎだ)


 姿勢を低く落とし、双剣の猛攻を下からするりと躱す。

 身をひねって、エドワードへも二振りの攻撃を叩き込んだ。


「ぐわあっ!」


 痛みに呻くエドワード。

 俺はくるりと回転して、彼らを見据える。


「どうした? まだまだ始まったばかりだぞ」


 その言葉を合図に、俺の攻勢はさらに加速していった――



 ◇◆◇



 エドワードたちに対し、レストは持ち前の身体能力と技術で圧倒していく。

 まだ決定打を与えるには至っていないが、それすらも自身の実力を知らしめるための演出に思えた。


 あまりにも大きな力量差を見せつけられ、観戦者たちは愕然としている。


「な、何が起きている……なぜ【テイム】しか持たないあのレストに、これほどの動きが可能なのだ!?」


「ありえません……これは何かの間違いに違いありません!」


 ガドは疑問を口にし、ジーラは現実を受け止めきれずにいた。


「………………」


 そんな中、エルナだけがただ一人、冷静さを保っていた。

 とはいえ驚きを感じていないわけではない。

 エルナは一か月前の指導時から、レストが飛躍的な力をつけていることを感じ取っていた。


(だが、どうやって? これまでの成長速度ですら尋常ではなかったのに、この一か月間の伸びはさらに常識を超えている)


 レストの中には、自分にも見通せない何かがある――そう思考を巡らせつつ、エルナは小さく「それでも」と続けた。


 確かに今のレストは、エドワードたちを圧倒するだけの実力を持つ。

 だが、彼らにはまだ切り札があった。

 凡人の努力を一瞬で覆す、スキルという名の驚異の力が。


(それを乗り越えられなければ、君はこの先へは進めない)


 レストを見つめるエルナの瞳に、静かな期待が灯る。

 そんな彼女の視線の先では、とうとう戦いに決着がつこうとしていた――



 ◇◆◇



(……そろそろ大詰めだな)


 俺は心の中で呟く。

 この決闘の勝利条件は、相手を気絶させるか降参させるかのどちらかだ。

 二人の性格を考えれば、より簡単なのは前者だろう。

 だが俺はあえて後者を選ぼうと思っていた。


 一撃で気絶させて勝ったところで、ガレウルフの時のように後からあれこれ難癖をつけられる可能性があるからだ。

 それを避けるためには、どちらの方が上か徹底的に知らしめる必要がある。


 そう決意した俺の前で、予想外の光景が広がった。


「……?」


 突如として、エドワードとシドワードの動きが止まった。

 二人はこれまで防戦一方だったはずだが、何かを悟ったように剣を構える。


 それを見て、俺はある可能性に思い至った。

 確か、ゲーム中で同じスキルを持つNPCが似た構えを取っていたはず。


(まさか――)


 その時、二人の口元に不敵な笑みが浮かんだ。


「舐めるなよ、愚弟が! 俺たちに貴様のような秘策がないとでも思ったか!?」


「ここまでは手加減してやってたんだ! これさえ使えば、テメェなんて一瞬だ!」


 そう叫んだ彼らが、俺に向かって力強く踏み込んでくる。

 その刹那、二人の剣が眩い輝きを放った。


 疑いようもない。アレは――



「砕け散れ――【岩塊砕がんかいくだき】!」


「切り刻んでやる――【高速こうそくまい】!」



 その技名を聞いた瞬間、俺の予感は確信に変わった。


(やはり、技能アーツか……!)


 破壊力に特化した大剣の技能【岩塊砕き】。

 速度と手数を極めた双剣の技能【高速の舞】。


 どちらもゲーム内で猛威を振るった強力な攻撃だ。


 まさか、彼らがすでにそれらを習得していたとは。

 仮にもエルナを師匠に持つ身ということか。


(というか、そんなの使えるんならガレウルフ戦で使っとけよ……)


 心の中でツッコミを入れつつも、俺は必死に対処法を探る(そもそも技能アーツは冷静な時にしか扱えないため、ガレウルフ戦では不発だったんだろうが)。


 技能アーツの発動により、二人の筋力と速度は飛躍的に上がっている。

 真正面から受ければ俺の身体が持たないだろう。


 かといって、この速度から逃れることもできない。

 これが戦闘に特化したスキルを持つ者と、持たざる者の決定的な差だ。


 だが――俺にだってはある。


(本当は、ここで使うつもりはなかったんだけどな……)


 日頃から鍛錬を積んできた魔填マフィルとは違い、ぶっつけ本番になるが仕方がない。

 腹を括った俺は、木剣を左腰に構える。

 いわゆる居合の構えだ。


 その姿勢のまま、俺は心の中で静かに呟いた。


(風魔法、発動)


 体の魔力を風に変換し体外に放出。

 俺はその風を木剣の刀身に纏わせた。

 これは超速で振動する風を刃に纏わせることで、最上の切れ味を再現する技能アーツ


 その名も――



「――――【纏装てんそう風断かぜたち】」



 ――渾身の力を込めて、俺は一閃を放った。

 音速の刃が大気を斬り裂き、背後の天井に鮮やかな痕跡を残す。

 遅れて、斬撃の音が辺りに木霊した。



「………………は?」

「………………へ?」



 そこからさらに遅れて、エドワードとシドワードも事態に気がつく。

 振り切った剣の先から、刀身の半分が消えているのだ。

 それもただ欠けたのではない。

 まるで豆腐に包丁を入れたかのように、寸分の歪みなく一直線に断ち切られていた。


 カラン、カラン、と。

 宙を舞っていた刀身の断片が三つ、地面に落下し何度か跳ね返る。

 その音が止んでからも、しばし場は沈黙に包まれた。


 それを破ったのは、観戦者の一人であるガドだった。



「あ、ありえん……だと!?」



 皮肉にもその声が、二人に現実を突きつけるきっかけとなった。

 ようやく事態を飲み込んだエドワードたちは、俺を恐怖に満ちた目で見つめ、距離を取ろうと後ずさる。

 だが、その拍子に二人は足を踏み外し、見事に尻餅をついた。


 俺は手ごたえを確かめるように木剣を振るい、改めて二人に剣先を向ける。


「まだ続けるか?」


「「…………(ふるふるふるふる)」」


 二人は全身を震わせながら、激しく首を横に振った。

 その様子を見たエルナが静かに息を吐く。


「……ここまでだな」


 頷いてから、彼女は高らかに宣言した。



「エドワードとシドワードの降参により、この決闘の勝者はレストとする!」



 かくして兄二人との戦いは、俺の完全勝利で幕を閉じるのだった。



――――――――――――――――――――――


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