第9話 逃亡

 少しでも町から離れるべく、健斗は休まずにひたすら歩き続けた。もたもたしていると追いつかれるのは時間の問題だと、最初の数分に至っては半ば駆けるように速歩きで離れた。少しでも離れておきたいと焦る気持ちもあったが、走るには視界が悪く音もするだろうと冷静に判断できたのもあり、速歩きが最適解だと判断した。


 夜が明ける頃には、疲労と空腹が限界に達していた。何か食べ物を見つけなければ、また倒れてしまうかもしれないと危機感を感じたため、とりあえず街道から外れて森の中に入ることにした。ここならば身を隠すところがたくさんあり、少なくとも追っ手に発見されにくいだろうと。


 森の中を進んでいると、やがて小さな川にたどり着いた。冷たい水で顔を洗い、川の水を手ですくって少し飲み、喉を潤した。喉が渇いており、生水の危険性を思いつかなかった。


「うひょー!生き返る!冷たくて気持ち良いなぁ!」


 喉が潤うと次に空腹から食べ物を見つけたいと木の実でもないかとキョロキョロする。幸いなことに、川沿いには果物が実っている木がいくつか生えており、直ぐに見つかった。熟していそうな実が少し高いところに見えるが、ラケットを投げて実を落とそうとするもラケットが引っかかり、念じて手元に引き戻す羽目になり、ラケットを投げて落とすことは断念した。


 次に手が届くところにないかと、枝葉をかき分けると、隠れていた熟した果実を見つけることができた。テンションが高くなり、見た目が無花果(いちじく)に近いその実をもぎ取って口に入れると、若干甘さがあるもかなり酸っぱい味が広がった。


「うわっ!見た目と違い酸っぱいな。でも、ちょっと癖になる味かも!」


 数個の果実にかぶりつき、皮をぺっと吐き出した。お陰で少し元気を取り戻し、今更ながら周囲を見渡して安全を確認する。しかし、この実は現地の人が腹を壊すことがあり、あまり食べないものであったことを健斗は知らない。貴族などが食べる料理に使われることもあるが、手間をかけなければ毒性が残ると言われる果実だった。健斗はその危険性を知らず、空腹から必死に腹に押し込んでいた。


 そのとき、草むらの中からかすかな音が聞こえた。何かが近づいてくる。健斗は身を低くして音がした方向をじっと見つめた。すると、現れたのはリスほどの大きさの小さなウサギだった。ほっと胸をなでおろし、再び果実を食べ始める。


 食べ終わると、数個をリュックにしまい、再び森の中を進むことにした。何も考えずにこのまま進むのは危険だと感じるも、今はとにかく町から少しでも遠くへ行くしかないと疲れた体に鞭打つように再び歩き出した。ユニムからの追っ手が再び現れる前に安全な場所を見つけなければならない!そのような脅迫概念からだ。


 やがて1時間ほど歩き続けていると、森の奥深くに古びた小屋を見つけた。周囲を慎重に確認し、人の気配がしないことを確かめる。一応小屋の戸をノックした。


「誰かいませんか?旅のものですが道に迷ったんです」


 ひとこと声をかけてから健斗は戸を開けると、誰もいないことを確認して中に入っていった。


 小屋の中は埃っぽく、長い間使われていないようだったが、少なくとも風雨をしのぐことができそうだ。壁には何かの道具や斧、ロープなどがかかっており、小さなテーブルと椅子が2脚あるだけの質素な小屋だった。木こりの休憩場所か、道具置き場かなと首を傾げた。


 健斗は小屋の中を見渡し、古びた家具や壊れた窓を確認した。床には落ち葉や埃が積もり、長い間誰も訪れていないことが明らかだった。しかし、今はここで休むしかないと、さっと床に落ちているゴミや葉を拾って外に捨てたりと軽く掃除していく。大きなゴミを取り除くとリュックを下ろし、椅子に腰を下ろした。床や粗末な作りの椅子がギシギシと軋むが、ようやく一息つける。


「ここで少し休もう・・・」


 健斗はリュックから水筒を取り出し、一口飲んで喉を潤した。先程川で汲んでいたのだ。次に持っている食料を確認していく。先ほどリュックに入れた果物が数個あるが、これだけでは長くは持たない。健斗は深呼吸をし、次の行動を考え始めた。


「ユニムたちの目的は何だ?俺が何かと間違えられたのか?それとも・・・」


 健斗は頭の中で様々な考えを巡らせ、先ほど考えていたことを再び考え始めたが、小声に出して自問自答していた。


 次第に疲れが押し寄せてきたので、テーブルを端に寄せ、椅子をテーブルの上に置く。体を丸めなければならないが、辛うじて寝られなくもないスペースを確保できた。外套を床に敷き、リュックを枕にして横になると目を閉じた。


 小屋の中は静寂に包まれ、外の風の音や虫の放つ音がかすかに聞こえる程度だった。疲れから次第に健斗の意識は遠のき、数分もしないうちに深い眠りに落ちていった。

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