第2話

 ――2020年4月9日


 新学期となり、新しい制服、新しい学年、新しい友達。



 ざわざわ…………

「なんか、噂にさぁ…………」

「えっ…。ほんとにっ!?」



 少し肌寒さを残しつつも、春らしい陽気な太陽の光を浴びつつ、鳥はさえずり、月ヶ岡学園まで続いている桜並木は、登校している生徒を祝福しているかのようである。



 ざわざわ…………

「おい、あいつじゃないか?」

「えっ?どれ? ……あっ。あいつか!多分、中等部で見たことないし、あいつだろ!」



 そして、栄えある月ヶ岡学園高等部の新しい制服に手を通し、これからの学園生活に期待を膨らませ、そんな空気を楽しんでか、月ヶ岡学園高等部も他の学校同様に、生徒たちの気持ちは浮足立って――





 ――――いるわけがないだろうッ!!!!


 肩身を狭くし、俯いたまま歩く俺は、予定通り進学するはずだった高校を、お国のためとか言って辞退させられ、登校中の群衆の視点を一点に浴びながら「なぜ、こんなことに………」とぼやきつつ、トボトボとその歩みを進めるのだった。




 この日、月ヶ岡学園、特に高等部ではある噂が立っており新入生や在学生の生徒の大半が落ち着かない様子で新しいクラスに登校していた。


 それは、根も葉もないような噂で、


 どうやら、世界初の男性能力者が入学する、というものだった。




 ◇◇◇



 ――名門月ヶ岡学園。

 もとは、私立の中等学校(今でいう高等学校にあたる)だったが、1950年の機械生命体襲来とともに、教育機関でありながら、能力者の育成と能力者を支援するサポーターを育てることを目的として国有化されたそこは、様々な分野のエリート中のエリートが通うことのできる日本国内たった1つの能力者及びサポーター育成機関となっていた。


 能力者とは、『はじまりの巫女』である神堂真奈をはじめとした、機械生命体に対し、そんじょそこらの兵器とは異なり効果的な攻撃となる様々な能力を発現した者たちのことである。

 ちなみに、理由は未だに解明されていないが10代~20代前半の少女にしか能力は発現せず、その数は各国に20~30人程度という少なさとなっているのが現状だ。


 それゆえ、各国は能力を発現した初等~大学までの少女たちを保護し、機械生命体との戦闘で失わないための戦闘知識を教え込んでいるのである。


 そのため、月ヶ岡学園にも能力者のみが通う少数精鋭のクラスが存在する。

 そこでは、日夜、戦闘訓練と能力訓練が行われ、月に一回現れる機械生命体との戦闘に向けて、軍や他クラス、はたまた一般市民との合同避難訓練も行っている。


「はぁ……、やっとついたか。人の目線が多すぎて死ぬかと思った…………」


 そして、人口の0.0数%しかいない能力者を育てるためのクラスの目の前に立つ俺――三日月 藍は、今にも死にそうな顔のまま、これから待ち受けるであろう期待ぜつぼうを胸に、その扉を開くのだった。





 ◇◇◇



 まずは、軽く自己紹介と行こうか。


 俺、三日月みかづき あいは新月のときのみ、なぜかTSして、ぺったんだが超絶美少女になること以外はいたって普通の学生だ。


 え?その時点で普通じゃない?

 いやいや…。もう、俺にとっては当たり前になってるからいいんだよ。

 細かいところは気にすんな。


 まぁ、とにかく、今年から月ヶ岡学園高等部能力クラスに配属になったわけだが……

 これには深いわけがあったんだ。




 そう、それは2か月前。2月10日の午後。

 なんやかんやで母さんに買い物を頼まれて、街に出てたときのことだった。


 買い物を済ませて、家に帰ってゲームでもしようと思ってた時のこと。

 急に携帯から緊急アラームが鳴り響いたと思ったら―――― 


 一瞬で、目のまえの風景が瓦礫の山と化し、そこにはその原因であろう機械の形をした化物機械生命体が瓦礫の山の上にいたんだ。




 機械生命体はいつどこに現れるか、というのは基本的にわかっている。

 これは、30年分のデータと、統計技術の進歩もあったが、ここ最近被害が少なくなっている一番大きい要因としてある能力者の登場にあった。

 それが、アメリカ在住の能力者『先見の眼』メアリー・Jだ。


 メアリーはその能力で月一で来襲する機械生命体の位置を割り出すことができ、大体の出現位置、出現時間がわかるらしい。



 各国はメアリーに依頼し、いつ、どこら辺に機械生命体が来襲するかを天気予報のように把握し、場合によっては、事前に国民に決まった時間に避難警報を出す。基本的に、日本では標準時刻の12;00くらいだ。


 ただ、緊急のアラームはその時間以外に鳴ることがある。

 それが、メアリーの能力でも見ることが不可能ないわゆるだ。



 そう。

 あのとき、あの場所に運悪く、俺は機械生命体に出会ってしまった。


 町は一瞬にして半壊し、逃げ惑う人でごった返してた。

 俺も早く逃げようと思って、動こうとしたんだが、ダメだった。


 安全圏からニュースを見てた自分が恨めしい。何が速く走って逃げろよ、だ。

 いざ、25メートルはありそうな戦車をモチーフにした機械生命体を前に、俺は動けなかったんだ。いや、頭は動いてたさ。でも、身体がそれを拒否してた。

 絶対的な死が、そこにいた。

 本能が、死を悟った。


 だけどさ、すぐ近くで聞こえた女の子の泣き声でハッとして動けるようになったのはよかったんだ。

 でも、その女の子の傍には、足が倒壊したビルの一部に挟まれちまってる母親がいてだな…………

 もちろん、助けようとは思ったが、近くにいる機械生命体から逃げるために女の子の手を取ったさ。


 でも、さらに運悪く機械生命体が暴れて、その被害の先にいたのが俺たちで

 ――――目の前の、さっき手を取った女の子の手だけが、俺の手に握られてたんだ。


 まじで、トラウマもんだったわ。

 でも、女の子は無事だったんだよ。

 え?なんでって?

 それは、俺にもまじでなんもわからん。


 だって、その直後に俺の身体が光って、辺り一面を真っ白にしたかと思ったら、

 機械生命体が消えてて、女の子は、なぜか瓦礫の下敷きになってたはずの母親の近くで五体満足で倒れてたんだよね。



 ちょっと経ってから来た『月詠』の人らに事情説明したら――――








 ――――こうなったんだよなぁ…………」


「そっかー。大変だったんだね!」


 はぁ……っ。と、今日の登校だけでなく、イレギュラーが起こったのちのあれこれについて思い出し、能力科のクラスでげっそりとして溜息をまたついた俺に、両肘を置いてあざとかわいいポーズをしている翠色の眼と真紅の髪色をもつ文句のつけようがない美少女は、その見た目に合った、活発そうな返事をした。


「大変なんてもんじゃねえぞ!

 トラウマだよ!ト・ラ・ウ・マ!」

「あははは!まぁ、でも、これからはそういうのは結構目にするから覚悟した方がいいよぉ~!」


 まるで俺と似た何かを見て来たかのように話す目の前の美少女は、クラスに入ってすぐに仲良くなった同じく能力者の美少女、神堂しんどう 明日葉あすは。もとい、明日葉だ。なにやら、下の名前で呼ばれる方がいいらしい。

 俺は、学校説明のレクリエーション後の暇な時間を使って、明日葉にここに来ることになった原因について話していた。


 明日葉は、俺を含め4人しかいない同学年のうちの1人で、中等部の頃から高等部の能力科と同じ訓練をしている別名『真紅のプロミネンス』の愛称で親しまれているエリート美少女様だ。しかも、名前から察するに、こいつはあの『はじまりの巫女』神堂 真奈の親族っぽさそうだ。

 さっきも、これから目にするであろう地獄を何度も見て来たかのような口ぶりだったし、すでに機械生命体とは何度も戦ってきたんだろう。


 とんでもないやつと、速攻で仲良くなったものだ。

 ただし………、


「それにしても、世界初の男子能力者が同学年。

 それも…………」

 ジロジロ

「ん?なんだ?」

「うん!めっちゃ弱そう!」

「ひでぇな急にッ!」

「あはははっ!まぁ、いいじゃん!

 弱そうなのは事実だし!この学校の生徒で男子っていったら、そりゃもう、ガチムチのマッチョみたいなのばかりだしね!」

「そりゃ、あいつらと比べたらそうだろうがッ!

 こちとら、今まで普通の男子中学生だったんだよ………。」

「あ~……、、そういえば、そだっけ?

 まぁ、でも、光が出て、機械生命体自体を消滅させた上に、周りの人を回復させるその能力は、君とは違って、めちゃ強いと思うけどね!」


 この活発女子特有のいじり癖が、少し残念である。


 俺は、清楚派なんだ。

 こいつも黙ってれば、一目惚れからの恋に落ちてたのに……。



 ちらっと、他のやつらが気になって目をやったが――――


「…………」

「…………ッ」プイ


 一人は気にすることなく読書中で、もう一人は俺と目が合ったとたん睨まれ、その上に目線をそらされた。


 まったく、俺がなにをしたんだか。

 これはまた、個性の強そうなクラスで、これから先大変そうだな………



 俺は、これからの学校生活への不安から逃げるように、未だ話しかけている明日葉へ適当に返事をしながら、窓の外に見える鳥を眺めていた。



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