魔術師の孫
明鏡止水
第1話
昔々あるところに、娘を失った魔術師がいました。
魔術師は娘の身体をつかい、ホムンクルスを作りました。
ホムンクルスの娘は魔術師の魔法で妖精の子を懐妊し、出産し、無言で育てました。
魔術師にとっては孫にあたります。
ある日、ホムンクルスの娘と妖精の合いの子は。
自分に名前はあるのかと問いました。
ホムンクルスの娘は喋らず、生ける屍のような存在でしたし。
妖精の父は他の妖精たちとチェンジリングをして遊び放題。
子供の名前を考えていませんでした。
魔術師は、ただ娘を取り戻したかっただけなのですから。
孫はおまけです。
魔術師はしばらく話さなかったので、しわがれた声で告げます。
お前の名前は「手紙」だと。
孫は聞きます。
手紙、とはなにか、と。
魔術師はホムンクルスの娘にも愛情を持てなくなりました。妖精に対しても思い入れはありません。
それでも魔術師が、孫を得たのは。
「失ったものから不自然に続くもの、それがお前で、〈手紙〉なのだ」
書き手から離れた手紙は配達されて、やがて送り主から宛名のところへ届く。
「お前はただ、私の娘から届けばいいメッセージなのだ」
魔術師は言ってしまった。
「だったらその手紙、燃やしてよ」
孫が言う。
「もしくは破いて捨てちゃって。あとは送り返してくれると嬉しいな」
孫の人生は。
「白紙の自分に書かれたメッセージがあればいいけれど、シーリングワックスで美しく封をされたただの封筒。中身はないかもしれない。あなたの孫は、それなんだ」
愛しいはずの娘、美しい妖精。
その子ども。
保護者は魔術師。
「自分はもうずっと、ゾンビの子どもか、よその家の子とすり替えられたような思いだった。そんな中で、あなただけが魔術師なのは確かだった」
魔術師は、もう愛していないホムンクルスの娘のことは忘れて、本物の娘。生きていた娘を思っていた。
「あなたの未来への手紙は、時間の箱に入れて長く眠らせたらいいと思う」
魔術師は、孫を手にかけた。
そして、その孫の体を使って、もう一度ホムンクルスを作った。
同じやり方で、ひ孫が生まれた。
名前は思いつかなかった。
子育てはホムンクルスの娘、妖精たち、ホムンクルスの孫が行い、言語をしっかり理解するように話しかけるのは魔術師の努めとなった。
やがて、ひ孫が言う。
「魔術師になりたい」
魔術師はかろうじて弟子を取ることができる年齢と体力を持っていた。
なぜかと問うた。
「あなたみたいになりたい」
ひ孫が言う。
魔術師は、ひ孫が自分のようになっていいのだろうか考えた。
魔術師になって何がしたい、どうするつもりか。
そう問うた。
ひ孫が答える。
「本当はあなたみたいになりたくないから、あなたの持っている全てを学んで、みんなとこれからも共に生きていく。だから、今のあなたみたいになりたい」
最初は失った娘への愛だった。
当たり前の人生を歩ませたかったが娘の気持ちはソコにない。知り合いの妖精からいいやつを見繕った。
そして、手紙は空っぽだったのかもしれない。
魔術師自身が中身を入れ忘れてしまった。
自分は孫を魔法で葬った。その方が〈加工〉がしやすかったからだ。
魔術師は、ひ孫を手にかけようとは思わなかった。
「お前には名前がない。自分で名前がつけられるようになったら、魔術や魔法を習得次第、お前を解放しよう。ほかのホムンクルスも……」
ひ孫は言葉を少し時間をかけて理解して。
「自分の名前は、〈時計〉にする」
と言った。
進めるように。遅れてもいいから動くように。止まってもいい。何度でも巻き直す。動かす。
「あなたの時も、進めてみせる。魔術師の、私の家族……」
ようやくだ。
ようやく、時が動き出した。
やがて、ひ孫は魔術師を超え。
魔術師は全ての魔術と魔法をひ孫に教え、あたたかいベッドで永眠し。
ホムンクルスは糸が切れたように、時が進んだかのように停止し。
妖精たちはさっきまで静かだったのにお祭り騒ぎを始めて。
ひ孫は一人、埋葬の術を使い。
古き魔術師に別れを言う。
ひ孫は時の魔法が使えるようになった。
魔術師の記憶も遡って見ている。
「あなたは、父の仇。でも、祖母の造り手。祖父である妖精の契約者……」
そして。
「わたしの師……」
大切に思えなければ、大切になるまで、憎みながら、許しながら、愛していこう。
殺し合わなかっただけでも平和だった。
ひ孫はホムンクルス二人も埋葬し、妖精たちとは契約し直して。
時を進めた。
魔術師の孫 明鏡止水 @miuraharuma30
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