4.椰子の実
鬱蒼たる茂みに囲まれた十三人―――
死体が少ない方向を選んだつもりだった。それなのに……歩行開始から数十分間、無惨な死体が横たわる道が続いた。そして、スーパーの生鮮食品売り場の陳列棚に並べられている駒切肉と大差ない肉片も散乱していた。
しかし、悍ましさを感じさせる大地をずいぶんと歩いたいま、周囲三百六十度にわたり、鮮やかな緑色の光景が広がる場所に出られた。視線の先には、三十メートルはあろうかという椰子の木が立ち並ぶ。遥か頭上に幾つもの椰子の実を実らせ、大きな羽状複葉が穏やかな風に乗って時折ゆっくりと揺れ動いていた。
飲み物が欲しい一同は、歩きながら椰子の木を見上げた。だが、椰子の実に満たされた天然のスポーツドリンクと称される液状胚乳(ココナッツジュース)を飲みたくても無理がある。木登りすらしたことがない都会っ子の自分たち。椰子の実を生活の糧としている現地のひとびとは、両足を紐で固定して椰子の木に登る。当然、十三人にそのような芸当できるはずがない。ゲームに登場するモンスターのように腕が伸びたら……と、現実逃避をしても虚しくなるだけなのですぐにやめた。
頭を切り替えた一同は、自分たちにも収穫できる果実はないものだろうかと周囲を見回した。だが、都会の摩天楼を彷彿とさせる高木ばかりだ。水分補給はしばらくおあずけになりそうだ。一同は収穫できそうもない椰子の実から、歩行に意識を集中させた。どこまで歩けば浜辺に辿り着けるのか……物事の視点を変えても気分は上がらない。
唯一の救いは、高木の樹冠のおかげで太陽光が遮られていたので、日照不足により余計な植物が足元に生い茂っていなかったことだ。長時間にわたり歩いているため、足を踏み出すたびに疲れを感じるが、きれいに舗装された街中しか歩いたことがない類たちでも、比較的足場はよいように思えた。それでも歩き続ければ、植物によって歩行が困難になる大地や、険しい道も知ることになる。なるべくなら、この大地がしばらく続いてくれると助かるのだが、そうはいかないだろう。
「背の高い草が茂ってなくてよかった」と、類は額から噴き出す汗を拭いながら言った。
森林伐採などの人為的なこと、もしくは山火事などの自然災害によって木々を失った場合、大地が直射日光に照らされる。そのため、下草や低木などの植物が一面を覆い尽くすようになる。そうなれば、いま歩いている大地とは異なり、歩行が困難になる。場所によって大地の状態は変化する。
「そのうち、きついところを歩かなきゃいけないこともあるだろうし、ここはまだ歩きやすいよな」と、明彦が返事した。
「まぁな。だけど、歩行しやすかろうとなんだろうと、早くジャングルから出て、浜辺に行きたいよ」
多種類の樹木や植物が密生している森林を幅広い意味で一般的にジャングルと呼ぶ場合が多い。しかし、厳密に言うと、もしもここがミクロネシアの無人島のひとつなら、年間の降水量が二千ミリを超える赤道付近であり熱帯雨林である。
「俺もそう思う。ジャングルよりも浜辺のほうがいい」
「あれからどれくらい歩いたんだろう?」
スマートフォンの時刻を見た純希は、類の質問に答えた。
「約一時間半は歩いてる」
どれだけ歩けば海へたどり着けるのだろう。類は不安になった。
「そんなに歩いてるのに海が見えないなんて……」
肝心な波の音が聞こえない。耳を澄ましても、聞こえるのは、鳥の囀(さえず)りや昆虫の羽音のみ。周囲の木々には、色鮮やかな鳥や蝶が留まっている。赤い小鳥も双翼を休めていた。もしかしたらミツスイ鳥かもしれない。貴重な野鳥を見ても感動すらなかった。それどころか赤は勘弁してほしいとさえ思った。乗客の死体から流れる血を思い出してしまうため、つらい気持ちになるだけだ。
野鳥から目を逸らした綾香がぽつりと呟く。
「水が飲みたい」
類は綾香に言った。
「それを言うな。余計に水が欲しくなる」
結菜が言った。
「水って単語、禁止にしない?」
綾香は訊く。
「スコールって頻繁に発生するんじゃないの?」
類にもわからない。
「さあな。俺、天気予報士じゃないから。雨を伴うスコールが発生すれいいけど……」
結菜は類に顔を向ける。
「スコールならいいけど、台風かもね……」
全員、スコールを体験したことはない。授業にて教師に教わった説明から想像するか、テレビで観たことがある、その程度の知識だ。
多くの知識を頭に入れないほうが新鮮で楽しいだろう、現地に到着したらわかることだ、とユーチューブすら検索せずに類らしく能天気に考えていた。
しかし、類とは対照的な性格の明彦は、事前にサイパンの雨量を下調べしており、九月に入るまでに雨量が三百ミリを超えるということだけは把握していた。
ちなみにインターネットでサイパンの一週間の天気予報を確認しようとしたのだが、突然の台風も旅の醍醐味だ、と純希にも言われてしまったので調べ損ねてしまった。
雨季のシーズンの八月は、現地のひとたちにとって雨降りなのが当たり前。それを前提として台風の情報が重要なんだった。日本人が考える雨降りの感覚とはちがう。降り方としては、激しい雨が一気に降る。突風のみのときもあるようだが、明彦が説明する。
「十五分から一時間程度の集中豪雨みたいなかんじだ。長時間にわたり降り続けることはないと思うけど、お天道さん次第ってやつだな。結菜が言うように台風かもな。だから下調べが肝心なんだ」
もっと情報を集めておけばよかった、と、少しばかり後悔した類は、明彦がいつも言う口癖の “備えあれば憂いなし” はそのとおりだと思った。
「雨が降ったら口を開けて歩きたい気分だよ」
明彦は椰子の木を見上げた。
「やっぱり、あれが欲しいよなぁ」
結菜が教えた。
「もし採れたとしても、鉈とか刃物がないとココナッツジュースは飲めないよ。椰子の実の先端を切り落して飲むんだから。けっきょくあたしたちは喉を潤せない」
単なる果実だ。解体は簡単そう、と、単純に考えた。
「石で叩き割ればいいじゃん」
無理だと言いたい。
「スイカ割りじゃないんだよ。液体で満たされた椰子の実を石で叩き割るって超難しそう。ココナッツジュースが全部零れちゃうよ」
どうしても椰子の実が欲しい。
「慎重にやれば大丈夫じゃない?」
「その前に誰も椰子の木に登れないから」と、返事した直後、転倒した。
道子もヒールの高いサンダルを履いていた。綾香のようにぺたんこ靴にすればよかった……と、後悔する。だがサバイバル生活をするために旅客機に乗ったわけではない。旅行するためだ。こんなことになるなんて夢にも思わなかった。
結菜は、足が痛くて限界だった。
「転んじゃった」
明彦は、以前から結菜を異性として意識していた。ワンピースの裾から覗く、ふっくらとした太腿が気になった。こんなときでも、女を感じる魅力的な部分に目がいってしまう自分が情けない。太腿から目を逸らした明彦は、結菜のそばに歩み寄り、手を差し出した。
「大丈夫?」
男の本能に気づくことなく明彦の手を握った。そして、手の温もりに安心感を覚えた。
「ありがとね」
道子も足をさすった。
「サンダルを脱いで歩きたい」
綾香は、サンダルを脱ごうとした道子に注意する。
「そんなの駄目。怪我でもしたらそれこそ大変だよ。得体の知れない虫だっているだろうし」
類も同じ意見だ。
「靴擦れのほうがよっぽどマシだ」
疲れた表情を浮かべた道子は、綾香のサンダルを見てため息をついた。
「もう限界」
「幸いみんな生きてる」翔太は想いを寄せる道子に手を差し出した。「頑張ろう」
翔太の手を握った道子は、目に涙を浮かべた。
「そうだね」
学校にいても繊細故にときどき情緒不安定になることがある道子に、結菜は希望を持たせる台詞を言った。
「これを乗り越えて救助されたら、奇跡の生還者として新聞に載るよ。そうなれば新学期そうそう体育館で校長の長い話を聞かずに済むかも。だって、あたしたちがステージを独占しちゃうからね」
「校長の話を聞かずにすむなら嬉しいね」
「うちの校長は話が長いから。あんなクソ長い話、誰も聞いてないから」と言った明彦は、旅客機の残骸が足元に落ちていることに気づく。
それはナイフのように先端が尖っていた。木から落ちたココナッツならもしかしたら飲めるかもしれない。天然のスポーツドリンクと称されるだけあってミネラルや電解質を含む。飲めれば雨水より水分補給に適している。熟してココナッツだけだったとしても、空腹を凌ぐことができる。
「ナイフに使えそう」ジーンズのベルトの間に挟んだ。
「本当だ。ナイフの代わりになりそう」類はそれに目を向けた。「そんなところに挟んで、自分が怪我しないように気をつけろよ」
椰子の木の下に落ちていた椰子の実を見て腰を下ろした。日陰は背の高い植物が茂っていないので、ここなら丁度全員が座れる。
「大丈夫だよ。そこまでドジじゃない。少し休憩にしないか?」
全員が座ると、椰子の実を手にした明彦は、いましがた見つけた鉄屑を突き刺してみた。意外と硬い。
それを見ていた結菜は、首を横に振る。
「だから、鉈とかないと無理」
「でも何度か刺したらなんとかなるかも」と、何度も腕を振り下ろした。中は熟しており、ココナッツジュースは入っていなかったので、近くにあった石で叩き割った。
「かじりついて食べれそう」
「飲み物が欲しかったんだけど、雨が降るまで我慢」
採れたての椰子の実にストローを挿して飲んだり、ココナッツを食べたり、サイパンにて本場の味を楽しみにしていた。それなのに、皮肉にもサバイバルで本場の味を知ることになるとは。
考えてはいけない。しかし、つい考えてしまう。
いまごろサイパンだったのに―――
ため息をついた結菜に顔を向けた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「なんでもない」
道子が首を振った。
「いらない。死体を見たばかりで食べたいとか思えない」
明彦は食べるように勧める。
「これから歩くんだ。気持ちはわかるけど体力が持たない」砕いた椰子の実を広げた。「食べよう」
全員が椰子の実に手を伸ばし、かじりついた。
類は初めて食べるココナッツに首を傾げる。
「クッキーとかに入っているおやつと違う」
こんな場所で文句を言っても仕方ない、と、明彦は言いたい。
「まあまあだ」
甘い物が苦手な純希は問題ない。
「マズくはない」
夥しい死体が横たわる光景が、目に焼き付いて離れない道子は食が進まない。
「……」
翔太は道子に顔を向ける。
「救助がすぐに来てくれたらいいけど、捜索が難航した場合は待つことになる。だってここは無人島なんだから」
「わかってる」
メンタルが強い綾香は言った。
「ここで骨になるわけにいかない。夢もあるし、やりたいこともある。あたしは生きるの。だから食べる」
結菜も道子に顔を向けた。
「綾香の言うとおりだよ」
なんとか呑み込もうと努力する。やはりいまは難しい。
「……」
当然のことながらみんな疲弊し笑顔はない。あれだけ大勢の人が死んだのだ、普通に会話なんてできない。だが、類は敢えていまの気持ちを打ち明けた。
「俺たちは大勢の死体を見た。いつもどおり振る舞うとか不謹慎なんじゃないかって、やっぱり考えちゃうじゃん。だけど、ずっとこのままだと余計気持ちが滅入っちゃうから、いつもどおり振る舞って救助を待ちたいんだ」
笑いがないと平常心を保てそうにない―――
いくらポジティブな類でも、無惨な死体が頭から離れなかった。
とくに……死体の中に落ちていたちぎれた子供の腕が脳裏に焼きついている。
性別すらわからない、あの小さな腕を、いますぐ海馬から切り離せるものなら……。
明るく振る舞わないと、気が狂いそうだった。
生きていたかったんだよな、君も―――
「俺もできればそうしたい……」と、類と同じ考えの純希が返事した。「このままだと更に気分が悪くなりそう」
本来ならサイパンの海を眺めているころだが、命があっただけでもありがたい。だけれど……自分たちのみが生存者である現実に不信感を抱いた道子がぽつりと疑問を口にする。
「ねぇ……どうしてあたしたちだけが生きてるの? みんな死んだんだよ。まるで守られてるみたいに生きていた。飛行機だって木っ端微塵なのに、どう考えても不思議……そもそも飛行機が落ちるだなんて……こんなことあり得ない……自動車事故よりよっぽど確率が低いのに……」
翔太も同じ意見。
「俺もありえないと思う。いまごろ管制官の連中が大騒ぎしている最中だ。夕方には各局のニュース番組で報道されるだろうね」
純希も言った。
「ツアー会社だってパニックだぜ。創業したばかりなのに、モニターツアーで死者が出たら大変だ。会社存亡の危機に関わる一大事だろ。ある意味、管制官どころの騒ぎじゃない」
ふたりの言っていることと、自分の言いたいことが違う。現実的な問題を言っているわけではない。超常現象に近いものを感じたのだ。
「あたしが言いたいのはそうじゃない。全員が無傷で生きてるなんてなんか変だってことだよ。奇跡的すぎる……」
十字を切っていた乗客が死に、無宗教の自分が生きていた理由を類は説明する。
「よくテレビで取り上げられる九死に一生を得るってやつ。俺たちはそれこそ奇跡的に助かった。座席の位置がたまたまよかったんだ。もし、俺の隣に座っていたやつと座席が反対だったら、逆に俺が死んでいた。それはお前らにも言えることだ」
「類の言いたいことはわかるけど……奇跡的すぎて逆に変……」
旅客機が墜落し、死体を目にしたせいで、精神的に滅入っているのだ、と、思った。現に自分も疲弊している。
「べつに変じゃない。墜落さえしなければ、いまごろサイパンだった」
これ以上、疑うとしつこいと思われるので自ら話を切り上げた。
「考えすぎか……」
「そうだよ」類は腰を上げた。「さあ、歩こうぜ」
休憩を取った彼らは、ふたたび歩き出した。彼らの後ろ姿が小さくなってゆく。明彦が砕いた椰子の実が周囲に落ちている。だが、食べたはずの椰子の実は、何故かひとくちも食されていない。
彼らは不思議な椰子の実に気づくことなく歩き続ける。やがて彼らの姿はここから見えなくなった。
その後、しばらく歩いたが、海へは辿り着けなかった。空を橙色に染める夕焼けは漆黒の夜に呑み込まれて、満天の星々に囲まれた満月が輝く時間帯となった。
煌々と輝く人工的な光に灯された街中が当然の都会で育ってきた。月の光はあっても、こんなに暗い夜は初めてだ。それに、これほどまでに静かな夜も初めてだ。
騒々しい東京都とは打って変わり、夜行性の動物の鳴き声しか聞こえない。自動車が行き交う走行音も、街頭テレビの音声も、騒がしいひとびとの声も……ここにはない。
当たり前の日常が当たり前ではなくなったときに、当たり前のありがたさを知る。そして、当たり前を失ったときに、自分たちのちっぽけさを知る。
便利な通信機器を手の中に収めていても、その機能を発揮できない大自然の中では無力だ……と圏外のスマートフォンの画面を見つめた類は虚しさを感じた。
時間だけは確認できるが、この状況では鉄のがらくたと大差ないように思えた。あとはただ、懐中電灯の代用品といったところだろうか。
外部と連絡をとりたい。
“助けて、無人島にいるの”
ふだんならLINEで解決できる。容易いと思っていたことがいまは最も難しい。
類は画面の光を利用して当たりを照らす。
「せめて焚き火が欲しい」
明彦が言った。
「原始人みたいに摩擦で火をおこす方法もあるけど……やり方はよく知らない」
もしユーチューブで検索できたとしても、湿った植物だとなかなかうまく火がつかない……と、思いながら、道子が生木シダの葉に触れた。
首を傾げた。
(何か変だ……)
葉を引きちぎろうとした。だがどれだけ力を入れて引っ張ってみても、“ビクともしない” 。丈夫な植物という範疇を超えて、まるで植物を象ったスチール製のオブジェのようだ。
顔を強張らせた。
(何これ?)
翔太が道子に声を掛けた。
「どうしたの? 顔色が悪いけど」
「大丈夫……なんでない」と、返事し、動揺する気持ちを抑えた。この奇妙な質感の植物のことを言えなかった。あまりにも気味が悪い。やはり……この島は変だ。
結菜が綾香に尋ねた。
「鏡、持ってないよね?」
「ごめん、残念だけどキャリーケースの中。どこかに吹き飛んだ」と、返事した綾香は、翔太が道子に向かって顔色が悪いと言ったので、てっきり彼女のためだと思った。「こんな場所にいたら誰だって気分が優れない。あたしだって最悪の気分。顔色だって悪くなるよ」
「道子じゃなくて……自分の顔が気になるの。気分も最悪だけど、あたしの顔も最悪かも……」
「いつもどおりかわいい」
小声で呟いた。
「あたしはブスだ……」
聞き取れなかったので訊き返す。
「え?」
「なんでもない……」
入学当時から鏡への執着心が半端ではない気がしていた。どうしてそんなに鏡ばかり見ているのだろう、と、不思議に思っていた。 ナルシストなわけではない。どこかにコンプレックスでもあるのだろうか。
「……」
「鏡なんてなくてもいいよ」明彦は不安を口にする。「そんなことより火がないのに寝るのって怖い。獣が来たらどうする?」
類は問題ないと思っている。
「ずっと歩いてきて獣に出くわしていない。大丈夫なんじゃないの?」
「そうかな……」
「明彦が心配性なのは知ってるけど、日の出くらいに出発して、浜辺を目指そう。だからきょうは早く休んだほうがいい」
「大丈夫だよな……」と、自分に言い聞かせるように言った。「無事に朝だ」
純希は、目覚ましを六時にセットした。
「俺も大丈夫だと思うよ。話の途中で翔太なんか寝てるし」
翔太はかろうじて目を開けた。
「まだ寝てません」
軽く笑った。
「一分後には寝るだろ、絶対」
眠そうな顔をして言う。
「ぜんぜん、大丈夫。余裕で起きてる」
虫が苦手な結菜は、大地を這う小さな虫が気になった。キャンプの経験はあっても、テントを立てずに、直接、地面に横たわるのは初めてだ。
「寝る前に虫よけスプレーをかけたい気分だよ。てゆうか、ウマバエとかいないよね?」
「ひとにも寄生する最悪の蛆虫……」綾香が顔を強張らせた。「マジで怖すぎる」
明彦は説明する。
「ウマバエの主な生息地は、中央アメリカや南アメリカとか熱帯地域だからここにはいないよ」
明彦の言葉を聞いて、ふたりは安心した。
(ここにはいない。よかった)
「あ、そうだ」純希が何気なく言う。「大量のウマバエが皮膚から顔を出してる瞬間って、角栓そっくりなんだよね。マイクロスコープで撮ったユーチューブの動画、つい思い出しちゃった」
類もその動画を見ている。
「鼻パックを剥がしたあとに付着した角栓なんかすごいぜ、激似だ」
綾香が苦笑いする。
「どんだけ毛穴に角栓詰まってるのよ」
硬い植物……道子は大地に根を下ろす植物を軽く引っ張ってみた。先ほどと同じだ。植物の質感ではない。ある意味、ウマバエより怖い……。早く寝て、明日が来て、救助が来てくるれることを祈るばかりだ。早く明日になればいいのに……
「気持ち悪い虫の話は終りにして、そろそろ寝よう。あしたは早いんだから」
類も横になる。
「寝ようぜ」
一同は大地に横たわり、眠りに就いた。
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