発揮するには?
学校を出て、自転車で駅に向かう。
環さんとはそこで落合う段取りになっている。
自然とペダルを漕ぐのが力強く、いつもより速く回る。それは、この盛大な下り坂でも同じ。
「あ!」
駅のひとつ前の交差点。
そこから、あの
「環さーん!」
言った自分が一番驚いた。
どれだけ待っていたのか。どれだけ弾きたかったのか。
この約一ヶ月、毎日スタジオに入って、俺の知る限りの最大で、最高の状態で店長から借りたSGを弾いて弾いて、弾きまくった。
でも、いや、だから、あの色のケースが見えた瞬間叫んだんだ。
「ちょっと! 声デカすぎ!」
環さんが笑顔でそんな声に応えてくれる。
「すいません! でもよかった、間に合いましたね!」
「あんた、誰に向かって言ってんの」
相変わらずの容姿に、完全不釣り合いな瞳を俺に向けていう。
「すいません……」
今度はしっかりと謝る。
「まったく、相変わらず真面目ね。はい、コレ。完璧に仕上げたからね」
そういって俺に、これもまた自信たっぷりな様子で環さんが手渡してくる。
赭色のケースを。
「いいですか? 質問」
「なに?」
「なんていうか、コレの性能を引き出す方法というか……」
「はあ!? なんでそれを私に聞くのよ!」
「え?」
予想外の返答に思わず戸惑う。
「アレ」
「アレ?」
「一度しか聴いてないんだから、初めて会ったあの時聴いたアレ。アレでもう十分私には分かったの。だから、そうねぇ……あえて言うなら、しっかりあんたが自覚すればいいんじゃない?」
「自覚……ですか」
「って、あんたも今から用事があったんじゃないの? 私だって久しぶりに鳴に会うの楽しみにしてるんだから。早くいったいった」
しっしっ、と手の甲を俺に見せひらひらと上下に振る。
「ちょっと待ってください! 自覚ってどういう意味ですか?」
「教えないっ! じゃね!」
環さんは、質問に答えてくれたとはいえ、そんなふうに言い残してスタスタと今から俺が向かう方向とは真逆に歩いていってしまった。
「教えないって……」
振り返る素振りなんてまったくない。あえてそうしているかのように、小さな体はすぐに見えなくなった。
聞いたところで教えてくれない。
そんな当たり前のことに気づく。
人は本当に大切なことは教えてくれない。ではなく、本当に大切だから教えられない。
そんな当たり前を、今俺のまわりにいる人達は体現している気がする。
「行くか」
俺もそうなりたい。
さっきよりも重く感じるそれを、「よっ!」っという掛け声と同時にしっかりと持ち直して目的に向かう。
「あれ?」
『CLOSE』の表札が昨日俺がそうしたままだった。
「閉まってるじゃん……」
とりあえず店の扉を開けようと手を掛けた、その瞬間勝手に扉が開いた。
「遅いぞ」
待っていた店長が俺よりも先に店内から扉を開けた。
「まだバイトの時間より少し前ですよ?」
「ああ、分かってる。それと、今日は休みだ」
「え?」
「相変わらず察しが悪いな。貸し切りだと言ってるんだよ」
そういった途端、店長は顔を背けた。
「ありがとうございます」
この人もそうだ。
文化祭前日。
俺はそこから閉店時間の0時までずっと弾いた。
思っていたとおりに弾きやすく、弾いている間ずっと気持ちがいい。
音という無限の粒。その一粒一粒が鮮明に響き、確かな手触りのごとくはっきりとした感触として認識させられる。
伸縮自在な響き。
巨大な岩を割ろうと矢を入れた瞬間に響くような一瞬の振動。
僅かなズレ、
それらが、昨日まで弾いていたSGの何段階も上で実現できる。
俺のだ。
このギターは。
重く、存分に左肩にその存在を知らせてくる。
嬉しい。
こんなに嬉しいことはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます