稲妻。

「先程はありがとうございましたー!」

「いえいえー! これからどこかお出かけー?」

先輩はわかる。

けど、そんな先輩に付き合って、数十メートルあるだろう距離を詰めることなく会話を成立させるほどの声をあのおばあさんが出しているこの状況は驚愕だった。


「ちょうど一服するとこだからあなたたちも一緒にどー?」

「はいー! ぜひー!」

そんな大音量のラリーの結果、どうやら俺達は田植えの一服にお呼ばれすることになった。


「はい、あなたもどうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

俺は、お礼を言うのと同時にしっかりとお辞儀をし、おばあさんからお茶と田舎まんじゅうを受け取る。

その様子を見て、ふふ、とおばあさんが微笑んだ。


「帰省かなにか?」

「いえ、違います……ええっと」

どう返答していいものかと横目に先輩を見ると、案の定といえばいいのか、先輩は他の、おばあさんと一緒に田植えをしていた人達とワイワイガヤガヤとなにやら盛り上がっていた。


「一雨きそうね」

おばあさんは顔を上げ、空を見ながら言う。

「……ですね」

つられるように、俺も顔を上げる。

「雨、降るとやっぱり困りますか?」

「ふふ、変わったことを聞くわね、あなた」

「……すいません」

俺は、このくらいの歳の人達と話したことがほとんどない。

だからか、そこでストップしてしまうような受け答え方しかできなかった。


「あの子は彼女?」

「いえ、部活動の先輩です」

「あら、ごめんなさいね。てっきりそうだとばかり」

「いえ」

そこで俺は口籠る理由のようにして饅頭を頬張る。

「困るかどうかと言われれば、そうねぇ、どちらかといえば助かるかしら」

「助かる?」

「ええ。それもこんな天気の日は特にね」

それを聴いて俺は再度空へ顔を向ける。

すると、遠くの空がカッと光った。


「知ってる? 雷のことをどうしてっていうか」

「いえ」

「一応、化学的には雷の放電で空気中のチッ素と酸素が一緒になって、雨によって地面に降ることで稲の根っこが直接チッ素を取り込むことができるってことなんだけど……要は、稲を実らせる、つまり妊娠させるって言われてたことから、っていわれるようになったの」

「……ん? それって変じゃないですか?」

「ふふ、どうして?」

「だって、妊娠させるのなら稲にじゃなくて、稲夫じゃないですか」

「そうよねぇ、変よねぇ」

おばあさんは首を傾げ、それを支えるように顎を手のひらに乗せる。

その仕草はまるで俺のことをおちょくっているようにも見えた。


ゴロゴロ……。


さっきまで光だけだったのが、いよいよの音も聴こえるようになってきた。


「今日はここまでね。あとは稲妻さんにまかせましょ」

そう言いながらポンポンと服の汚れを払うと、

「じきに降り出しそうね……。とりあえず、あの子も一緒にうちに来なさい。そのギターとアンプを持って。ね」

そう言って、他の人達に今日の作業はここまでにしよう、と伝えに行ってしまった。


ん? なんで、おばあさんの口から……。

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