🔍 生え変わり 古い手足 どうする|
詩一
第1話 手足が透けてる朝
おれの手足はどこへ行ったのか。
目が覚めて最初に思ったのは、そんな
しかしそんなバカげた空想も、感覚が事実だと告げている。手足を動かそうとしても動かないのだ。両手なら肩から下の感覚。両足なら太腿から下の感覚。それらからの反応がない。起きたばかりの脳がバカげた事実を受け入れられないせいか、妙にさやかでいて、パニックにはならなかった。だが徐々にこれが夢ではなくやはり現実で、両手足がないという事態に対処していかなければならないと言うことを考え始めると、血の通い始めた脳からにわかに焦燥が湧き始めた。
瞼を開いて、おもむろに首を傾ける。薄いカーテンから容赦なく漏れ出てた朝日を一枚のふんわりとした掛け布団が白く反射している。その上からではいまいちわかりづらかったが、どうやら両手足の輪郭はあるように見えた。言うことを聞く尻に力をやって、ぐっ、ぐっと己の身を引きずり、背中を壁に預けて起こした。
ぶらん、と両腕がぶら下がっているのがわかった。良かった。付いている。
それを確認すると同時に、心臓がバクンバクンと脈打ち始め、どっと汗が溢れてきた。思い切り息を吸って、ゆっくりと吐いた。生命維持を感じることのできる呼吸だった。呼吸が意識的でなくなるころには背中がひんやりしていた。
事実確認に安心したところで、考察を巡らせる。これは、ないと錯覚するほどに痺れていると言うわけか。今までに何度か起きたときに手が痺れていたことはあった。だがそれは自分の腕を下敷きにしてしまって血の巡りを悪くしたのが原因で、痺れている感覚が伴っているものだった。痺れを感じないほどに痺れることはなかった。まして下敷きにはしていない。
ともあれこれが痺れから来るものなら早く戻さないと。後遺症が残ったら大変だ。今度は別の焦燥感に駆られ、上体をゆらゆらと揺らして血が巡るように促した。治れ。動け。と自らの体を急かしていく。そうするうちに、熱いものがじわじわと腕を降りていくのを感じた。同時にぽかぽかとした安心が昇って来て心臓に満ちていく。心臓から温かい血が流れているのだ。その循環を実感できた。
しばらくして感覚が戻るより先に、あの、痺れ特有のヤな感じが両腕を包囲し始めた。逃れようのない感覚。せめてスッと通り過ぎてくれと思った。しかし想像通り長く、びりびりと言うやるせない残酷な胎動は続いた。
うー、うー、と声にならない悲鳴を出してそれが過ぎ去るのを待つしかなかった。
完全に過ぎ去り、両手をぐーぱーして動かせるのを確認したら、今度は体をひねって腰を上に向けた。両足の麻痺も解かなければならない。たとえ同じ苦しみを味わうとしても、乗り越えなければ起きることは叶わない。
こうして、なんとか拷問に耐え抜いた両足で、ぬったりと立ち上がった。まだふらついてしまうが歩いているうちになんとか感覚を取り戻せると思った。
早くしないと仕事に遅れてしまう。とそこまで考えてふと、まだスマートフォンに仕掛けたアラームが鳴っていないことに気付いた。屈んで枕元に置いてあったスマフォを手に取って見ると、アラームが鳴る5分前だった。
スマフォの画面を消す。その指に違和感を覚える。なんだか白い。いつもより。と言うより、透けている?
おれの指は、色白とか美白とか、そう言う人間の努力で辿り着ける色味の限界を超えていた。羽化したばかりの蝉のような、そんな自然を弁えた透明度を持っていた。なにせ指越しにスマフォの輪郭を把握できたのだ。
腕をまくってみると、肩までずっと透けていた。逆側の手も当然そうで……足に目を落とすと足もまた同じような透明度で敷布団の清涼な青色を透過していた。
ガラスは液体。などと的外れなことを思い出したのは、思考が体を追い越した証拠だろう。理解しようとすればするほど混乱する。なぜかこのような感覚が、以前も——そう、随分昔にあったように思えたが、いまいち明瞭に思い出せなかった。混乱しているから思出せないのか昔過ぎて
いや、どうか。
本当にそうか?
先ほどは曖昧だったものの、なくてはならぬ四肢の有無の問題だった。これは己にとって死活問題だった。しかし今は、透明度の問題だ。しっかりと
どうだ?
歴然と追い詰められているか?
先ほどよりも
――ピピピッ、ピピピッ、
おれは指先でスマフォの画面をタッチしてアラームを切った。
ダメだ。混乱したままでなにを考えても。
トーストを作ろう。そしてインスタントコーヒーを淹れよう。冷たい牛乳を入れてぬるまゆくなったカフェオレを飲もう。話はそれからが良い。
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