ナゲヤリ・ファンタジー
谷橋 ウナギ
第一章 魔王編
第1話 勇者クサナギ
1
ジャベリン・クサナギは──勇者である。
やや派手気味な鎧に赤マント。諸刃の剣を携えし戦士。ミニドラゴンを従者に従えて、今日も魔王軍の拠点を潰す。
月夜の晩。とある農地の村で。
「おら死ねや! 今イライラしてんだ! 逃げずに戦え! そして灰になれ!」
その様子は鬼気迫る物だった。
一方、この地を守りし魔族もこれを黙って見過ごす事はない。
「要衝マグヘルムを狙うとは。このバンバ将軍が相手をする!」
全身金属の鎧を纏う、豚に似た顔の魔族が言った。
二足歩行で大きな槍を持ち、兜には炎の意匠が見える。
明らかに強力な魔族である。だがクサナギは怯んだりはしない。
「名を名乗れ! 人間族の戦士!」
「そんなことより飯だ! 飯よこせ!」
クサナギは言いながら取り巻きの、魔族を二匹血の海に沈めた。
そして敵を見てある事に気付く。とてもとても重要なある事に。
「ん……お前、たぶん豚だよな?」
「豚ではない! 魔族だ! ふざけるな!」
「子供魔族図鑑に書いてあった。魔族は獣の仲間なんだって」
クサナギの目は既に据わっていた。
「そんなあやふやな記憶で人を……!」
「どりゃああああ! 今夜の晩ごはああああん!」
クサナギは魔族へと斬りかかる。
魔族バンバは槍で防御するが、その槍ごと一刀両断だ。
「必殺・超肉厚ステーキ斬」
そしてクサナギは血の付いた剣を、一振りして鞘へと収納した。
主を失った組織は脆い。手下の魔族達が逃げていく。
クサナギはそんな魔族を横目に、自らの従者へと指示を出す。
「よーしチビ。こいつ焼いておけ」
チビとは小型の、ドラゴンである。
全長は一メートルすらもない。パタパタと羽ばたいて飛ぶドラゴン。
「チビではないと言っておるだろうが! 我は誇り高き竜族の王……」
チビは子供の様な声で言った。
しかしクサナギは意にも介さない。
「良いから焼けよ。お前にもやるから」
「正気か? これはその、魔族だぞ?」
「けど美味そうだろ? ただの勘だけど」
クサナギは腹が減っていた。
このマグヘルム村の一帯は、小麦の生産で有名である。今も周囲には丁度収穫を、待っているような黄金の麦が。しかし麦はそのままでは食えない。魔族の豚なら単に焼くだけだ。
それに空腹はチビも同じ事。案の定チビの腹の虫が鳴く。
「むう。仕方ない。我に任せよ」
チビは渋々だが、了承した。
一方のクサナギは歩き出す。
「俺はデザートのスライムを探す。ぶっちゃけあいつらただのゼリーだし」
その口からはよだれが垂れていた。
歴史書によればこの“マグヘルムの戦い”によって三十人近い村人が救われ、勇者を称えるためマグヘルム・ステーキを捧げる収穫祭が誕生したという。
2
何故このような勇者が生まれたか?
それは一月前に
クサナギはその日まさかりを担ぎ、山中で木々をなぎ倒していた。クサナギの職業は木こりである。彼の親もまた木こりだったから。もっともクサナギは親とは違い、一振りで木の幹を叩き斬るが。
とにかく木々を次々切り倒し、クサナギは出荷する準備をした。木こりの仕事は木を売ることだ。木を切っているのもそのためである。
──と、そんな時だった。
「貴方がクサナギですね? 確かに、この力は驚くべきものです」
ローブを着た何者かが言った。
いつの間にかクサナギの側に居た、多少身長が低めの人物。どう接近してきたかも謎だが、どう対処をするかは決まっている。
「あーん? 誰だてめー。ぶった切るぞ?」
クサナギは迷わずに
これがクサナギ流の“こんにちは”だ。他人だから──と言う訳ではない。
「私は竜神の巫女、セシリア。突然の非礼を……お詫びします」
「お詫びは良いからとっとと出て行け。ここらの山は俺の縄張りだ」
斧を担ぎローブの前に立つ。しかしローブの女も怯まない。フードを目深に被っているので表情は見えないが、強気である。
「私の占いによれば貴方は、勇者となる資質を持っています」
「悪いが俺は木こりだ。他当たれ」
「魔王軍の侵攻を止めるため、貴方の力が必要なのです」
「超絶胡散臭い。いやマジで」
だがクサナギには興味が無い。人生に割と満足していた。
しかしここで──ある事に気付く。
「まてよ……」
クサナギは素早く動き、女のフードをさくっと下ろした。
するとその下から現れたのは超が着くレベルの美少女である。
薄緑色の編まれた髪の毛。翡翠の瞳。白磁のような肌。
「ふーむ、なるほど。そう言う事か」
クサナギは0.2秒悩んだ。
そして即座に決断を下した。
「君が俺と結婚してくれたら、その魔王? は俺が倒してやる」
「はい? あの……」
「だから結婚。因みに俺はバッチリ独り身だ」
少女は目を丸くして驚いた。
だがクサナギは引き下がる気は無い。
「世界平和と人類の未来が、貴方の双肩にかかっています」
「じゃあ良いじゃん? 結婚してくれても。世界も救われ、俺も救われる」
「何か他のものではダメですか?」
「ダメです。ダメです。ダメダメですなあ」
少女はたじろいでいるがスルーだ。
クサナギは結婚がしたいのだ。
「私と貴方は初対面ですよ?」
「そんなもんじゃないの? 知らんけども」
クサナギの対度にはブレが無い。それは少女も察したようだった。
察した後少女は悩みはじめ、暫くして顔を上げて睨んだ。
「では貴方が魔王を倒せたら、私は貴方と……結婚します」
「ひゃっほー決まりだな! かわいこちゃん!」
クサナギは飛び上がって喜んだ。
少女の方は呆れ顔であるが。
「このジャベリン・クサナギに任せとけ! 魔王の首をお前に捧げるぜ!」
こうしてクサナギは勇者となった。尚、勇者の定義には諸説有る。
3
そんな訳でクサナギは旅に出て、今焚き火にあたって座っている。
「あー美味かった。満腹満腹」
「安らかに眠れよバンバ将軍」
腹を叩くクサナギのその横で、チビが両手の平を合わせ言った。
バンバ将軍は豚だった。正確に言えば豚風魔族だ。その味は豚肉に似てジューシー。臭みも無くステーキが美味である。
後はスライムで喉を潤すと、クサナギは敷物に横になった。
夜。星々は今日も煌めいて、人々と魔族を見下している。クサナギはその様子を眺めつつ、口角を上げてニヤリと笑った。
今回の入手アイテム:バンバ将軍の槍
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