新書、読もうぜ! ―モノカキしたい人のためのインプットガイド―

柊 太郎

第1回 『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』

『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』

 高橋昌一郎 著

 講談社現代新書


 ちょっと古いアニメや特撮番組を見てると、よく出てきますよね、ありとあらゆることに詳しくて、何の専門家か分からない科学者、んで劇中のあらゆる問題を知識と技術で解決しちゃう人。劇中では「○○博士」とか呼ばれてたりする人。

 この本は、そんなフィクションに出てくるような万能型のド天才、ジョン・フォン・ノイマンの生涯を追いつつ、彼の持っていた哲学に迫る一冊です。

 

 ノイマンは弱冠23歳の時に数学と物理学と化学で博士号を取得、だから一応の専門分野はその3つという事になりますね。

 ……とっこっろっがっ!その後53歳で亡くなるまでに、論理学・数学・物理学・化学・計算機科学・情報工学・生物学・気象学・経済学・心理学・社会学・政治学の分野にまたがって150の論文を執筆。

 コンピューターについて基礎から学んだ人なら、「ノイマン型アーキテクチャ」という用語を聞いたことがあるかと思います。

 現在我々が使っているコンピューターは全てこの「ノイマン型」、すなわちノイマンが考察し、まとめ上げた論理構造にしたがって作られています。

 これ以外にも「ノイマン環」、「ノイマンの定理」、「ノイマン集合」、「ノイマン・パラドクス」等々、ノイマンの名を冠した専門用語は50近く存在すると言われています。

 余談ですが、ミリタリーオタクには超有名な「モンロー/ノイマン効果」のノイマンだけは別のノイマン(ドイツ人科学者エゴン・ノイマン)に由来します。


 本書の面白さは、なんと言ってもノイマンにまつわる数々のエピソードです。

 ナチス・ドイツの台頭に伴い、生まれ故郷のハンガリーからアメリカへと脱出したノイマンは1938年、34歳でアメリカ合衆国陸軍兵器局予備役士官の試験を受けます。

 最初に受けた「陸軍組織試験」及び「陸軍規律試験」の両方で満点を取り、最終試験に合格すれば陸軍の技術士官として採用されるはずでした。

 ところが、開戦の準備に追われる陸軍は、その年に限って最終試験の日程を半年延期、その結果、最終試験でも満点を取っていたにも関わらず、ノイマンの年齢が任用基準を超えてしまい、士官への申請そのものが却下されてしまったのです。

 後に民間の科学者としてマンハッタン計画に参加したノイマンは、原爆の「標的委員会」にて京都への投下を強固に主張しており、この運命の悪戯がなければ、私たちの京都は灰燼に帰していたかもしれません。

 

 おおよそ学問の分野では万能なノイマンでしたが、不得意な事もありました、自動車の運転がその一つです。

 ハンドルを細かく左右に振る癖があり、アクセルは常にふかし過ぎ、ブレーキは常に急ブレーキ……合衆国での運転免許の取得は不可能、と誰もが見ていましたが、なぜか合格してしまいます。

 その後、ノイマン宅の近くにある交差点は、あまりにもノイマンが事故を起こし過ぎたことから「フォン・ノイマン・コーナー」と名前がつけられました。

 一説によると、運転中でも本や論文を助手席に置き、気が向いた時にはそれを読んでいたそうです。

 

 興味深い事に、ノイマンと同じような時期にハンガリーに生まれた人物の中からは、他にも傑出した才能を持った科学者が続出します。

 後にアメリカに渡り、マンハッタン計画(核兵器開発計画)に加わるレオン・シラード、ユージン・ウィグナー、「水爆の父」の異名をとるエドワード・テラー、「ホログラフィー」を開発するデーネシュ・ガーボル、放浪の天才数学者ポール・エルデシュ等々。

 特にマンハッタン計画に参加したハンガリーの物理学者たち、ノイマン、シラード、ウィグナーそしてテラーらは、あまりの天才ぶりに「火星人たち」と呼ばれました。

 もつともその「火星人」の一人であるウィグナーは、なぜ君たちハンガリー人は天才ばかりなんだい?と問われると、こう答えたと言われています。

「その質問は的外れだね、僕たちの中で真に天才と言えるのはジョン・フォン・ノイマンだけだよ」

 本書はノイマンだけでなく、こうした天才たちにまつわるエピソードも豊富に収録されています。


 数々の分野で輝かしい業績を残したノイマンですが、その晩年に暗い影を落とすのが、ソビエト連邦に対する予防戦争の主張です。

 マンハッタン計画の成功により、米国は原子爆弾を手にします。当時の科学者たちの予測によれば、その後15年から20年でソ連も核兵器の開発に成功する、とされていました。

 大国がお互いに核の槍を突きつけ合う状態になり、身動きが取れなくなり、毎日を核戦争の恐怖に怯えて暮らすようになるその前に、一方的にソ連を核攻撃して滅ぼしてしまえば良い、そうした過激な考えが、一部の科学者たちによって主張されており、ノイマンはその急先鋒の一人だったのです。

 朝鮮戦争が勃発したころ、あるジャーナリストのインタビューでノイマンはこのように語っています。

「ソ連を攻撃すべきか否かは、もはや問題ではありません、問題は、いつ攻撃するか、ということです」

「明日爆撃すると言うのなら、なぜ今日ではないのかと私は言いたい!今日の五時に爆撃すると言うなら、なぜ一時にしないのかと私は言いたい!」

 このインタビューによって、人々はノイマンをマッド・サイエンティストとみなすようになります。その姿にインスピレーションを得た一人が、あのスタンリー・キューブリックでした。

『博士の異常な愛情』のストレンジラブ博士は、この時のノイマンがモデルになったと言われています。

  

・どういう人におすすめか?

 キャラクター造形に深みを与えたい人、特にエキセントリックな天才キャラやマッドサイエンティスト、ファンタジーなら学究型の魔法使いといったキャラの参考に。

 また、映画『オッペンハイマー』で米国の核開発プロジェクトに興味を持たれた方への副読本としてもおすすめです。

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